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75枚目



 なんだかんだ、ちゃんと授業聞いてたら勉強わかるようになってきたかも。

 藤崎くんと教室で教え合いっこしてるのも効果アリって感じ。なかなか頭いいんだよね、あいつ。


「橘ぁ、次の授業の予習なんだけどさ」


 そんなやり取りも毎日のようにしてるから、なんの違和感もなく顔を付き合わせてノートを覗き込んでた。


「予習てなんだっけ」

「五限の英語、訳しとけって先生言ってたじゃん」

「マジか。え、マジか」

「おいおい、前の授業聞いてなかったんだろ」


 ニヤニヤ笑ったその肩をうるさい、と叩くもその顔は変わらない。もー、茶化しやがって。

 それよりどうしよう、全然忘れてたわぁ。お昼休み返上でやるしかないかな。いやでもなぁ……。


「昼休みだし、一緒にメシ食いながら──」

「橘ぁ、カレシ!」


 藤崎くんの言葉を遮るほど大きな声で、それこそ教室中に響き渡る大声で私を呼んだのは教室のドア近くの席に座った優子だった。

 お昼はいつも那月と一緒にご飯食べる。だからお迎え来てくれてんだけど、今日は予習のこともあってすっかり忘れてた。


「ちょ、デカいわ!」

「しょうがないじゃーん。あたしの席からあんたの席までわざわざ歩いて行きたくないしぃ」


 わかるけど、あまりにもデカすぎで恥ずかしいじゃん。那月だってびっくりし、て……。


「那月?」


 いつもなら人の邪魔にならないよう出入り口から避けて待ってるのに、今日はなぜだかど真ん中に立ってじっと教室内を見つめてる。教室出ようとして、那月を見て前の扉に移動した女子生徒がいてもおかまいなし。

 普段と違う様子に何見てんのって聞く前に、那月はいつも通りこっちを見てにこっと笑った。


「今日は学食?」

「うん……、あ、えっと、実は五限の予習やるの忘れちゃってて。今日はやりながら食べようかなって」

「じゃあ購買でなんか買って、俺の教室くる?」

「えっ」


 それってつまり、A組にってこと!?


「でも、みんな勉強してるし迷惑じゃない?」


 普通クラスの中でも底辺クラスの人間が行っていい場所じゃない気がする。

 だけど那月は不思議そうな顔で小首を傾げた。


「天音も勉強するでしょ?」


 いやまあそうなんだけど。……うん、そうだね。


「俺が教えられることはなんでも教えるから」


 たぶん、てか絶対、那月にとっては簡単なことばっかだろうな。いやでも、手伝ってもらえるなら早く終われるかもしれない。そしたらちょっとは那月と話せる時間が作れるかもしれないし。


「よかったね、橘」


 優子うるさい。私は勉強しに行くんだってば。




#




 メロンパンを手に入れた私は、「足りないよそれじゃ」と重ねて買ってくれようとする那月との攻防戦をなんとか制してついにA組の教室前へと辿り着いた。

 来る前からわかってはいたけど、私のクラスでは少し遠くの廊下でも聞こえるはずの話し声が中から一切しない。耳をすませてやっと、シャーペンの滑る音とやページをめくる音が聞こえるような教室に、当然のごとく足が止まる。

 いやいやいや、これ完全に場違いでしょ私。


「入らないの?」

「いや……、あっ」


 問答無用で、っていうかまあ那月は自分の教室はいるから当たり前なんだけど、さらっとドアを開けてしまい、ついに足を踏み出すしかなくなる。

 だけど、さすがというか、こっちに注目する人は一人もいない。


「俺の席ここだから座ってて。長谷川の椅子取って来る」

「え、長谷川くんは?」

「彼女のとこ」


 あ、なーる。

 まあそりゃそうか。綺杏にべったりだもんね。

 那月の席は窓際の一番後ろで、座った瞬間、その隣の女の子がちらっとこっち見た。長い黒髪のちょっと地味めな子だけど、メイクしたら綺麗になりそう。

 一瞬の沈黙の後、ガタガタとその子が机を横にずらしはじめた。え?


「悪い」

「いーえー」


 それでできた隙間に那月が椅子を置いて、やっと場所を開けてくれたんだと理解。びっくり、なんか嫌われたんかと思った……。


「で。英語だっけ」

「あ、そ、そう」


 持ってきた教科書とノートを広げたら、那月がちょっと覗き込んでああと頷いた。


「すごい前にやった気がする」


 そんな認識。確実に進度が違うわ。わかってたけど。もはや教科書なんて終わってそう。


「……ねえ、天音」

「なあに?」


 さっそく訳しはじめたけど、早々にペンが止まる。単語わかんな。この文法やった気がするけど記憶の彼方。


「急に勉強しだして、どうしたの?」

「え? あ、あー……」


 いや。うん、まあそうですよね。今まで何もやらずに、教科書一冊もスクバに入れなかった人間が何を今更って感じですよね。わかる。


「……だって、那月が大学行っちゃうから」

「俺?」

「うん。同じとこ、行きたいなぁって」


 なんか、言葉にするとすごい不純な同期に思えてきた。いや、不純なんだけど。


「那月の志望校、ほら、デザインの学科も同じキャンパスにあるから。だから、私も目指すの。大学も一緒に行きたくて……」


 もしかしたら、那月は迷惑かもしれない。

 大学まで一緒って、私は嬉しいけどもし那月が違ったら?やめてって言われたらどうしよう。そしたら大人しく専門行くけど、気持ち的に立ち直れなそう。てか、立ち直れない。


「天音」

「はい」

「ありがとう」


 どんな言葉を投げかけられてもいいように、意識的に窓の外見てたけど、続く言葉に思わずバッと那月の方を見た。そしたら、ちょっと驚いたように糸目を見開いた後、いつものようにふわっと笑ってくれた。


「天音とまた通えるんだと思うと、嬉しい」

「そ……、」


 そんなこと、言ってもらえた私の方が嬉しいんですけど!?


「ああ、そっか。なら、これからも一緒に勉強しよう」

「え、でも、那月の勉強の邪魔になる」

「俺が天音としたいだけだから。何でもいつでも聞いてくれていいし。……勉強仲間もいいけど、一番に聞くのは俺にして」


 ……。

 ……え?

 お互い見つめあって無言の中、那月の顔が徐々に赤くなってって、その耳まで染まりかけた頃になってようやく言いたいことがわかった。

 え、なに、つまり、それってもしかして藤崎くんに嫉妬してたってこと?え、そうなの那月さん?


「…………ここの訳、難しいよね」


 待って待って、話逸らさないで。首まで真っ赤だよ?大丈夫?



 舞い上がったまま臨んだ授業で、まんまと当てられた私は那月の完璧な訳のおかげでカンニングを疑われた。おいこらフザケンナ。

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