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62枚目

 


 地獄絵図って、こーゆーことなんだろうか。

 なんかこの光景、みたことあんな。あ、亜澄兄にもこんなことされてなかったっけ、この人。


「死ぬ覚悟は、できてんの?」


 のんこの低い声に、浅間はぱくぱくと金魚みたいに口を開け閉めする。金魚とは違って真っ白な顔して立っていた。

 いつかと同じ、体育館前。

 いつかと違うのは、人目につかないその裏側ってこと。

 恐ろしいんだろうのんこの顔は、背中向けられてるせいで私には見えない。見えるのは、浅間の恐怖の表情だけ。

 ……ほんとに、この人がストーカー犯?

 テスト前で、B組なら勉強で忙しいだろうに、元カノのストーカー、なんて。

 それに、浅間って私の家まで来たことないよね?駅ぐらいは知ってるだろうけど、家までは知らなかったはず。


「天音を怖がらせて、なにが目的?」


 本気で、怒ってる声だ。

 あたしはのんこのことを怒らせたのはたった一度しかない。それも、小学校一年生のとき。

 のんこが大事にしてた、佳代ちゃんにもらった手鏡を割っちゃって、それから五日間口をきいてもらえなかった。毎日、泣きながら飴玉とかクッキーとか玄関口に置いてたっけ。

 ……って、そんな思い出に浸ってる場合じゃなくて。ほんとに浅間がストーカーなのかってこと──。


「も、目的なんて」


 震えてた浅間が、急にニヤッと笑った。

 え、なに……。


「天音を、俺の元に取り戻すために決まってる」


 蒼って、こんなに冷たく笑う人だったっけ……?


「──ッ! のんこッッ!!」


 慌てて抱きついた細い腰。そのせいで、のんこの手元が狂った。がつんっと音を立てたのは体育館の壁で、浅間の顔じゃなかった。

 のんこの手、早く冷やしてあげないと。

 でも、こんなことで停学、その上、休部処分にでもなったら、のんこにも、夏の大会控えてる剣道部にも、それに佳代ちゃんにも申し訳ない。だから、許してね。


「なぁ、天音。懲りただろ? 早く戻って来いよ」


 狂ったって言っても、顔のすぐ横にのんこの拳があるのに、なんも動じてない浅間はただ笑う。え、なんか、気持ち悪……。


「てめーからフッたんだろーが! あ!? 天音をあんだけ傷つけといて、まだやろうってのか!?」

「のんこ、さすがにダメだって! 口調も戻ってるよ!」


 まるで中学時代だ。これ、腰だけじゃなくて腕とかも抑えてないとダメ?


「あんな糸目男、可愛い天音の隣に相応しくないよ。わかってんだろ? 俺がいちばん──」


 ……は?

 と、思ったときにはパァンッと、乾いた音が響いてた。

 驚いて動きの止まったのんこ。ぽかんとした顔の浅間。息を呑む後ろの……誰だろ。そんなことより目の前だ。


「今、なんつった?」


 びくっと震える浅間。

 こっち見ろや。


「お前のその馬鹿な口、私の手で縫ってやろーか」


 ほんとムカつく。怒りがおさまんない。

 だからのんこ、ボソッと「天音にだけは縫われたくないわー」とか言わないで。なんでよ。私縫うのだけは上手いっしょ。


「私が可愛いのはみんな知ってる常識だわ。那月が糸目なのもわかってるっつの」


 そして隣でハッて笑うの、やめろ。


「だけど、あんたに『あんな』とか、『相応しくない』とか言われる筋合いねーんだよ! そんなもん、私が好きなら問題ないし、そもそも、私が那月の隣いるために持ってる武器、この顔しかないんだから相応しいかどーかなんて考えてたらキリないの!」


 そう、言い切ったときにやっとのことで私の顔見たヤツは、そうしてひとこと。


「橘さんって、そんな口悪かったっけ?」


 おい。

 てめー、私の顔しか見てなかったのか。なに、急に『橘さん』って。あからさますぎなんだけど。


「亜澄兄といい、天音といい、あたしの出る幕ないねー」


 とっくのとうに、おそらく私が殴ってから、興味なくしてたのんこは、また私の手を取って歩き出した。もはや、浅間には見向きもしない。


「というか天音、あの糸目男に顔だけで付き合ってるって言われたの? 殴っていい?」

「駄目だから! 言われてないし!」


 勉強できて優しくてカッコよくて気配りできて、実際モテてたらしい那月と私が一緒にいられる権利って、この顔のおかげなんじゃないかなって。ただ、勝手に思ってただけだし。


「天音!」

「うわ、なんでいんの!?」


 いや、うん。思わず、ね。反射だよ反射。

 でもだって、まさかここで那月が飛び出してくるとは思わないじゃん。


「ねえ、俺、天音のこと、顔だけでなんて選んでないから!」

「えっ? えぇ?」

「や、もちろん顔もカワイくて好きだけど、でもそれも含めての天音だから。ナルシストなとこもお人好しなとこも、突っ走り気味な感じも口悪いとこも全部、好きだから! 全部カワイイから!」


 ……なんで、こんな必死に訴えてるの?

 可愛い可愛い言われてんのに、ぽかんとしちゃって反応できない。


「顔が可愛い以外、ぜんぶ悪口じゃない?」


 ねえのんこ、だからボソッと言うのやめて。違うでしょ。好きって言ってんだから。可愛いって言ってるし。

 え、悪口じゃないよね?


「……こっち撮って載せるべきだったかなぁ」

「やだぁ、なにしてんの優ちゃん!」


 ……ん? 優ちゃんって、え、優子と絵玲奈?


「『B組の浅間蒼、学園のマドンナをストーカー!【拡散希望】』ってね」

「うわっ、写真付きえげつなぁ! かくさーん!」

「あんたもノッてんじゃん」


 ケラケラふたりの笑い声。楽しそうだななんでいんの。しかも通知音うるさいし!この短時間でどんだけ拡散されてんの!?絵玲奈か!フォロワー多いもんな!


「優子、絵玲奈!?」

「おー、橘ぁ。おかえりー」


 いや、おかえりじゃなくて!


「見て見てぇ! マドンナ、人気者だねぇ。男子中心にめっちゃ反応いいよー。明日はあの男子、針の筵だね!」


 針の……?

 いや、それはどーでもいいわ。


「みんなにディスられて大変だよってことー。今日のテストに出たじゃん! 私答えらんなかったけどー」


 あ、なるほど。答えらんなかったんかい。


「天音の今カレさん……えーっと、四条くん? ストーカーなんて疑ってごめんね」

「……九条。いや、全然いいよ」

「あ、九条ね! 知り合いに四条ってゆーのがいてねぇ──」


 ペラペラしゃべりはじめた優子の笑顔とは裏腹に、那月の顔が引きつってる。その優子の手のスマホは、未だに通知し続けてるからね。

 パッと目が合ったとき、ニコッと笑ってあげたらサッと逸らされた。ちょっと。


「じゃぁ一件落着だね。あーちゃんよかったね! もうこれ以上ストーカーされることはないでしょー」


 うん、ありがとみんな。

 だから、あんまり那月をいじめるのはやめたげて。眼レフ隠しめはじめてるから。

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