73枚目
「制服って、計り知れない魅力が詰まってると思うんだ」
カキ氷を買ってきてくれるという男性陣の背中を眺めてぼそりと呟いた。それがいけなかった。
砂の城を建築していた姫杏が、ものすごい勢いで獲物目の前にした肉食獣みたいな目を向けてくる。真剣そのものの真っ直ぐでぎらっぎらした目だった。ひぇ。
「ワイシャツの隙間から見えるTシャツの裾とかね!」
いきなりすっごいとこ来たな。そんな細かいとこまで言ってねーよ。
「学ランの第一ボタン外したとこから見えるワイシャツの襟でしょ」
そこに割り込んできたのんこ。寝てたんじゃなかったの。サングラスの向こうは開いてんのか閉じてんのかわからない。
「のんこまで!? つーか、何それ!」
「わかる〜」
「わかるの!?」
「でものんのん、ウチはブレザーだよ?」
「指摘そこじゃないよね!? 誰も彼もマニアックなんだけど!」
話題ふったのは私なんだけどさ、飛んでくとこが予想外すぎて驚きだわ。なんなのワイシャツとかTシャツとか。
「違うじゃん! 袖から覗く手首とか、襟の隙間の首筋とか、ワイシャツとズボンのベルトの境目の腰付きでしょ目がいくのは!」
ぱちりと大きな目を瞬きさせて、砂山越しにのんこをチラ見する綺杏。それを受けてサングラスをわざわざ下げて目線を合わせるのんこ。
一瞬の間と。
「「マニアック〜」」
……あんたらに言われたくないってーの!!
♯
「やっぱ水着はロマンだよな」
「は?」
何言ってんだコイツ暑さで頭沸いたか。いつもだった。
「なっちゃん反応早すぎ! 冷たすぎ! 俺傷つくなぁそういうの!」
「あ。カキ氷いっこ足りないんすけど。イチゴの」
「おじさん! シロップ多めにしてくんねぇ? 彼女のなんだ!」
抗議を放り出して彼女を甘やかしに入った男を置いて、天音の分と一緒にもうふたつ持って歩き出した。
天音、パーカー着てたし暑いだろうから早く持っていってあげたい。まあそのパーカーは俺のせいなんだろうけど。
「那月くん! ありがとう持つよ!」
そこへやってきた長身の男性。ここまで車を出してくれて、カキ氷も奢ってくてた雪村さんの彼氏。
そこまでしてもらっといて下手な態度は取れない。だというのにこのお人好、「あの、一発食らう覚悟はできてるよ……?」とか言ってくるもんだから、もうなんなんだ。
「雪村さんには言ったんですか? あれ」
天音のことを慰めてくれてたこと。悔しいけど、俺の失態のせい。
だけど、雪村さんに責められる覚悟を背負ってまで優しさを見せてくれた大人に、嫉妬なんて恥の上塗りはできない。
「あ、うん。軽いの一発で許してくれたよ」
結局殴られたのか。
へらっへらして、いいのかこの人は大丈夫なのか。天音が言うにはやり手のエリートらしいけど、いろいろ人間的に心配だよ。
「なっちゃんはビキニ派なわけ?」
「なんの話だよウゼェ」
「反射神経! 俺なっちゃんに愛されてるー!」
ほんとマジで砂に埋まってくんねぇかな。
「ビキニもいいけどさー、フリルスカートの日常ではありえない丈と、意外と見えそうで見えない下の水着ってゆー倒錯感がたまんなくねえ!? なあ黎サン!」
「えっ」
ふるな突然。一般人だぞこの人は。お前の迷惑に四六時中晒されてるわけじゃないんだぞ。
「うーん……。確かに、水着も素敵だけど、僕はやっぱり気が気じゃないなぁ。のんが美人だから余計に」
ナチュラルに惚気られた今。
さすがの長谷川も──固まってんのかよ。おい、お前らの方がいつも物理的に惚気てんだろうが。
自然、足を止めた男三人の間に気まずい空気が流れる。そんな俺らに周囲の視線が四方八方から飛んでくる。勘弁してくれ。
「…………黎サン、週に何回くらいシてるんすか?」
「おい馬鹿その口閉じろ馬鹿が!」
突然なに口走ってんだこいつ!黎さん唖然としてんじゃねーか!
「えー、だってよー、聞くなら今しかなくねえ?」
「仮に一万歩譲って聞くとしたって、どー考えても今じゃねぇだろーがっ!」
しまった。つい馬鹿につられて声を荒げてしまった。
思わず顔を上げて確認すれば、楽しそうに綺杏や雪村さんたちと話す天音が遥か遠くに見えた。言い合いでもしてるのか、若干腰浮かせて綺杏の方へ前のめりになってる。そうすると、パーカーの裾から眩しいくらいの白くて柔らかそうな太腿が覗い、た……。
「……なんすか、黎さん」
「えっ、あ、いやあごめんね」
視界に天音を入れつつ視線を感じて横を向けば、ヘラヘラどこか温く見てくる男と目があった。
「天音ちゃんのこと、大好きなんだなあって」
なんだか嬉しいなぁって。
なんでだ。
そんな心の声が漏れたのか、きっと俺は変な顔をしてたんだろう。慌てたように黎さんが両手を顔の前で振った。
仕草。
「ごっごめん! 天音ちゃんはのんが妹みたいに思ってるものだからさっ! 僕もそんな感じで見ちゃってたっていうか、ほんと、」
あ。
「深い意味なんて一ミリだってな──、痛い!」
どんっと音がして、黎さんが後ろから蹴り飛ばされた。黒髪ギャルに転身した彼女に。
……雪村さん、馬鹿力だったよなあ。
「なんで見えるところまで来て立ち止まってんの」
「ご、ごめん。暑かったよね。これ、かき氷」
ブルーハワイのかき氷を差し出す黎さんに、ギャルの目は死ぬほど冷たい。
「ブルーハワイ」
「あれ、嫌いだっけ?」
「ううん、好き」
「そ、そっか」
黎さんの不安げな目と、無表情にかき氷を受け取る雪村さん。何だろうこのカップルは。こんなんで成り立ってるんだから不思議でしょうがない。
「那月!」
パッと、はしゃいだ声にカップルに向いてた意識が一気に持ってかれた。
思ったより近くにいた。嬉しそうに笑顔で、小首傾げて見上げてくるその視線。角度的に見えてしまう、パーカーの胸元──。
「あーーー」
「那月?」
だめだ、コレは。
「黎さんに同意っすわ」
「え?」
確かに気が気じゃねえわ。まじで。




