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65枚目

 


 食べ放題にしてほんとよかった。


 普段、全然食べないって思ってたけど、こーゆー場になると、那月はほんとよく食べる。なんだろう、いつもは制限してるんのかな。

 自分のどころか私の分まで元を取ってくれただろう那月と、あまり歓迎されない目で店員さんに見送られた。食べ放題なんだからいいでしょーが、那月がいくら食べたって!


「この先にねー、おっきいデパートがあって」

「じゃあ次そこ行こうか?」


 ……いや、まあ、私がそう提案してるからなんだろうけどさ。


「いいの? なんか他に、那月が行きたいとことか、見たいものとか……」


 ここでそれを私が思い浮かべられないのもアレだけど。

 眼レフ……、カメラが好きってことは、で、電気屋とか?あれ、カメラって電気屋だよね?


「天音といられれば、それだけでいいよ」


 えっ。

 ポカンと見上げれば、ふっと微笑まれた。いいんですか、そんなんで。


「それに、合法的に天音の写真が撮れてるわけだし」

「ちょっと待て」


 今、聞き捨てならないこと言ったんだけどこの人。え、写真?写真って言った?合法的に……って、はぁ?


「え、ちょっと! 今までどんだけ撮ってたの!?」

「え? ……うーん?」

「わからないほど!?」


 気づかなかった気づかなかったんだけど!

 無音なの?そんなことないよね!だって今カシャッていったし──、


「言ってるそばからなんで撮った!?」

「ん? カワイイから」

「………………まあ、それなら」

「いいんだ」


 心底おかしそうに笑う那月は、片手で持ってた眼レフのシャッターをもう一度だけきると、ゆったりと手を離して元の位置に戻した。いや、てか今もだけど、私にも心の準備させろよ。


「はい、天音。手、繋いで」


 そうして空いた手を当たり前みたく差し出されたから、うん。


「……仕方ないな、繋いであげよう」

「ドーモありがとうございます」


 那月の手、あったかいなぁ……。

 ハッ。

 私、手汗とかかいてないかな!?どーしよ、大丈夫だよね!?


「じゃ、行こうか──」

「あっれー?」


 そのとき、どこからか高い驚愕の声が響いた。

 レストランを出たとこの、たくさんの人が流れてる通りで、一箇所それが止まってる。その原因の女の人は、驚きの顔を徐々に笑顔へと変えていく。


「うっそ、那月? 那月じゃない?」


 那月の知り合い?

 って、那月を見る前に女の人が寄ってきて、そっちに注目が持ってかれる。

 スタイルいい。

 背がすらっと高くて、手足長くて。そんで、がっつり開いた胸元から、見せつけるように自慢なんだろう谷間を強調させてる。


「うわぁ、ホントに那月だ! めっちゃ久しぶりー! ねえ、覚えてる? 忘れた? あたし、ちえだよぉ」


 そう言いながら、私とは反対側の那月の腕に、身体を押し付けるようにくっついた。

 え、ちょっと!!


「あー、うん。覚えてるから、ひっつくな」

「えぇー? なぁんで。いっつも別に気にしてなかったじゃーん。ここ最近、ぜーんぜん連絡くれなくて寂しかったよ?」


 独特な、キンキンと高い声。

 なんとなく、なんとなくだけど、女の人にいい感じがしない。私の予想が、嫌な方向にしかない。


「ね。今日あたし、空いてるよ? 久しぶりに、こんなぐーぜん会ったんだし……、シない?」


 どくん、と心臓が鳴った。イヤな鳴り方。

 決定的な言葉はない。でも、わかっちゃった。

 私をさもいないように扱って、でも、ちらっとこっちに挑戦的な目を向けてきた女。コレ、前に言ってた那月の『セフレ』だ。


「悪いけど、もうそーゆーのしないから、他あたれよ」

「……えー」


 絡みつく女から自分の腕を引き抜きながら、微かに私と繋ぐ手に力込めてくれた。そうして、横に立ってた女と向き合う。完全にこっち見てきた女の視線から、ちょうど私が隠れるように。


「彼女ー?」

「ねえ、もういい加減に──」

「可愛いけど、それだけってカンジ? とゆうか、まだ処女?」

「なっ……!」


 はぁ?なんだこの女!初対面、しかも往来でそーゆーこと訊く?いや、訊いてねーな完ッ然に確信してる。


「あの那月が、まだ手ぇ出してないの? ウソでしょ? ……あー、それとも、出そうって気が起きないのかなぁ?」


 ひょいっと、那月の壁を乗り越えて、ついにバッチリと目があった。

 上等じゃないの。

 ツンと顎を上げて、しっかりと見据えた。悪いけど、可愛さだけなら私のが断然上だから。どんなスタイルしてよーが、元から美少女な私が、厚化粧になんか負けないし。その喧嘩、買ってやろーじゃないの。

 ピクッと、おそらくその下はないんだろう眉を、女は微かに痙攣させた。どーやら私の挑発は正しく伝わったらしい。


「なんなのアンタ」

「那月のカノジョですけど」


 瞬間、少し余裕が戻ってきたみたいに、女は再び勝ち誇ったような笑みを浮かべた。まあ、この表情だけなら、前島千亜紀のが凄まじいな。


「彼女かぁ。ふふ。……ねえ、あたし、那月のぜーんぶを知ってんのよ?」


 今度は、私が無表情になる番だった。だけど、顔には出さない。のんこに仕込まれてるから。『敵の前で表情変えんな』って。

 マジのんこ。ほんと、あの子には感謝してもしたりないわ今日なんか買って帰ろう。


「おい。いい加減にしろ」


 不意にぐっと手を引かれた。

 那月の背中に引き込まれて、今度こそ、女の顔は見えなくなる。


「怖〜! わかったー、行きますぅ。那月怒らせるとやばいって、百合華が言ってたもん」


 そうして、去り際に那月と私の間で囁くのも忘れない。


「その子に飽きたら──」

「なぁ」

「……ふん」


 途中で切らされたけど。


 女が足早に去ってって、その姿がまだ見えてる間に、ばっと振り返った焦った顔。


「天音──」

「やーだ」

「……!」


 衝撃受けた顔してるのは、ちょっとよかった。そこは安心。

 だけど。


「ねえ、今日、私の家でご飯食べない?」


 お父さんのオムライスがあるの。

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