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74枚目

 


 夏が終われば秋。

 なんて、単純な季節の移り変わりなどではなく。

 廊下に貼ってある大学の情報や、廊下ですれ違う生徒の手に単語帳とかが握られてると、ああ受験が始まったんだなって思う。


「まあそんなこと、このクラスには関係ないんだろうけど」


 授業が終わり騒がしい教室で、教科書を開いてたり単語帳を見てる人間は一人もいない。それこそ、トイレから戻ってみれば人の席占領し、雑誌とお菓子を広げてるいつもの三人組は、迫り来る定期テストすら気にもかけていないらしい。

 紗希はスポーツ推薦で大学に行くからまあいいとして。同じ美術部の優子は絵で食べてく気はないとか言ってるし、絵玲奈は……。


「そういえばさぁ」

「あっ、あーちゃんおかえりなさぁい」

「橘トイレ長くない?」

「ゆうちゃんそういうこと言っちゃだめ!」


 いや、絵玲奈のその余計な一言の方が傷つくわ。傷ついてないけど。


「で、なに?」


 この中で私を除けば唯一のまとも枠である紗希は雑誌から顔もあげずに先を促してくれる。いろんな意味でさすがだわ。


「いや、みんな卒業後どうすんのかなって」

「えー?」


 心底どうでもよさそうな返事が返ってきて、瞬間的にバカな質問したなって反省した。もう遅いんだけどね。


「なーに橘。一番気にしてなさそうな奴が何急に真面目ぶって」


 いやまあわかるけど!聞いた自分が一番恥ずかしいなって思ってるけど!気になっちゃったんだからしょうがないじゃん!


「あーちゃん大学行くんだっけ?」

「えっそうなの?」

「……あれ、言ってなかったっけ」


 うっかりうっかり。

 那月と同じ大学に行くって決意したのはよくって、そのまま言った気になってたわ。

 大学名を告げればぴたっと黙りはじめた3人組。え、なに……?


「……え、へぇー」

「うわぁ」

「そうなんだぁ」

「……なに?」

「いやだって、ねえ?」

「あの橘が」

「そーんな有名大学に入れるのかなぁって」


 ねえ?って。

 揃いも揃って失礼すぎない!?そんなんわかってるし、なんならこの中で一番私が無理だなって放り出してましたよ!最初は!


「絶対、ぜぇったいに、カレシ君の影響でしょお」


 楽しそうに、絵玲奈さん正解ですけど。

 その瞬間、残る二人もニヤニヤといやな笑みを浮かべはじめた。


「定期テスト気にしはじめたのもー?」

「卒業後とか言いはじめたのも?」

「全部那月くんのためかぁ」

「あーあーあー! やめろやめろ! お黙りやがれ!」


 なおもやめない3人に嫌気がさしてきたところでやっと先生が教室に現れた。此れ幸いに雑誌もお菓子も片付けさせてなんとか無事に自分の席を取り戻すことができた。


「このクラスは内職注意しなくて楽だなぁ。居眠り注意の方が多いんだもんなぁ」


 なーんて嫌味すら誰も聞かず、さっさとその居眠り態勢に入るうちのクラスは、ほんとに大学受験から程遠いんだなって思う。まあ、私だってちょっと前までは一緒だったからなんも言えないけどさ。


 授業がはじまって早々に、机の中のスマホが振動した。

 ちらりと覗き見れば優子の文字。

 えぇー。授業聞きたいんだけど。大学受験するって言ったよね私?

 まあ見るけどさ。

 パッと開いたメッセージ画面には一言。


『マジで受験すんの?』


 マ、ジ、だ、よーっと。

 右手は板書を取りつつ、左手でぽちぽち返せば即レス。おいおい、こっちは暇じゃないんだわ。取り戻せないかもしれない遅れをどうにかしようと頑張ってんの。


『九条と同じ大学に入るの?』


 希望はね。学部は流石に違うけど、同じキャンパスだし。それに私がやりたいことだってできる学部があるわけだし。

 正直、調べたらやっぱりファッションとか芸術系は専門学校でみっちりやった方が夢に近づくらしい。でも、それでも私は那月と一緒にいたい。


『ふぅん、頑張れ』


 それ以降、優子からのメッセージは途絶え、ちらっと覗き見た先では机に完全に突っ伏してる女の姿があった。

 なんだったんだ……。

 届かないだろうけど一応スタンプ送っといてあげた。

 嫌味言うくせに一度もこっちに視線が来ないで終わった授業は、わからないことだらけだったけど板書は全部きっちり写した。


 さあて、どうするか。


 先生に聞いたところでバカにされそうだし、そもそもその先生の話がわからんのに聞いても意味なさそうだし。

 那月に聞こうか?

 いやいや、でもこんな内容、那月だったらとっくに理解してるだろうし、それこそ先に進んでるだろうし、そんなとこにきてわざわざ那月の受験勉強を邪魔するようなことはしたくない。

 ……まあ、実技メインだし多少わかんなくてもいっか。


「ねえ」

「ん?」


 唐突に声かけられて振り返れば、同じクラスの男子が立っていた。名前は藤崎くん。でも、話したことは一回もない。


「さっき話してんの聞いちゃったんだけど、橘、大学受験すんの?」


 げ。

 なんで聞いてんだこいつ。

 ……とは、言えなかった。めちゃくちゃデカい声で話してた自覚あるし、いっそ聞かせてたと言われても反論できないくらい。

 ただ、今更だけどあんま知られたくなかった。


「まあ……」

「そっか! 実は俺もなんだ」


 え、まじか。

 まさかすぎる返答に思わずまじまじ見てしまったら、ニッと笑いかけられた。


「ほら、このクラスって受験するやついないじゃん? だから同じ奴がいてくれて嬉しい。一緒に頑張ろうぜ」


 うーん、なんだろこの体育会系のノリ。地味に合わないけど一応笑っておく。そういやこいつサッカー部か。どこの大学行くんだろ。聞いたら私も言わなきゃいけないから聞かないけど。

 あ、そうだ。


「ね、さっきの授業なんだけどさ。わかんなくて」

「マジ? どこが?」

「いやまあほぼ全部なんだけど」

「全部かよ」


 笑いながらも私のノートを覗き込んでくれたから、悪いやつではないんだろう。話したことなかったけど、言いふらしはしなさそう。


「あ、これ俺わかるかも」


 そう言って、なんか教えてくれたのは確実に先生よりもわかりやすかった。

 え、ちょうどよかった。今度からこいつに教わろう。


「いいな、こういうの。これからも教えあおうぜ」


 たぶん、てか絶対的に私が教わる方が多いと思うけど、使えるものは使おう。どうぞよろしくお願いします。

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