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76枚目



 本格的に勉強しはじめて、一ヶ月。

 ついに来ました。なにって、もちろん、テスト期間です。

 

「よーし、これでテスト範囲は終わりだな。残り一週間、大学推薦組はしっかり勉強しとけよー」


 チャイムと同時に教科書を閉じる音が響く中、かったるそうに間延びした呼びかけをすると、先生も先生でさっさと教室を後にする。

 まるでやる気がない。

 そりゃそうだ。このクラスに推薦組どころか進学組すらいないもんな。

 いや、いるけどここに。


「はーーーーーっ」

「なに溜息ついてんだよ」


 テストなんてないもののように、放課後遊ぶ話をしているクラスメイトの中、ひとり必死になる孤独感とプレッシャーはやばい。

 無意識に長い長い溜息を吐いてたら、私の席のそばを通り過ぎようとしてた藤崎くんに訝しげな顔された。そんな顔するぐらいなら立ち止まるな。

 今日は日直なの?待ってまだ黒板消さないで。ノート写せてない。


「なに? テストだからってナーバスになってんの?」


 ニヤ、と笑うその顔。

 この底辺クラスであるE組で唯一、共に大学進学を目指す勉強仲間の、若干嫌味な笑い方も見慣れてしまった。

 最初はいらっとしてたけど、今じゃなんとも思わなくなってる。慣れって恐ろしい。


「あったりまえでしょう。こんなにテストに全力注いでんのなんて、進学を賭けた追試を受ける時以来だわ」


 その時だってここまでガチで勉強なんかしてなかったし、いっそのこと「どうせなんだかんだ言っても進級させてくれるでしょ」くらいに思ってたから、今考えれば気楽なもんだ。

 比べて、今回のテストは思いきり成績に反映される。赤点追試だらけの今までを少しでも挽回しなければ、いくら実力重視のデザイン科といえど、下手な点数取ったら大学推薦は遠のく。


「ここで点数取っとかないと、推薦貰えないもん。てゆーか、あんたはなに? 余裕なワケ?」


 苛立ちはしなくなったものの、こうも「俺は違います」風を装われてちゃ、嫌味のひとつだって言いたくなる。

 藤崎くんは一言まあね、と肩を竦めた。


「俺はお前と違って今までそれなりに成績取ってたから。しかも、推薦じゃなく一般入試だから成績関係ないしな」


 あーそうですかぁ。

 じゃあ私は勉強しなきゃなのでほっといてください。

 勉強仲間だなんだと言いつつ、なんだか裏切られた気分!


「拗ねるなよ」

「はぁ? 拗ねてないし!」

「いーだろ、お前は頭のいいA組のカレシに勉強教えてもらえるんだから。俺と頑張ってたのにあっさり乗り換えやがって」

「あんたが拗ねてんのかよ」

「拗ねてねーよ!!」


 なんだなんだ、かわいーとこあんじゃん。ムキになっちゃって。

 書き写せてなかった板書の部分をノートにまとめて、手早く教科書と重ねてバッグにしまった。

 今日の授業はもう全部終わりだから、これから那月と放課後勉強だ。と言っても、那月の方はまだ授業がひとつあるから、終わるのを待たなきゃだけど。


「あ、黒板消していいよ。ありがと」


 そうだ。待っててもらったんだと顔を上げれば、なにやらきょとりとした表情が返ってきた。なにその顔。


「藤崎くん日直じゃないの? てっきり、私が板書するまで待っててくれたんだと思ってた」


 そう言えば、藤崎くんはなんのことかやっと思い立ったらしく、「ああ」と気のない返事をされた。なんなの。


「えーっと、橘はもう帰んの?」

「え? いや、まだ。このまま教室でちょっと勉強する」


 まあ那月を待つ間だからマジでちょっとだけね。


「あ、そう。……じゃ、じゃあ、この後カフェにでも行って一緒に勉強しねえ? ほら、気分転換に場所変えた方がいいだろ」


 急にソワソワと忙しなく視線を散らした藤崎くんは、そうして早口で言い切った。

 気分転換ね。確かにいいかも。でも。


「あー、いや。この後は那月──彼氏の教室で一緒に勉強するから」


 終わった頃を見計らってA組にお邪魔する。テスト期間中の日課だ。

 最初の方は図書館でやってたけど、テストが近づくにつれ利用する生徒が増えた。そんな中、後から来る那月の席取りみたいな真似しちゃうと結構周りの視線が冷たい。

 だったらって、もともと那月の席があって、その上すぐ帰っちゃう長谷川くんの席を借りれるA組ですればいいってことになった。

 こちらもこちらでなかなか気まずいけど、これまた慣れてしまって今では普通に行ってる。

 なにより、A組の人たちがみんな自分の勉強に集中してるから、一切の視線がこちらに向かないのがありがたい。


「あ、そ」


 ふと、藤崎くんの声色の温度が下がった気がした。

 ん?と見上げれば、なんだか不機嫌そうな顔にぶつかった。

 え、今の会話で不機嫌になる要素、あった?


「なに?」

「は? なんもないけど」

「いやいや。急に機嫌悪いじゃん」

「別に」

「はあ? ちょっと、なんなの? 言いたいことあんなら言えばいいじゃん」


 頑に隠そうとされると、余計に聞き出したくなる。つーか、別にとか言うなら態度に出すなよ。


「……。……いや、勉強勉強言いつつ、ただカレシといちゃつきたいだけだろ」


 は。


「てゆうかさ、俺らみたいなバカがA組なんかのこのこ行っちゃってさ。絶対、A組の奴らだって内心迷惑してんじゃねーの。俺だったら、本気で勉強してる隣でカップルがいちゃついてんの見せつけられたらイラッとくるわ」


 いや。いやいやいや。

 マジでなんだ?何言い出してんだこいつ。

 俺らみたいなバカって、んなことわかってるわ。だから勉強してんだろ。

 じゃなくて。


「いちゃつくわけないでしょ。勉強してるって言ってんじゃん」

「んなこと、橘が言ってるだけで、周りがどう見るかなんて分かり切ってるだろ」


 その一言に、カチンときた。


「はぁあ!? つーか、あんたにカンケーな、」

「ホームルームやるぞー。席つけー」


 勢いそのまま叫ぶように反論しようとして、だけど、さっき出ていった先生の間延びした声に遮られた。

 一瞬シン、としたことで、やっと教室中が私らのやり取りに聞き耳を立ててたことを知る。

 ここが授業終わりの教室ってことをすっかり忘れてた。うわ、ちょー恥ずかしい。

 思わず視線を逸らせば、同じく状況に気がついたらしい藤崎くんも、そそくさと自分の席に戻っていった。


「なんだなんだ? 喧嘩か?」


 ただひとり、先生のあっけらかんとした声が響いた。それに答えはなく、止まってたみんながガタガタと自分の席に座ったことでまるで何事もなかったかのように収束してしまった。

 疑問を投げつつも、いつもより静かな教室に満足したのだろう担任は、特にそれ以上言及することなくダルそうにホームルームをはじめた。

 だけど、そんな声よりさっきの藤崎くんの言葉ばっかりが頭をめぐる。

 周りがどう見るかなんて分かり切ってる。本当に?

 だとしたら、A組の人たちは何も言わないだけで、実は内心いちゃつきにきた邪魔なE組の女と思ってるってこと?

 どうしよう。

 あたし、図々しく押しかけて、那月に迷惑かけてたかも……。

 ホームルームが終わっても気がつかないほど、ぼおっとしてしまってた。


「……橘、あの」


 はた、と顔を上げて気まずそうな顔をした藤崎くんと目があった。

 思わず音をさせながら立ち上がった。驚いてる藤崎くんを横目に、広げていた荷物をガバッとかき集めてすり抜けた。

 なぜか、藤崎くんの顔は見れなかった。

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