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47枚目

 


 なんやかんや、那月に家まで送ってもらうことになった。もはや、遠慮の言葉も出てこなかった。有無を言わさず真琴さんに車乗せられて駅まで送ってもらったってのと、そのまま那月が改札入ってっちゃったってののおかげで。

 帰り道、那月が隣にいるってのが当たり前になってきてる。まだそんなに回数重ねてるわけじゃないのに。


「ケーキ、こんなにもらっちゃってよかったのかな?」


 そんで、那月の手にはケーキがいくつか入った箱が下げられてる。帰り際、那月ママに持たされてた。「また来てねぇ」と、ふわふわな笑顔のお見送り付きで。


「勝手にやってることだから気にしないで。いらなかったら捨てちゃっていいから」

「いやいや! 食べるよ、美味しかったもん!」


 慌てて首振った。

 捨てるなんてとんでもないわ!

 箱ん中にはしっかり、あの真琴さんのモンブランも入れてくれたらしいし、ちょっと開けるのが楽しみなんだよね。

 ──っと、家が見えてきてしまった。


「あの、那月。ありがとう、バッグ」


 なんと、申し訳ないことに私のスクバ持ってもらっちゃってた。「手ぶらだし」と言うけれど、それ、入ってる物がないから全く重みがないんですよー。

 那月はなんも言わなかったけど、その軽さに驚かなかったろうか。馬鹿な子とか思われたら恥ずかしすぎる。明日から教科書入れて帰ろうか。

 ……いや、やめよ。そんなもん家に持ち帰ったら病気になりそう。


 あーあ。


 それにしても、帰り道ほんと短い。どうにかなんないの?なーんて考えてもしょーもないことが頭をよぎる。


「あ。もう着いちゃったのか」


 ぽつん、と落とされた言葉。

 それを逃す私じゃない。

 やだ。那月も私と同じように、惜しんでくれてる……って思っていいんだよね?それ?

 言ってるうちに家の前まで着いちゃって、自然とどちらからともなく足が止まる。


「はい」

「ありがとう」


 差し出されたバッグ。ほんと軽い。軽すぎて、風に揺れたそれを掴めなくて、代わりに那月の手を掴んじゃった。


「あっ、ご、ごめん」


 うわぁ。

 思いっきり触っちゃった!冷たかった那月の手!どうしたんだろ冷えちゃったのかな!?

 慌ててスクバをひったくったら、空いた手で手首捕まえられた。


「天音──」


 そんで、なにかを言いかけて。


「橘!?」


 遮られた。

 先にそっち向いたのは、私じゃなくて那月。釣られて私も向いて、めっちゃ後悔した。


「げ」

「おい、なんだそのあからさまに嫌そうな顔は!」


 うーわー。

 出たよなんでいるんだこの男。

 相変わらずワックスでガッチガチに固められた茶髪に泣きぼくろなんかある猫みたいな目。不敵な笑みを常に浮かべてる、今は不機嫌そうな口元。

 イケメンの部類に入るんだろう、最低男。


「なんでいんの、神谷凛太朗」

「小、中と一緒で、家が近所なんだから俺がいてもおかしくないだろう!」


 なんだろう。ウザさがバワーアップしてる気がする。

 小、中一緒。輝かしい私の子供時代の、消し去りたい忌まわしき過去。なんと、一年生から中学三年生までずーーーっとクラス一緒だった。その間、ずーーーっと私のことを「ブス」と言い続けてきた、サイテーな感性しか持ってない人間以下、男以下の男。

 さんざん私のこと貶し続けてきたくせに、高校まで一緒のとこいこうとしてきた神谷。

 コイツから逃れるために、ギリギリまで「隣町の高校行く」ってことにして信じ込ませた。

 努力の甲斐あって、神谷は隣町の高校にまんまと入学し、やっと別々になれて顔つき合わせずにすんでた。のに、ここにきて……!


「天音? 誰?」


 あっ。

 いや、忘れてたわけじゃないけど、歯ぎしりに忙しくて気ぃ回せなかった。今の那月に聞かれてなかったかな。やばい、気をつけよう。


「えーっと、神谷凛太朗。小、中と一緒だった残念男」

「残念男!?」

「って、のんこが言ってた」

「のんこ……って、あ、雪村か!」


 うっさいなぁ。

 那月と話してんだけど。なんなの、入ってくんないちいち。


「つーか、その男誰だよ!」


 ちょっとやめてよ。あんたごときに指差されるような男じゃないんだよ、那月は。


「はー? アンタに関係ないでしょー?」

「関係ないわけないだろ!」


 いや、なんでだよ。関係ないわ。言う義理ないわ。早く帰れよこっち来んな!


「あ! わかった、お前遊ばれてんだろ! お前みたいなブスが、彼氏なんてできるはずないもんな! その男もブスだけど」


 おい。今なんて言った?

 ほんとムカつくセリフしか出てこない口だけど、最後のは今までん中で一番頭にきた。


「あんたいい加減に──」

「彼氏だけど」

「は?」


 間の抜けた声は、私じゃなくて神谷から出た。


「かれ……、は?」

「彼氏」

「……ウソだろ?」


 なんでそんな驚いてんの?

 よくわかんないけど、マヌケな顔見れたらなんかすっきりした。


「ほんと、残念でカワイソーな男」

「ん?」


  ふっと笑った那月が呟いた。

 なんか言った?って訊こうと思ったときには、軽く肩を押されて方向転換させられてた。


「天音、もう家入りなよ」

「え? あ、うん」


 ケーキの箱を手渡され、促されるままドアに鍵差し入れた。開けて、入る前に後ろ振り返ったら、那月が玄関の門を閉じてくれてた。


「那月、今日はありがとう。お母さんと真琴さんにも、また行かせてくださいって言っておいて」

「うん。喜ぶよあの人ら」


 あぁ、それから。

 そう言って、那月は門の向こう側から微笑みかけてくれた。


「天音。天音はカワイイよ。それに、綺麗だ。俺の写真の中で、いちばん」

「なっ……」


 またもや、私じゃない口から驚愕の声が漏れ聞こえた。

 見やれば、神谷が顔を真っ赤にして那月のこと見てた。それのせいで、私の中の熱が一気に冷めちゃった。え、なんだこの男気持ち悪……。


「鍵、しっかりかけなね」

「うん。絶対そーする。チェーンもかける」


 那月の目を見て言えば、満足そうに頷かれた。


「じゃあ、また明日」

「……うん」


 少し名残惜しいけど、でも、確かに明日も会えるんだよね。明日も明後日も、そのまた次も。


「ばいばいっ」


 笑顔で手を振って、ドア閉めた。

 あぁ。

 嬉しい。どうしよ。


 ……ケーキ、冷蔵庫にしまいに行こう。

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