59枚目
コトコト、いい匂い!
弱火にかけてる鍋見てる私の横で、お母さんが手際よく野菜切ってる。
「まったく、なんてサイテーなヤローなのかしら!」
口汚く罵りながら。
「ふざけてんじゃねーよって感じよねぇ。いくら天音ちゃんが可愛いからって、やっていいことと悪いことがあるわ!」
いや、うん。
怒ってくれるのはすごく嬉しいんだけど、那月がびっくりしてるから控えめにしてみない?
「那月くん、あれが天音の母親だよ」
「あぁ……」
え、ちょっと。そこで私見るってなに!?私ここまで口悪くないよね!?
「……って、ひとりぼっちにさせちゃったお母さんがいけないんだけどねぇ。ごめんね、天音ちゃん」
「い、いいって! お母さんは仕事頑張ってくれてるんだから! あ、そうだ、那月がね、電話したらすぐ来てくれて、それで──」
「まあ、本当!?」
って言って、唐突にお母さんに目を向けられた那月は曖昧な微笑みを浮かべた。困ってる。絶対困ってる。
「……それにしても、ストーカーとは誰なんだろうか。ねえ、那月くん」
お父さん!ナイス!
──と、思ったのは幻想だった。
「えっ!?」
元ストーカーにとっては、反応するに十分な質問と聞き方だったらしい。
しん、と一瞬の沈黙が落ちる。
「…………那月くんは天音から電話をもらってすぐに来てくれたらしいね」
「た、たまたま近くの友人の家に行っていたので、今は決して迷惑な行動は──」
「『今は』?」
お母さん、「ジャガイモの皮、ひと続きで剥けたわぁ」って小声で言うのやめて。そーゆーこと言う雰囲気じゃないって、そこわかってんならその口閉じて嬉しそうな笑顔しまって!
「天音、やはりこの男は駄目だ。今ならまだ引き返しはきく」
「ちょ、待って待って! 結論急がないで!」
「急いでいないよ。彼は自分がストーカーをしていた、と自白したんだ。あとは断罪するだけだ」
「お父さんはケーサツじゃなくて弁護士でしょ! 弁護が仕事!」
「法廷において犯人の罪を追求するのは警察ではなく、正確に言えば検察という……」
どーでもいいわ!興味ないし!難しいこと言われてもわかんないし!
「もう、ちょっと待ってて! あ! その間に那月追い出したらお父さん、怒るからね!」
釘刺しとかないとやりかねないってどーゆーことなの。ほんとにもう!
お母さんに鍋頼んで、急いで階段を駆け上がった。疲れた。
机の上にあった、アクアブルーの四角い冊子。那月のイメージカラーのがちょうどあったから……って、今はそれはよくて。
それ掴んでまた駆け下りてって、リビングに入った、ら。
「天音は僕の子供とは思えないほど可愛い娘なんだ。それを取られた僕の気持ちがわかるかい?」
「はい、一品目できたわよ! パンとキヨくんのビーフシチューも! 那月くんはこれ、ご飯ねぇ」
「えっと、あの、はい。あ、ありがとうございます」
「いいや、君にわかるはずはないね」
なんの話ししてんのかわかんないし、那月が大変なことなってるし、お母さんはタイミング……!
「お、お父さん!」
「あぁ、天音。ビーフシチューができたから食べなさい」
「違うでしょ! なんで今この瞬間だけ気持ち察知能力鈍ってんの!?」
お父さんの前にあるビーフシチューのお皿を押しのけて、代わりにそこに手に持ってたのを置いた。
「これは?」
「開けて!」
同じく不思議そうな顔してる那月と、興味津々なお母さんの前で、お父さんが表紙に手ぇかけた。
「……」
「まあ、」
静かに驚いたお父さんの声を代弁するような、お母さんの声。
テーブル越しに見えてた那月が、気づいてばっと視線投げてきた。だから、そっち向いてにこっと笑ってあげた。
「全部、那月が撮ってくれた写真だよ。那月がストーカーしてたときのも含めて」
それはアルバム。
しかも、それでもまだ一部だかんね。あともう二冊ある。グラデになるようにいろんな青系のアルバム探すの、大変だったんだから。
「……」
「天音ちゃん、とっても綺麗だわ!」
まあ、最初はストーカー編だから全部隠し撮りだけどね。
無言でペラリペラリとめくってたお父さんが、不意にぴたりと手を止めた。
「あ、天音ちゃん、これ天音ちゃんなの? ファッションショーなんて、お母さん知らなかったわ!」
あー、うん。そうだろうな。言ってないし。でもほら、ほぼ連写みたいになってるから、写真だけでも動きわかんじゃない?それもどーなのって思うけど。
「可愛い! 綺麗よ! それに、とっても素敵なドレス。さすが、私の自慢の天音ちゃんだわ!」
「あ、ありがと……」
……嬉しい。やばい、にやける。
って、そしたら那月も笑ってくれたから、照れ笑いみたいのを返した。
「那月くん」
瞬間、お父さんが写真から顔を上げた。そしたら那月の顔、すっと真顔になったけど。その変わり身に、那月としては緊張しまくって大変なんだろうけど、別の意味で笑いたくなってしまった。
駄目だ。抑えないと。
「君は、写真が好きなのかい?」
「は、はい」
「うん。これらを見ていればわかるよ」
じゃあ、とお父さんが那月の顔まで目を上げた。
「写真と天音、どっちが大切だい?」
「天音です」
スパッと即答されて、一瞬にして顔が赤くなった。うわっ。ちょ、もう……、お父さんふざけんな!
「あ、間違えました」
えぇっ!?
さぁっと血が下がった。
え待って、間違えた!?間違えたってなに──、
「天音『さん』です。すみません」
……。
どーでもいいわ!そんなことで上げて落とすみたいなマネしたの!?
「……うん、わかった」
こくり、ひとつ頷いたお父さんは、ふと笑みをこぼした、
……わ。お父さんが笑ってる。珍しい。
「それじゃあ、誓約書の話しでもしようか」
………………はい?




