51枚目
那月は今日、月に一度の部活らしい。
あまりにも集まらない部員に痺れ切らした顧問が決めたことらしい。めんどくさいって言ってたけど、絶対行かなきゃいけないみたい。
まあ、写真とか個人プレーっぽいしね。みんながみんな、バラバラに部活してそうだし、そもそも集まってなにすんの写真部って。
待ってようかなと思ったんだけど、教室でだらだらしてたとこをのんこに捕まって、今。
「のんこと帰るの、久しぶりじゃね」
「天音が糸目と帰ってたからね」
……もしかして、寂しかった?
クラス違うと、帰りの時間がなくなるだけでのんことの時間もめっちゃ減るってことに気づいた。
「私も、寂しかったかも」
「なに言ってんの?」
「……」
わ、わかってたけどさ。のんこ素直じゃないもんね!……ってことにしとく。
「あ、電話鳴ってる」
私のじゃない。じゃあ、のんこのか。何年も変わらなかったRAVIの歌声からただの電子音に変わってて、なんとなく違和感。
「誰の?」
「いや、あなたの」
まさかの、本人ですら変わった着信音に対応してなかった。
「早く出なよー。誰?」
めっちゃのんびりマイペースにスクバからスマホ取り出すのんこの手元を覗き込む。
映し出された『篠塚 黎』って名前。
「カレシさん!」
「うるさい」
あっ。待って行っちゃうの?
え、いや、会話聞きたいとかそーゆーんじゃなくて、ちょっと照れてるのんこ可愛いから!
「……」
なんも言ってないじゃん。そんな目で見ないでよ。眼鏡なくなった分、ダイレクトに刺さるんですけどその冷たい視線。
「──もしもし」
電話に出ちゃったのんこからちょっと離れる。
まだ家は見えてこない。もう少ししたらのんこん家の青い屋根が見えてくる。そのまた少し先に行けば、私ん家の屋根も見えてくる。
なんか道のり長いなぁ。那月といるときもこんくらいならいいのに。
「……ん?」
あれ。
今なんか、人影が見えた。
いや、道なんだし人通り少ないとはいえ、完全にいないわけじゃないからおかしくはないんだけど。
ただ、なんかが引っかかる。私らの家の方へ消えてった。
「なんだ……?」
ひとり、首ひねってた。
ら。
「わっ!」
「うわあぁぁぁ!!」
突然両肩を叩かれて、自分でも信じらんないくらいの叫び声が飛び出した。
「天音っ!?」
と、同時に悲鳴みたいなのんこの叫び声が道に響いた。
「えっちょ待っ待って待って待っておにーちゃんおにーちゃんだよのん! のん!! わあぁぁぁあぐぅッ!!」
「天音無事!?」
「…………あ、うん。いやあのでも、ちょっと無事じゃない亜澄兄がひとり」
のんこに回し蹴り食らわされて道に倒れてるのは、まぎれもなく亜澄兄だった。
「ケガしてない? なんかされてない? 消そうか?」
「怖い怖い怖い。のんこわかってんでしょ。亜澄兄だよ?」
亜澄兄、緑のメッシュも入れたんだ。綺麗。一歩まちがえば悲惨だけど、たぶん、似合ってんだろうな。顔がコンクリートに押し付けられてても予想つく。
さっきの物凄い声といい、全然動かないんだけど、死んでないよね……?
「っあー! 死ぬかと思ったー!」
ガバッと起き上がった亜澄兄に思わずびくっとしちゃったら、のんこが足振り上げた。
「待ってやめようごめんね大丈夫だから!」
それ振り下ろしたらガチでやばいから。
ほんともう、なんだこの子こんなに暴力的だったっけ!?
「ほんのジョーダンのつもりだったのになかなかひどい仕打ちじゃねっつーかのんお前また蹴りの威力上がったんじゃねぇの痛かったんですけどあれ本気だったろ殺る気だったろにぃちゃんガチで死にかけ」
「行こうか」
「えっ。あれ、カレシさんは?」
「切った」
うわぁ……。
なんか、ごめんなさい。
「おいおい待て待て俺を置いてくのか苦しんでんのにどーゆー扱いお前ん中での兄貴はよぉ冷てぇなぁ。冷てぇって言やぁなんか今天音ん家の方に人間が行ったけど誰あれ知り合」
「は?」
冷たいって言えばなんでそーなんのって思ったけど、のんこが引っかかったのは別のことみたいで、物凄い目つきで亜澄兄を見上げた。
「えっ。怖いのんさんちょっとどーしたの今なんか怒る要素あっ」
「人影? 誰?」
「いや、俺が知りた」
「天音? なに、ストーカーされてんの?」
維澄兄と違って、のんこの亜澄兄への対応は言葉の途中でぶった切って会話してくタイプ。亜澄兄はもはや気にしてないらしいけど、はたから見たらめっちゃ異常……。
「ストーカーなんてされてない、けど……」
てか、ただの人影が通っただけじゃん。そんな騒ぎ立てることのほどでもなくない?のんこって、たまに心配性だよね。
「ねぇ、天音。今日はウチ泊まれば?」
「えぇ。いいよ、今日は。それに、亜澄兄も帰ってきてるし。……あれ、佳代ちゃんに許してもらえたの?」
瞬間、亜澄兄がぶるり、と身体を震わせて遠い目した。えなに?
「……百夜通い中」
ぽつん、と亜澄兄には珍しくひとことだけ。ももよがよい……って、なんだっけ?
「百日家に通ったら許すか許さないか検討してやってもいいって、母さんが」
あ、百日ね。
え、百日……?
「マジあの女鬼だわ百日ってどーゆーことだよ毎日毎日仕事の合間に一時間かけて通ってくるとかそんなとんでもねー芸当してまで勝ち取んのが『検討』って! 許してくんねーのくれんのどっちだよって確信くれねぇってどー思うよ天音!」
佳代ちゃんらしいわ。笑って言ってそう。
「仕方ないんじゃないかなぁ……」
大学辞めたりホストしたりはいいと思うけど事後報告はよくなかったよ。うん。
「さ、バカ兄貴はほっといて帰ろう」
のんこがぐっと私の腕引いて、さっさと歩き出した。
「ちょちょちょのんさん待って一緒に帰ろーぜ家一緒なんだし」
「あぁ。こんなのと同じ家なんて。チリになればいいのに……」
「こんなのって失礼じゃねチリになれとかそこまでじゃないだろもっとステキなおにーさまな感じすんだろ金持ってるとことか」
「今度、新しいカラコン欲しい」
おい。
間髪入れずにそれとかのんこさん。
「他には? もっとあんだろ遠慮すんなよ久しぶりに会ったんだしつーか最近のん帰り遅くねこんなに通ってんのに全然会えないし」
「じゃあ、洋服。前までの全部撤去したからそろそろ買わないとないんだよね」
え、全部?
今までの黒と赤系のゴシックファッションはRAVIを意識したものばっかだった。いやだけど、そこまですんの?凄くね?なんか、失恋したあとの女の子みたい……。
のんこにとっては失恋なのか。
「帰り遅いのは部活だから」
「あ、部活なあのセンコーまだいんの? 口うるせージジイ髪染めるなピアス開けんな制服ちゃんと着ろって細けーんだよそんなんじゃ世界でやってけねーよって剣道はめっちゃ上手かったけど一回も勝てなかったけどそんで坊主にさせられたのはすげぇ今でも覚えてるわ……」
なんだかんだ、ちゃんといっこいっこ返事してあげてんだから、やっぱのんこは優しいよね。そのひとことふたことに何倍もの言葉で返す亜澄兄も、口悪いしちょっとおバカっぽいけど、あったかい人だなぁと思うよね。
早く佳代ちゃんに許してもらえて、雪村家に帰ってきてくれるといいなぁ。
「あ、そーいや天音あの地味顔糸目男とどーなった? 付き合った? 今までのとちげぇカンジしたけど趣味変わった?」
ねえ地味顏ってひどくない?確かにそうだけどひどくない?
「もしもし? え。平気。天音の安全はあたしが守った。黎さんも守ってあげようか。ジョーダンだよ」
心配したんだろう、カレシさんがかけ直してきた電話に、真顔でそんなことを言ってのけるのんこ。なにそのしょーもない冗談。慌てて拒否ってるカレシさんが目に浮かぶ。
やっぱ、このふたりがいちばん似てんだよね。雪村家の中で。
そんなこと言ったら、のんこに口きいてもらえなくなりそうだけど。




