58枚目
階段駆け下りた瞬間、ガチャっとドアが開いて──コケた。
数段残して落ちたせいで、めちゃくちゃ派手な音を立ててしまった。咄嗟に手すり掴んだから音の割にはそんなに痛くなかったんだけど、
「きゃあぁぁぁぁ!? 天音ちゃんんんん!?」
それを目の前で見てしまったお母さんにとってはただならぬことだったらしい。
近所迷惑。いや、私が悪いんだけどさ。慌てて起き上がろうと床に手を突いたら、お腹に腕回されて抱きこむようにして起こされた。
ハッとして見上げれば、焦った顔の那月が上から覗き込んできてた。
「天音!? 天音、大丈夫!?」
指が優しくおでこを撫でてきた。あ、打ったからね。赤くなってる?
「だ、大丈夫大丈夫。ちょっと滑っただけだから」
とりあえず態勢を整えようと座り直したところで、はたと口元に手を当てて固まるお母さんに気づいた。
「あ、えと、お母さん──、」
「隠し子?」
「えっ?」
引きずってたスーツケースほったらかしで、よろよろと玄関の段差に膝をつく。
「き、キヨくんの、隠し子なの、ね?」
待って!
なに不思議そうな顔しながら確定しちゃってんの!?え、もしそうなら受け入れるつもり!?じゃなくて!
「お、お父さん!!」
「あのね、違うから。天音も小夜子さんも落ち着いて」
いや、私は落ち着いてんだけどね?
もー、相変わらずお母さん電波なんだけどどーすればいいの?
「え? え? わ、私、いつの間に男の子産んだっけ?」
「彼氏! 私の! 彼氏だよお母さん!」
「あぁ、彼氏ね! こんにちは! ん? こんばんはかしら?」
……その順応性、最初っから発揮して欲しかったな。こんにちはもこんばんはもどっちでもいいと思うけど。
「はじめまして。九条那月と言います。突然の訪問──」
「あぁ、堅苦しいのはいいのよ! ようこそ、橘家へ。末永く天音ちゃんをよろしくね!」
「あ、はい」
驚いた顔して、那月は勢いに押されたように返事をこぼした。だけど、少しの間のあとに、姿勢を正して遠慮がちに口を開いた。
「あの、その、俺でいいんですか?」
えっ、どーゆーこと?
俺でいいんですかって俺じゃなきゃダメなんですけど!?とかって私が言う前に、お母さんがクスクス笑い出した。
あ、久しぶりに聞いた。お母さんの笑い方、好きなんだよね。可愛くて。
「だぁって、キヨくんが許してるみたいだし、天音ちゃんのところに一目散に飛んできてくれたし、那月くんカッコいいし」
うん、カッコいいのは本当なんだけど、お父さんが複雑そうな顔してるから、あんまそーゆーこと言わなくていいと思うなぁ。
「それに、私が反対したら、天音ちゃんに嫌われちゃいそうだし」
お父さんも那月も、思わずみたいな感じで私のこと見ないでください。き、嫌わないよそんなことで。ただ、賛成してくれるまで職場まで突撃するかもしれないけど。
「天音ちゃんが彼氏なんて連れてくるの、はじめてのことじゃないかしら?」
「あ、お母さんは知らないんだ……」
そう、これがフツーの反応だと思ってたよ。お父さんの情報網、なんなの。
「小夜子さん、着替えておいで。とりあえず、食事にしよう」
「そうね! ご飯、なにがいいかしら?」
「ビーフシチューがあるからそれにしよう」
「キヨくんのっ? わあ、楽しみだわ! あ、ねえ那月くん!」
「はい」
突然のフリにぱっと手を離してお母さんの方向く。それまでなにやってたかって、私の赤いのだろうおでこを「痛い?」とかって言いながら撫でてくれてた。
おでこは痛くはないんだけどね、強いて言えば今のお父さんの視線の方が痛いかな。なんでそう平然とできんの?那月は。
「ご飯とパン、どっちがいい? どっちも食べる? もしそうならおかず作るわ! というか、男の子なんだからパンだけじゃ足りないわよね!」
いやいや、なにその勝手な決めつけ。少食な男の子だっているよ!てか、那月って見た目的にそっちの感じじゃん。
「えーっと、それじゃあ、両方……」
「ええ、任せてちょうだい!」
那月の答えに満足そうに頷いて、ルンルン気分で自分の部屋へと歩いてった。久しぶりに、お母さんテンションだわ。
昔から、お母さんがいると一気に場が明るくなって、いつでもそーゆーお母さん、すごいなって思ってた、けど。
「那月? あの、無理しなくて大丈夫だよ? 私からお母さんに言おうか?」
実は私もテンション上がってる。お父さんとお母さんが揃うなんて数えるほどしかなかったし、その上今日は那月までいる。すごい嬉しい。
ふたりのこと大好きだから、那月にも好きになってほしいし、嫌な思いとかしてほしくない。
「無理してないよ。俺、結構食べるんだ」
「そうなの?」
「うん。長谷川に呆れられるぐらいには」
そ、うなんだ……。
こやいだ遊び行ったときはフツーな感じしたけど、抑えてたのかな?でも、まあ、それなら大丈夫なのかな?
「天音ちゃん! ご飯、一緒に作りましょう! ビーフシチュー、温めてくれるんでしょう?」
ひょこっと顔出したお母さんは、髪まとめてエプロンまですでに着けてた。その手には、私のエプロンもあった。
「あ、うん! えっと、じゃあ那月は──」
「那月くんは、僕が話し相手になるから退屈はさせないよ」
「……さっき変なこと言われてない?」
一応、那月に確認とれば、にこっと笑われた。え、それどーゆー意味の笑顔?




