54枚目
「おはよう、天音」
「お、おはよう」
ほんとに来た。
「来ないかもしれないから」と朝練休もうとしてたのんこをなんとか送り出しておきながら、私も来るかどうかって思ってた。
いや、嘘なんてつかないだろうけどさ。
「お、来たね」
ひょこっと佳代ちゃんが顔を出した。
その後ろには悠くんがいて、ひたすらに下向いて靴履いてる。結局、昨夜は悠くんの話がなんなのか聞けなかった。
『天音ちゃん……、俺、俺──』
一生懸命、なんかを伝えようとしてる悠くんに、声かけたいのを我慢して聞いてた。だけど、最終的に続かなくなった悠くんは、逃げるようにして自分の部屋に入ってっちゃった。
後ろから、「あぁ……」て佳代ちゃんと、バイトから帰ってきた維澄兄の残念そうなため息が聞こえた。
みんなはなんのことか知ってるみたい。
約一名、他がなんか同情するようなかんじの表情の中、「意気地なし」と言い捨ててたけど。話ができなかっただけでその言いようって……。
悠くんは恥ずかしがり屋さんなんだよ!いまだ私と話すときは赤面するぐらい。
「おはようございます」
「うん、おはよう」
那月が、きっちり頭下げて佳代ちゃんに挨拶した。頷いた佳代ちゃんの後ろから、悠くんが「いってきます」と走り出てくる。速っ。
「いってらっしゃい!」
佳代ちゃんと一緒に言ったけど、聞こえてたのかいなかったのか、すでにその背中は道の向こうだった。
「あーあ。まったく」
しょーがないなぁ、と腕を組んだ佳代ちゃん。「え?」と振り返っても「ごめんね」と苦笑するだけだった。
「じゃあ天音ちゃん、気をつけてね」
「? うん。いってきます」
「いってらっしゃい」
なんだか、悠くんの様子おかしいし、どーすればいいんだろ私。
「……今日は、暑くなるってね」
「え? あ、そうなんだ。今日、外体育なんだよねー」
「あぁ。テニスだっけ?」
なんか、「大丈夫?」とかって聞かれるかと思ってた。でもそうじゃなくて、とりとめない話題を、ふってくれた。
迷惑かけちゃったこと、言おうと思ってたのに。でも、謝るタイミングなんて測れないくらい、ゆったり、いつも通りの朝がある。
「ううん、女子はサッカー。男子はテニスなの?」
「そう。今日は試合──」
「うわっ! ちょ、那月! ちょっとこっち!」
引っ張った勢いで那月の身体が思いっきりぶつかってきて痛かった。「ごめん!」って焦った声したけど、でも、そんなこと気にしてる場合じゃない。
細い路地に身を隠したら、しばらくしてから目の前を通り過ぎた人。
イヤホン装着した神谷だった。
あっぶな。声、たぶん音楽で聞こえてなかったんだな。
「……神谷凛太朗、だったっけ」
「よく覚えてるね。そうです」
完全に行くまで待ってよう。同じ電車とかジョーダンじゃない。
てか、なんでこの時間にいんだろ。神谷って、私より遅いか早いかの電車しか今まで乗ってなかったよね?会わなかったもん。
……まさか、一年かけて私の行動時間を把握された、とか?うっそ、なんだそれマジか。なんか危ないヤツだとはずっと思ってたけど、ガチかよ。
「天音?」
「どーしよ。神谷がストーカーだったかも!」
「え、ストーカー?」
ちょっと戸惑ったかんじ。そーいえば、元ストーカーだったわ。
って振り返って、その近さにぴたりと口閉じた。
い、いまさら、しかも私から引き込んでおいてアレだけど、せ、まい……。
身体の距離なんて触れるか触れないかのギリギリなかんじだし、無理な体勢でもしてんのか、那月の手が壁についてて。あれ、これ噂の壁ドンってやつですかっ?うわ、はじめてなんだけど!?
いい匂いする。那月の匂い、すごいする。あっ、めっちゃイイめっちゃやばい。
「……ねぇ」
「ふぇ!? な、なに!?」
ふおぉぉ!?バレた?バレた!?
やだ、ちょっと恥ずかしい!じゃなくて!
「ごめんなさい!」
「え、なにが?」
「えっ」
きょとん、とした顔してる那月と目があった。
一瞬の沈黙。
だけど、そっと微笑んで身をかがめてきた。てことはつまり、鼻と鼻がくっついちゃいそうなぐらいの距離なワケで。
「謝んなきゃいけないの、俺かも」
柔らかく、唇を重ねられた。
「──ごめんね、あまりにもカワイくて」
………………は。
あ、待って。心臓。飛び出る。
この那月、ダレ。
「天音」
「……はっ、はい! はい!」
なぜ敬語。なぜ二回。なぜ大声。
「俺、天音のこと大切だし、好きだし、守りたいって思ってる。だから、昨日俺を頼ってくるれて、嬉しかった」
フツーに、「じゃあ行こうか」って。
ばくばくしてる私の心臓は、置いてけぼり。
佳代ちゃん、いちばん気をつけなきゃいけないこと、めっちゃ近場にあったんだけど。




