64枚目
この私が、今日は朝四時に起きた。
「よし!」
気合い入れてベッドから飛び出して、洗面所へと降りてく。
まさか、補習のために早起きするわけはない。むしろ、そんなものサボりたいぐらいだ。そんなことしたら夏休み消えるからできないけど。
冷たい水で顔洗って、眠い頭をなんとか起こす。
「おはよう」
寝起きでも可愛い私に鏡ごしで挨拶して、手に持ったポーチを全部並べ立てる。
これはもはや勝負だ。
自分を可愛くする理由ができてちょっと嬉し──。
じゃなくて。
なんてったって、大好きなカレシの誕生日だ。今日は今までで一番、可愛くなくちゃいけない日だ。
「ん? 天音早いね」
「うわぁお父さんめっちゃ早起き! おはよう!」
びっくしりたー!ぬっと音も立てずに顔出すもんだから、ポーチいっこ倒した。あぁ、マスカラとリップの容器濡れた……。
昨日帰ってきたお父さんだけど、今日からまたしばらく仕事らしい。お疲れ様です。
「おはよう。……いつも、こんなにも早く起きてるのか?」
「ンなわけ。今日は那月の誕生日だから、補習の後、デートするの!」
「……なるほど。そうか。うん。那月くんに、おめでとうと伝えておいてくれ」
なんでそんな複雑そうなの。
「あ、洗面所使う? 私今からニ時間以上は動かないんだけど」
ちゃんとシャツとベスト着てるけど、一応聞いてみたらやっぱ「使わない」って返ってきた。そう。じゃ、心置きなく。
「天音は今のままでも十分可愛いよ」
「知ってる」
「そうか……」
なんだか気落ちしてるとこ悪いんだけど、そろそろ洗面所を占領させてくださいな。
♯
朝、学校で鉢合わせたのんこに半笑いされようと、補習の先生に「余計なことせず勉強に集中しろ」とイヤミ言われようと、関係ない。つまりは、私が可愛いってことだもんね。よし。
再び訪れることはないだろうと思ってた図書室。まあ、結局入んなかったけど。
「那月!」
図書室から、ちょうど目的の人が出てきたのを見つけたから。
あぁ、といった感じで顔上げて、そのままで固まった那月に、思わず私も立ち止まった。なみなみとあったはずの自信がちょこっと不安にすり替わる。
え、なに……?
「……」
「……」
中途半端に開いた図書室のドアと、中途半端に置かれた那月との距離。
「……可愛く、ない?」
先に変な沈黙破ったのは私。
途端にドアは閉まって、一気に距離詰められた。おおう、めっちゃ鬼気迫る顔……。
「んなことない! カワイイよ」
那月が叫んだおかげで、周囲にいた何人かの人がみんなこっち向いた。
「えーっと、その、じゃあ行こうか」
「ん? うん。……あ! お誕生日おめでとう!」
「ありがと」
そこで、やっと笑ってくれたから、私も嬉しくなって那月の右手を握った。びくっと一瞬反応したけど、顔上げたらフツーだったから、また前に視線を戻した。
なんか、今日の那月、変?そんなことないか。
「あ、ねえ。今お腹空いてる?」
「あー、うん。まぁ」
「あのねー、これから行くとこの駅に、食べ放題のイタリアンのお店が新しくできたんだ。めっちゃおいしいらしくて。あ、那月、イタリアンとか大丈夫?」
ぱっと顔上げたら、なんだか優しく微笑まれてた。え、な、なに?ってドキドキしたときは、とりあえず那月から視線を外す。これ、心臓守るための鉄則。最近覚えた。
「大丈夫。じゃあそこ行こうか」
「えっ、いいの?」
「うん」
なんか、那月が誕生日なのに私の希望通してもらってるようで。でも、那月がいいって言うんだからいいのかな?
今日のデートコースは私が考えた。別にいいのにって言う那月の言葉を押し切って。
昨日の今日じゃ、結局誕プレは用意できなかった。しかも、私の補習のせいで半日しか一緒にいらんない。だから、せめてとデートプランを練った。いや、街行くだけだから練るもなにもないけどね。お昼ご飯だって今決めたし。
もちろん、誕プレは後日しっかり用意します。考えとかないと。
「あ、お父さんが那月におめでとうって言ってた」
言って見上げれば、こちらは不思議そうな顔してた。今日の男どもはなんなの?
「なぁに?」
「いや別に。お父さん、どんな顔してた?」
「え?」
「あ、なんでもない」
歯切れ悪い。なんだろう。
不仲なわけじゃないよね?それだったら悲しいけど、那月は別にお父さんのこと嫌ってるようには見えないし。まあ、お父さんが心中複雑なのはわかるけれども。
「ありがとうございますって伝えておいて」
「オッケー。メールしとくね!」
そしたら、今度はきょとんとした目された。ちょっと首かしげるの、可愛いな。
「あれ。昨日帰ってきたんじゃなかったっけ?」
「うん。ても、今日からまたしばらくは帰ってこないかなぁ」
「お母さんは?」
「今、パリ」
「そっか……」
那月といてラクなとこは、こうやって言っても可哀想だね的な目で見てこないこと。
ぎゅーっとくっつけば、「なに?」と訊かれた。
「なんでもなーい」
「そっか」
うん。よし。
今日は那月にとってサイコーの誕生日にしてみせる!




