48枚目
家の鍵はちゃんと閉めた。
でも、チェーンはかけなかった。那月と別れて鍵かけた瞬間、維澄兄と悠くんが家に来て私を雪村家に引っ張ってったから。
「…………の、のんこ?」
「なに」
「ど、どしたの?」
ガン見して固まる私の反応に、あぁ、と気のない返事をするのんこ。ぴっと目にかかった髪をはらって、ひとこと。
「ちょっとイメチェン」
「いやいやいや!!」
ちょっとって!
あんた、自分の今の見た目わかってる!?
あんなに派手だった金髪は、黒っていっても限度あんだろってぐらいの黒髪。外された真っ赤な眼鏡の代わりにバッサバサなつけまつげ。ヘーゼルのカラコンに、ロックとは程遠いギャルファッション。
今朝見たときは変わってなかった。那月のことに意識持ってかれすぎてそんなよく見てなかったけど。いやでも、ここまで変わってたらさすがの私も気づく。……たぶん。
ま、まぁ、で。
その変容ぶりに驚いたのもあるけど、そんなことはこの際問題じゃない。
問題なのは、前までのカッコ全てが、バンドメンバーRAVIをなにからなにまで真似たものだったってことと、今の見た目がその全てをかなぐり捨ててるってこと。
のんこはRAVIに尋常じゃないくらいの愛を注いでいた。職員室で生活指導の先生たちと激しい言い合いした末に、学年一位取ったら認めろって条件突きつけて達成するくらいには。
あんときは、学校中が騒然とした。A組の不動の一位田中くんが、スポ科でも底辺の女子生徒に負けたってことに。
職員室はまた違った騒ぎだったろうけど。
そんなのんこがここまでの、本人曰くイメチェンをした。原因ってまさか。
──ロックバンドボーカルRAVIのメンバー脱退及び芸能界引退発表。
今日、どっかで誰かが言ってた気がする。ちょっとよぎった。のんこのこと。でも、ここまでとは思わなかった。
「の、のんこ──」
「そんなことより、どうしたの今日は」
どうしたのって、あなたの兄弟たちに必死の形相で連れ去られてきたんですけど。チャイム鳴ったとき、神谷がきたのかと思ってガチでビビった。
ストーカーかよ警察とかってスマホ持ってったもん。名前叫んでくれてよかった。あやうく通報するとこだった。
「えーっと…………、あ! 聞いて! さっき神谷とばったり会っちゃって!」
「誰それ」
ほんの少しも考えようとしないあたり、さすがだわ。あなたも九年間、一緒だったはずなんだけどね。
「ほら、残念男」
「…………………………あぁ」
自分で付けたあだ名ですらもこんな時間かかるって。
のんこの手が、くいっと眼鏡を押し上げようとして鼻筋を触った。
「……」
「……」
「……それで」
ぷいっとそっぽ向いちゃった。可愛いんだけどそうじゃないよね。はい。
「……ぎゅって、しようか?」
「なんでよいらない」
即答ですか。
「あっ! じゃあカレシさん呼ぼ──」
「はぁ?」
すいません。
これは、のんこは元気なのか?いや、そんなはずはないんだけど。おかしいな、いつも通り風当たり冷たい。
「あ、ねぇ。カレシさんて言えば、デートどうだった?」
クッションひとつくらい飛んでくる覚悟で訊いたのに、なんも飛んでこなかった。
なんでそこまでして訊くかって?んなもん、話題転換二割、好奇心八割だわ。
「フツーだった」
へぇ。ってことは、楽しかったのかな。心なし、のんこの無表情に柔らかさが戻ってきた。気がする。
「天音は?」
話題、ブーメランだった。
「んん?」
「天音は?」
いや別に、誤魔化そうとしたわけじゃないけど。もうちょっとのんこの話が続くのかと思ってたから、こんな早く返ってくるとは……。
「楽しかったです」
「へぇ?」
「……那月に、ネックレスもらった」
にやっとされた。のんこが楽しんでんのはわかってたけど、そのまま口は閉じなかった。
「でも、今日那月が、私のこと好きって言ってくれて、お母さんとお姉さんに紹介までしてくれて……あ! のんこ、のんこ知ってたんでしょ!?」
「なにが?」
「那月がストーカーしてたってこと!」
すました顔しやがって。フツーに「うん」とか頷いてるし。
はじめて那月に会ったときのんこがフルネーム言えたのも、家庭科室で親しげに話しかけてたのも、全部全部知ってたからだったんですね!
「だって、天音んとこ行くと必ずと言っていいほどいたからね。調べたら写真部とかガチかよっていう。キモかった」
真顔で言い切るこの冷淡さ。容赦ねぇな。
てか、調べたんだ。那月もだけど、なんなのその情報収集に関するフットワークの軽さ。私そんな情報網とか持ってないし。
「教えたら幻滅するかなって思ったけど、危惧してた通り天音だった」
「う。…………な、那月の家! ケーキ屋さんだったの! 裏門から出てすぐの所。知ってる?」
「あぁ。綺杏がよく行くとこね」
えっ。
そっちのことも、まさか知ってるとは思わなかったんだけど……。
「なにその驚いた顔。クラスメイトくらい知ってるでしょ」
「え、だって名前……」
「ブリっ子ツインテールとか言った方がいい?」
いやいや、なんだその悪意あるあだ名!名前覚えて呼んでるってことは友達なんでしょ?もしそうならいろいろ酷くないか!?
「で、あの糸目は天音にどこまで話したの?」
「ど、こまで……?」
「ストーカーで?」
……のんこは、全部知ってたんだろうか。知ってたんだろうな。
それを踏まえてあんなに勧めてきたってことは、那月のこと、ちょっとは認めてるってことなのかね。
「な、んか、ね。セフレがいっぱいいたんだって……」
「ハッ。ほんと頭オカシイ。なんだあの男」
……いや、どうだろ。




