6枚目
一度、ふたり分のバッグを置きに行くために、二階にあるのんこの部屋へ。
ついでに、維澄兄が運びこんでくれたドレスの皺をちょこっと直した。ちょこっとだけ。
維澄兄、ふたつとも抱えてたのに、ドレスの型が全く崩れてない。私じゃ絶対、こんな程度じゃ済まないくらい皺がよっちゃうと思う。
雪村兄妹にはほんと頭上がんないわ。感謝だわ。あとでめっちゃお礼言わないと。のんこには、今度チョコの新作出るらしいから、それ買ってあげよう。
リビングへ降りてくと、のんこはやっと目が覚めたみたいで、目の前のオムライスをガン見してた。
待っててくれたみたい。こーゆーとこ優しいんだよ、のんこは。
「あれっ」
突然、後ろから声がした。
ぱっと振り返ったら、驚いた顔した男の子が立ってた。
「あ、悠くん! おかえりなさい!」
のんこの弟の悠馬くん。うわ、学ラン!可愛い!
中学三年生で受験生だから、これまたなかなか会えてなかった。毎日、夜遅くまで勉強してるんだって。
どこに行きたいんだろう……。とかって、デリケートな問題だし、詮索しちゃいけないと思うから、のんこにも聞いてない。
まあ、のんこの場合、把握してない可能性のが高いから聞かないだけだけど。
「あ、……と、た、ただいま」
恥ずかしがり屋さんで、私と話すとき顔を赤く染めて目線を逸らしちゃう。
まだ慣れてくれないのかー。可愛いからいいけどー。
「ゆーう! 喜んでないで早く手ぇ洗ってきて。お腹すいた」
「姉貴、うるせー!」
バタバタとリビングから出てっちゃった。
にしても、悠くん背伸びたなぁ。雪村家、揃いも揃って長身だから、悠くんもこれからどんどん伸びんだろーなぁ。
私は結局、百五十五で止まった。可愛い私はそれも魅力かもだけど、ファッションショーになるとどーしたって目立つ。悪い方で。
「あ、維澄兄! マネキンありがとう!」
キッチンからコップを六個、一気に持ってきた維澄兄。すごいな。どうやって持ってんの、あれ。
「おー。ついでに月曜まで泊まってけば?」
「えっ」
「あ、いーね。清志さん、月曜日まで帰ってこないんなら、ちょうどいいじゃん」
「えぇ」
そんな、佳代ちゃんまで。いくらなんでもそれは申し訳な……、
「亜澄も、たまにはいーこと言うね」
「さすがにもうわかっから! もう騙されねーし!」
「さっきまで思いっきり騙されてただろ」
「ゆーうー!?」
「今! 来ました!」
わいわいしだした、この雰囲気。ぽつんと取り残された感あるけど、優しさが溢れてる。
ほんと好き。ウチじゃこうはいかないもんなぁ。
「お、天音ちゃん。いらっしゃい」
「あ、おじさーん! お邪魔してます!」
のんこの催促に慌ててやって来た悠くんの後から、のんこパパがひょっこりやって来た。
いくつ歳とっても変わらぬイケメン。むしろ、ダンディさが増してほんと素敵。おじ様だよ、おじ様。おじさんと呼ぶのが引け目感じるくらい。
遺伝子はこうして受け継がれていくのだと実感します。
ちなみに、私の可愛さは突然変異。
「さ、揃ったし食べよっかー」
佳代ちゃんがそう言って、私にぽんぽんと席を示してくれた。のんこの右隣で、いつも私が来るときに座らせてくれる場所。
で、私の右側に悠くん、向かいに維澄兄で、その隣に亜澄兄なん、だけど……。
かたん、とそこに座ったのは佳代ちゃん。
あれ?
佳代ちゃんは、私が来たときおじさんの席に座る。申し訳ないことに、おじさんはそーゆーとき予備の椅子を引っ張ってきて、佳代ちゃんの隣の隙間で食べてる。申し訳ないことに。
でも、今日はおじさんは本来の席に座った。
「亜澄兄、いないの?」
そういえば、維澄兄もコップ六個しか持ってなかった。
「……」
一気にしーんとした。え。あれ?なにこの空気。
佳代ちゃん、笑ってるけど顔怖い。
「……姉貴、天音ちゃんに言ってなかったの?」
維澄兄も言ってたけど、のんこ、私になにを言ってないの?
って、
めっちゃ食べてるし!絶対聞いてないだろ!
「それが、さぁ……」
言いづらそうに切り出したのは維澄兄。
ちらっと隣の佳代ちゃん見て、「うわぁ」という顔した後、私に視線を戻した。私は佳代ちゃん見ない。怖いからとかじゃない。決して。
「あの馬鹿、ホストになったんだよ」
ベキッ
と、音がした。
音の方を私は見ない。維澄兄も悠くんも見てないもん。
「佳代、佳代。スプーン折れてる」
「あー。ごめーん」
やばいやばいやばい。
おじさん、なんでそんな平然としてんの!?慣れてるから!?見習いたいような触れたくないようなってカンジだよ。
ちょっと亜澄兄、なにしてんの〜!
佳代ちゃんに了承取らないでやってたんだ。それで、事後報告でもしたのか、それすらもしなかったのか。どっちにしろ、確実に家追い出される。
結果、今、亜澄兄はこの場にいない。
「あー。人心地ついた」
のんこお前!
この空気の中で食べ続けたの!?つーか、食べんの早くない!?
「チキンライスおかわりしよっと」
今!人心地ついたって!言ったじゃん!
どこまでもマイペースだな!
「あ、のん。俺のも取ってきてー」
えっ。
維澄兄まで!?いつ食べたの!?話してたじゃん!
「はぁ? 自分で行きなよ」
「って言いつつ、持ってってくれるあたり、のんは優しいよな」
「姉貴、俺お茶ー」
「持てると思うの? ねえ?」
「ほら、悠馬! 肘んとこ押し込め!」
「ちょっと!」
「のん、佳代のスプーン取ってきてくれ」
「あたしにそんな期待かけてどーするわけ?」
……うん。平和だ。
とりあえず、亜澄兄は佳代ちゃんに早く謝って、帰ってきていただきたいね。
佳代ちゃんが家のスプーン全部折る前に。