43枚目
「橘さん」
担任に、授業サボったのが当然バレて、四人そろって怒られてるところに、那月の声が響いた。
「あっ、」
このタイミングで……!
「橘、行っといで!」
「えっ」
「大丈夫、担任は任せろ」
「はいっ、あーちゃんカバン!」
「ばいばい天音!」
どんっと沙希に背中押された。
後ろで「あ、コラッ! どこ行く橘!」って担任の声と三人の攻防の声が聞こえる。
ありがとう。私はほんと、いい友達を持った。
「お待たせっ」
「……なんか、大丈夫?」
「うん!」
笑顔で頷けば、なんか言いたそうにちらっと教室の中見て「そっか」とだけ呟いた。
「じゃあ、帰ろうか」
──────
で。
「……裏門?」
「うん。時間平気?」
「へーき、だけど……」
え、どこいくの?帰んだよ、ね?
見上げてもこっち見てくんないから、全然表情とか見えない。
あぁ。それにしても、カッコいい。見るたびに好きになってく気がする。那月は、私のこと好きでいてくれてる……んで、いいんだよ、ね?
ネックレス、もらったときは考えちゃったけど、でも、可愛いって言ってくれたし、キス、してくれたし。こうやって、帰りにデートしてくれるし。
あ。
目が合った!ガン見しすぎた!?
「すぐ着くから」
違うけど。
……ん?どこに?って、待って。裏門からで、すぐ着く?もしかして、もしかしなくても……。
「あ、ほら。見えてきた」
待って展開早い!
あれってやっぱりケーキ屋さんだよね!?レンガ造りで赤い屋根ってめっちゃ可愛い!甘い匂い素敵!
「裏……、や、正面からでいいか」
九条家……!?
待ってお母さんが経営してんだよね?ってことはお母さんいるよね!?あっ、待って心の準備が……!
「ただいま」
開けちゃった!
「あらぁ那月ー? どうして正面から……、あらあらあらぁ?」
外観同様、カントリーチックな可愛い内装。入ってすぐに目に入るショーケース。ショートケーキにフルーツタルト、チーズケーキ、ガトーショコラ……、キラキラで美味しそうな可愛いケーキが綺麗に並べられてる。
その奥から、目をまん丸にして乗り出してきてる小さくてふっくらとした、可愛らしい女の人。
「ねぇ那月? その子、綺杏ちゃん?」
「どっからどー見てそうなんの?」
「そぉよね。赤ちゃんみたいに可愛い子が、フランス人形みたいに綺麗な子になってて、びっくりしちゃったわぁ」
……えっと。
「ごめん橘さん。コレ、母親」
「こんにちわぁ」
「一応、褒めてるつもりだから気ぃ悪くしないでやってくれる?」
「一応なんて! ちゃんと褒めてるわよぉ。……ほんとに綺麗な子ね。どなた〜?」
あっ!
やばいちょっと呆然としてた!挨拶……!
「は、はじめまして! 橘天音です。那月……くんとは同じ学校で、えと……」
「彼女」
私の言葉に繋げるように、たったひとこと、だけどしっかりと付け加えられた説明。
……お母さんに、紹介してもらえた。
「………………あらまぁ」
それっきり、ツヤツヤなほっぺたに手を当てたまま固まっちゃった那月ママ。
落ちた沈黙。お店のBGMだけが、軽やかに空気を読んでない。あ。この曲、私が好きな歌手の新曲……。
「母さん」
「ハッ!」
今、すごい声出ましたね。
那月ママのほっぺたにあててた手が、バネみたいに跳ねて離れた。
「お姉ちゃん呼んで来ないとだわ!」
「なんで……、いや、裏から行くからいいよ」
「ダメよ! そこで座って待っててちょうだい! あ、那月、ケーキ出してあげてね」
パタパタと小さな手をちょっと大袈裟に動かしながら、奥に入ってちゃった。
「そこ、座っていいよ」
「あっ、はい」
「ケーキ、なに食べたい?」
ショーケースの脇から、那月ママがさっきまで立ってたとこからお皿とかトレーとかを出しはじめた。
い、いいの、かな……?
「えっと……、じゃあ、モンブラン」
「どっちがいい?」
「えっ、どっち!?」
ショーケースから乗り出して、那月が上から指差してくれた。その先には、黄色い見慣れたモンブランと、濃いピンクの見慣れないやつが並んでた。
栗が乗ってるはずのところに、半分に切った苺がある。苺のモンブラン。はじめて見た。
「苺?」
見過ぎたか、那月がちょっと笑ってショーケースを裏から開けた。
金色のアルミ皿に乗せられたモンブランを取り出して、真っ白なお皿の上に。金色のフォークと紅茶の入ったポットも一緒に、トレーに乗せて那月が運んできてくれた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
間近で見ると余計可愛い。苺に付いてる緑のヘタが、鮮やかなコントラストをなしてる。めっちゃおいしそう。ぐるぐるの中に苺の果肉が練りこんである。
「写真──」
撮ろう、とスマホを出そうとした瞬間。
「彼女ってホントォ!?」
飛び込んできたその人に、最初に抱いた感想が。
胸デカ。
ってゆう、しょうもないものだった。




