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56枚目

 


 な、なんで……、え、ホントに帰ってきたの!?いくらなんでも早くないか!?


「こんにちわ、おじさん」


 すかさずのんこが前に出て挨拶した。

 なんだその素早さ。知ってたけど。

 のんこは、なぜだか知らないけどお父さんのことを小さい頃から好きで、自分の父親よりも懐くもんだから、おじさんがよく落ち込んでた。未だ健在だったか、それ……。


「やあ、乃々子くん。元気かい」

「はい」

「今まで、天音のことを任せきりにしてしまって申し訳なかった。いつもありがとう」

「いいえ、あたしが天音を好きでやってることですから」


 これが、お父さんに取り入るための嘘とかだったら私もさらっと流してた。実際、のんこはいつも通りの真顔だし。

 だけど、のんこの場合、本気で言ってるってのを知っちゃってるからタチ悪い。しかも、そーゆーこと、当たり前だけど私本人には絶対言わないから。


「天音、幸せなことだね。大切にしなさい」


 こんな友達、手放せないでしょ。

 私の赤くなった顔見てちょっと笑うの、やめてくれないかな、お父さん。


「──ねえ、あんた。どこ行くつもり?」


 不意に投げられた言葉。それに、私の横を通り過ぎようとしてた神谷がギクリと動きを止めた。

 えー。のんこ、容赦ないな。


「君は……、たしか神谷くんだったか」


 お父さんに見つかった。瞬間、神谷はだらだらと汗をかきはじめる。

 あーあ……。


「お、おおおお久しぶり、ですっ!」


 目に見えてわかる動揺ぶりに、那月が不思議そうに私を見てきた。でもごめん、私も知らない。神谷はなぜか、お父さんがニガテらしい。けど、理由聞いても教えてくれなかった。


「お、俺はその、たまたま通りかかっただけなんで、じゃ、じゃあ失礼します!」

「さっき、自分から来たって言ってたじゃない」

「雪村! お願いだから!」


 必死。

 そのとき、お父さんが神谷の方へ歩み寄った。それに、神谷は必要以上にビクついてる。その目はひたすらに、のんこが作ったヒビを見つめてた。


「神谷くん」

「……! は、はい!?」


 そんな、声裏返るほどですか。

 まあ、確かに?お父さんの目ってぱっと見怖し、無表情なのも手伝って、何考えてんのかわかんないときある。でも、基本的に優しいし、料理うまいし。それに、お父さんの全く感情が見えない目が私は好き。

 そーゆー意味で言ったら、のんこの目ってお父さんに似てるとこあんだよね。のんこはのんこでまた違って、冷たさが必要以上に含まれてる気がするけど。


「僕はね、君に感謝しているんだよ」


 え、感謝?

 急になに?って私だけじゃなく神谷も思ったみたいで、あんなに逸らしてた目をきょとんとさせてお父さんに向けてる。


「勇気を出して犯人を捕まえようとしてくれたんだろう? 君を、碌でもない男だと、そう思っていた昔の僕を許してほしい。本当にありがとう」

「え…………、あ、いや、その……」



 ……ちょい待って。


「え、なんでお父さん、神谷がストーカー追ってたって知ってんの?」

「……さて」


 いや、さてじゃなくてね。

 しかも『碌でもない』って、私が思ってんのと同じだったら、小、中時代のことだよね?あのときも、ほとんど家にいなかったのに!


「そして、知らずに申し訳ないのだが、君は誰だい?」


 知らないの、当たり前だと思うんだけど、え?違うの?


「はじめまして。九条那月といいます。天音さんとは同じ高校の同級生で──」

「天音の新しい彼氏か」


 その、納得いったみたいな顔でさらっと爆弾投下すんな!新しいって!だからなんで知ってんの!?いっかいも誰も紹介したことないよね!?


「ええっと、はい、そうです」


 戸惑ったような、ちょっと緊張してるような声。そりゃそうだ。お父さんとの思いがけずはじめての対面で、しかも原因不明の情報流出してるし。


「天音、そうなのか」

「うん、そうだよ。でも私が聞きたいのはそこじゃなくてね」

「もうそろそろ、お母さんも帰ってくるから家で待っていようか」

「えっお、お母さん!? なんで!? 海外行ってるんじゃなかったっけ!? フランスとか」

「いや、今は台湾だね。雪村さんの奥さんに電話をもらってすぐに飛行機乗るって言っていたけど、どうやら遅れているみたいだ」


 遅れてませんけど。むしろ、こんな早くに仕事切り上げられんのかって、そっちが心配だわ。

 私のせいで、いろいろ事が大きくなってる気がする……。


「乃々子くん、ご家族には追ってお礼をしに伺うよ」

「はい、伝えておきます。それじゃあ、あたしは失礼しますね。神谷はちょっと一緒に来て。話がある」

「えっ!?」

「のんこ、あの、あんま酷いことしちゃダメだよ」

「ひ、酷いこと!? 橘! どーいうことだ、もっと強く雪村に言ってくれ!」

「ほら、邪魔しちゃ悪いんだから行くよ」


 あー……。

 まあ、うん。話って言ってたし、昨日のことでも聞くのかな。私も聞きたいような気がするけど、当事者だし。


「よかったら、九条くん。君も一緒にどうだい? 今からでは大した料理は作れないと思うが、歓迎するよ」


 でも、それよりも今は隣の緊張感をどーにかしてあげないと。


「天音が彼氏を連れてきたら、是非とも食事を共にしたいと思っていたんだ」


 品定めするみたいな目線を向けてくるお父さんに、ふと那月の空気が変わった。すっと背筋を伸ばして、いつも通りの薄い笑顔を見せた。


「では、お言葉に甘えさせていただきます」

「それはよかった」


 満足そうになにを頷いてるのか。


 てゆーか、そんなことはどうでもいいんだよ。問題は、那月が信じられないくらい大人っぽくてカッコいいって、そこだけ。

 真っ直ぐな目をお父さん向けてる、その横顔を下から見上げるの、写真撮ってるとき隣にいるのと同じ感じで二倍ドキドキしてきちゃった。


「……これは、手強そうだね」


 ぼそっと呟かれた言葉は夕日に紛れて聞こえなかった。

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