49枚目
「ほら、このパンフレットの大学」
那月が見せてくれたのは、綺麗なガラス張りのキャンパスが映った大学案内。
二年の夏休み前、私の周りじゃ絶対に出てこない話題。いや、いつの時期でも出てこないだろうけど。
私の部活が終わんのを、図書室で勉強しながら待っててくれた那月。
勉強とか……、いや、それで。
なんとなく、「大学とか行くの?」ってバカみたいな質問したのがはじまり。
スクバからパンフ出してきたってことは、いつも持ち歩いてたの?それとも今日がたまたま?
……って、そんなことより。
「そ、そう、なんだ……」
遠い。
電車で何時間かかるのってかんじ。もしかして、一人暮らしとか、すんのかな。
「まあ、さすがに高校みたいに近さで選ぶわけにもいかないから」
わかってた。
那月は特進クラスで頭いいし、大学に進学するんだろうなって。
わかってたけど。こんなにも遠いだなんて、思ってもみなかった。それに、私じゃどう頑張ってもここには入れない。そもそも、大学にだって入れるかどうか怪しい。行く気なかったし。
「ここのさ、理工学部が面白い研究してて」
惹かれる被写体を見つけたときと同じ顔。
これじゃ、我儘も言えない。言うつもりなんて、もともとなかったけど。
ちょっと嬉しそうに大学の話する那月の声なんて、ほとんどなにも聞いてなかった。テキトーに合図打ちながら、思考は別の方へ行ってたから、なに話してたのか覚えてない。
「な、那月!」
「なに?」
ぱっと口閉じて、私のことを見てくれる。
あぁ。もう。
「パ、パンフレット、もし迷惑じゃなかったら、ちょっと貸してくれないかな?」
きょとんとした顔した那月は、すぐに笑って差し出してくれた。
「いいよ、あげる」
「えっ」
「俺もう見たし、ここに決めたから」
決めたんだ……。
どーしよ。もしかして、私ばっかりが寂しいのかな……。
♯
「──で、あたしんとこ来るってね」
いつもすみません。
こないだまでめっちゃルンルン気分で、人生で一番って言っていいぐらい幸せだったのにもうこれだよ。
毎回毎回、沈むたびにのんこに相談しに行って。だって、呆れたような表情するくせに、ちゃんと最後まで聞いてくれるからさぁ。
てか、そもそも相談とかできんの、のんこぐらいだし。友達がいないとか、そーゆうんじゃなく。
「どこ行くって?」
「これ、ここの……」
ふーん、と那月にもらったパンフレットをぱらぱら眺めてく。
読むのが早いのんこは、あっという間に読み終わって、また後ろからページをめくっていった。
「あんたも入ればいいんじゃん?」
んな、簡単に……。
そりゃ、入れるんだったら追いかけて行きたいけど、理数系に無縁どころか勉強がさっぱりなんですけど、私。
どうして、こういうときお父さんの血が入らなかったかな。天は二物を与えずってこーゆーこと?私、かわいく産まれすぎた?
「ちなみに、天音はどこ行こうとしてたの?」
「まだちゃんと決めてないけど……、専門学校行ければいいなって。デザインの」
ちょこっと夢みてた。だいたいそーゆーとこって写真の学科もあるでしょ?でも理工学部ってことは、那月はもはや写真もやらないらしい。
やめちゃうのかぁ。趣味にしちゃうってこと?
「じゃ、やっぱりこの大学行けば」
「いや、じゃあって……。私の学力、知ってんでしょー?」
「知ってる。あひるがいっぱいの成績表も、家庭科のおかげでオールあひる免れたのも」
言わなくていいっつーの!もっと打ちのめされるじゃん!
「でもここ、デザイン科あんじゃん。しかも、面接と実技だけの試験あるし」
……なんだって?
ほら、と見せてくれたパンフ。
それは学部紹介のとこで、芸術学部ってとこにのんこの言う通りのことが書いてあった。
「ほ、ほんとだぁ……」
「糸目男、どこの学部だって?」
「名前、せっかく覚えたんだから使ってよ。……えぇっと、理工学部」
瞬間、のんこは嫌そうな顔して「あのひねくれ性悪男」と呟いた。
え、なに?なんで今あだ名増やしたの。
「……キャンパス、一緒じゃん」
「え?」
「理工学部と芸術学部」
「えっウソ!?」
思わずのんこからパンフ取り上げて見れば、確かに同じ場所にふたつの学部があった。しかも、ここのキャンパスだったらそんなに遠くない。家から十分通える距離のとこにある。
「やばい、のんこ神」
のんこいなかったら絶対気づかなかった。
ただただ打ちのめされて、時間をムダに過ごしてた可能性しか浮かばない。
「と、とりあえず、今度デザインコンテストあるからそこに出展してみる! そんで、優勝してくる!」
「うん、頑張ってー」
完全に棒読みだけど、ちゃんと応援してくれてるってわかってるから気になんない。
それより、のんこにはなにかちゃんとお礼しないと。このままじゃ私、のんこに助けてもらってばっかりになっちゃう。
「のんこ、私のんこのためならなんでもやるからね!」
「気持ちが重い。彼氏で間に合ってます」
両手握って言ったら、嫌そうな顔された。なぜ。
てか、さりげに惚気られた。私ののんこに対する気持ち、カレシさんに比べたら軽い方じゃない?




