61枚目
それは、忌まわしき夏休み前の期末テストが終わった午後だった。
「「あ」」
ハモった瞬間から嫌な顔するまで一緒だったことに、さらに顔しかめるとこまで同じタイミングって、これはもう、どーすりゃいいの?
って、嫌悪してる場合じゃなくて。
「マジか」
思わず呟いた言葉に、目の前にいる男女の女の方が綺麗な眉を不服そうに跳ね上げた。
♯
「ちょっとちょっとちょっと! 聞いてよ誰か!」
バァンッと教室のドアを開けた。
瞬間、なんかビミョーな空気に包まれた。え、なに?
「おかえり、天音」
「あれっ、のんこ?」
てっきり、優子と絵玲奈だけかと思った。沙希は今日は部活だから。ちなみにバスケ部。
まあ、それじゃなくっても、のんこクラス違うし、ウチのクラスに、しかも私の席に座ってるなんて想像しないけど。
そののんこと対峙するように、優子と絵玲奈が立ってた。ビミョーな空気の原因。珍しい組み合わせだな、とは思うけど、それがこの空気の理由じゃない。
相手がのんこだから。
「で、なに?」
苦手オーラ思いっきり出してる優子と、困った表情でその優子とのんこ見てる絵玲奈。それらをガン無視するのんこ。お前がなんなんだ。
優子がなんでのんこに苦手意識持ってんのかしらないけど、たぶん、この不遜な態度が気にくわないのかね。そこがまたのんこのいいとこなんだけど、さすがに伝わらないらしい。
「あーっと……、そ、そこでさ。さっきちょうど前島千亜紀と会っちゃって」
「え、それって、あーちゃんにいっつも突っかかってくる、A組の人だよね?」
とりあえず教室のドア閉めて中入ったら、絵玲奈が慌てたように食いついてきた。空気変えたいんだな。わかるよ。協力しようじゃないの。
「あー、あの残念美人」
優子、心底嫌そうに言うのやめて。私も嫌いだけどさ。
「橘の元彼盗ってドヤ顔してた女でしょ。顔と頭で選びやがって、ざまぁってんだ。結局、あのチャラ男と別れて再び独り身ってね」
盗られてないし、笑ってるけどあなたもその独り身だよね?
つーか、顔だけじゃなくて頭でも選んでたんだ。確かに浅間って頭よかった。B組だったっけね。いや、でもそれじゃあ。
「それがさ、田中くんと腕組んで歩いてたの」
「「えっ!?」」
見事に優子と絵玲奈の声がハモった。
のんこなんて、もはや興味なくして雑誌読んでる。あ、それ私も買おうと思ってたやつ。あとで貸してもらおう。
「た、田中くんって、あの?」
「学年一位の?」
「田中くん」
「「うっそ〜!!」」
仰け反るタイミングまで一緒で、仲のよろしい──いや、撤回。それなら、さっきまでの私と前島千亜紀も……、考えるのやめよ。
「うわー、うわー。だってあいつガリ勉じゃん!」
「噂じゃ、勉強大好きすぎて、雪村さんに一位取られたとき、屋上駆け上がってったから慌てて数人がかりで止めたってぇ!」
え、待って。なにその噂。噂ってかガチなんじゃん?のんきに雑誌読んでるけど、もしかしてあなた、死人出してたかもしんないんだけど。
「ビン底眼鏡じゃん」
「私服ダサいらしいしー」
「髪もボサボサでダサい」
「ぶつぶつなんか言ってるしー」
「あれ、数学の公式らしい」
「えぇー、やだぁ」
言いたい放題。
つか、田中くん情報詳しいな。なに私服って。誰が見たことあんの?しかも、公式って。マジか頭おかしい。そんなのと、前島千亜紀は付き合ってるわけ?
「まあでも」
急に喋り出したのんこに、全員の視線がバッと向けられた。
相変わらず雑誌から目を上げないくせに、ちゃんと話は聞いててくれたわけね。
「天音だって、ストーカー彼氏だったしね」
そしてとんでもない爆弾発言してくれやがった。
「は!? なにそれどゆこと!?」
「まさか、まさかまさかあの狐くん〜!?」
「き、狐!?」
興奮した優子に机揺らされて、迷惑そうにやっと顔上げたのんこに言ってやりたい。あんたの今の発言が一番迷惑だわ!
つーか、絵玲奈!なにその変なあだ名!
「だぁって、あーちゃんの彼氏の名前知らないし。狐みたいな目してたし、頭いいみたいだし。狐!」
いや、狐!じゃなくてね。
「九条那月だよ!」
「九条那月! わぁ、本名まで狐みたい! 九条とかぽいし」
無理矢理すぎる!笑わせないで!九条が狐っぽいってなに!?
「玲奈、そこじゃない。問題は、その狐ヤローが変態かどーかだ」
「おぉ!」
「いやだから、絵玲奈も『おぉ!』とか納得してないで。違うから!」
「そういえば、橘の彼氏、カメラ持ってたな!?」
「眼レフだったね、優ちゃん!」
「ガチか!」
「そだね!」
優子ドン引きだし絵玲奈は笑顔だし、なんなのこのふたり!?
「あ、天音──」
そこへ、タイミング悪く教室のドア開けたのは、正真正銘、話題の中心那月だった。
「ストーカー!」
「えっ!?」
「今日も眼レフ下げてんね!」
「なんの悪びれもなくのこのこと……!」
突然の襲撃に固まった那月は、次いで物凄い勢いでのんこを見た。なぜわかった。
瞬間、ガタッと立ち上がったのんこに、再び全員の注目が集まった。最近、また短くなった黒髪の頭を軽く振って、ひたりと私を見つめてきた。
「じゃ、そのストーカーんとこ行こっか」
「は?」
「え?」
驚いたのは、私だけじゃなく優子や絵玲奈、それに那月まで。
ぽかんとしてる私ら置いて、雑誌を閉じたのんこはそのまま私の腕掴んで教室の外へ出た。
「あ、ちょ、どこ行くの!?」
後ろで優子が叫んでるけど、私だってわかんないわ!
「の、のんこ?」
「……」
無視だし!予想はしてたけど!
って、無言ののんこに半ば引きずられるようにして辿り着いた先は、B組の教室前。なんの躊躇もなく開け放ったのんこは、私の制止を振り切り、大きく息を吸った。
「浅間蒼!」
剣道部、全国大会優勝の女が、本気で声を張り上げると一瞬で教室内が静まり返る。
一切怯まないのんこは驚きに固まる浅間を真っ直ぐ射抜いて、カッコよく顎をしゃくった。
「ついてきな」
答えは「はい」しか用意されてなかった




