表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/77

41枚目 九条那月side

 


 ふたり分の影が、アスファルトの上を長く長く伸びてる。そういや、天音と歩くのって夕方ばっかだな。帰り道だから当たり前だけど。

 ちらっと下見れば、茜色を存分に浴びてる小さな頭が見えた。

 天音の髪って色素薄いんだな。普段は焦げ茶っぽいけど、今は赤茶色に染まってる。俺のとは正反対の綺麗な髪。自然と、それのひと房を手に取った。

 その瞬間、びくっと肩を震わせて、凄い勢いで見上げてきた。


「えっ? あっ、か、髪?」


 面白いぐらいに動揺する。

 思わず喉の奥で笑えば、夕日に負けないぐらい顔を赤くする。ほんと、


「カワイイね、橘さん」


 あー。

 確か、今までの女相手にもこう、必要だなと思った場面でサラッと言ってた気がする。でも、天音を前にしての「カワイイ」は全然、重さが違う。本当に、心から、天音を見て思う気持ち。


「……那月だって。那月だってかわ────、カッコいい」


 ……………長い間の前、なにを言いかけたのか、予想つくけど、ちょっとどーゆーこと?

 立ち止まった天音につられて、道の真ん中、ふたりで佇む。あと少し行けば天音の家。まだ二回目の、この道。


「私……、私、那月のこと、好き」


 時が止まった。

 息も止まった。


 まだ、まだ二回しか通ってないこの道。


「ねぇ、天音」


 少しの時の空間の末に、ゆっくりと上げられた顔。それが、夕日のせいじゃなく、熟れた林檎と同じ色をしてたから。

 そっと、傷つけないようにそっと、カワイイ林檎に片手を添えた。


「キス……、しても、いい?」


 燃えるように熱い頬。

 薄く開いた艶やかな唇。

 小さく震える指先が、パーカーの裾を掴んできて控えめな力で引き寄せられた。


 息を呑むほど綺麗な瞳が、静かにゆっくり、伏せられた。



 ──あぁ。今死んだらどんだけ幸せだろうか。




 ♯




「で?」


 暗幕を返しに来ただけなのに。

 というより、なんであたしがわざわざA組まで来て、しかもなんでまたこんな男と顔突き合わせて、相談受けなきゃなんないの?


「天音に、ネックレスをあげたんだ」

「ふぅん?」

「そっから、様子がおかしくなった。……雪村さん、なんか知らない?」


 ズレてきた眼鏡をくいっと押し上げた。

 プラスチック越しに見えるその顔は、棒を四本書けば表現できるような簡単な顔。天音が付き合ってきたハデなだけのヤツらとは真逆の、九条那月という男。天音をちゃんと好きでいてくれてる、守ってくれてる、てところがいいだけで、コレ自体が素晴らしいわけじゃない。

 ……むしろ、今までので一番最悪の性格してるかもしれない。


「あたしはなぁんにも言ってないんだよ」


 きょとんとする九条はなんの特徴もない。

 なんでこんなのが女子にモテるのか。その上、みんな揃いも揃ってセフレ。

 そう。天音が知らないコイツの素顔。女狂いの遊び人。

 頭おかしい。コイツも、その女たちも。ほんと、A組ってマトモな人間がいない。


「土曜日、コンビニで奢ってもらったからね」


 それがなきゃ、とっくのとうにバラしてる。

 天音が聞いたらショック受けるかもだから、『優しい九条』でいさせてあげようかなって。

 予想に反して喜ばれたらどうしようか。あたしはもうついていけない。


「あんたが天音のストーカーまがいしてたことは約束通り言ってない。その上、実は女取っ替え引っ替えしてた遊び人ってことも、天音はなんにも知らないんだよ」


 つらつらと述べてやる事実。ぐっと詰まる九条に、畳み掛けるようにハンッと鼻で笑ってやった。


「それなのに、あんたばっかりが天音のこと知れると思う?」


 そこまで言ってやって、やっと気づいた糸目男。なんて鈍い。なんてメンドい。


「…………今日、雪村さん部活ある?」

「ない。でも、あたしは個人練するから」

「ありがとう」

「存分に感謝して」


 聞いてんのか聞いてないのか、ヤツはすでにあたしに背中を向けて走り出してた。天音のためじゃなかったら、誰があんな男の手助けなんか。今も女と会ってたら地獄見せてやる。

 ……天音が相手じゃなかったら、あんな糸目男のことなんて知りもしなかったな。仮定が成立しない。


「というか、暗幕……」


 もうこのまま置いてっちゃっていい?


「あっ!」

「よし帰ろう」

「待って待って! お願い待てって雪村さんっ!」

「チッ」


 ほんとなんなの今日は。

 朝は天音に無視されるし、昼は糸目の恋愛相談、そんで今は一番捕まりたくないヤツに捕まった。


「止まってくれてありがとう!」

「腕掴んだんでしょ、脳内花畑の片割れめ」

「綺杏と仲良くしてくれてありがとう!」

「話聞いて」


 本当に、なんなんだろうこのカップル。揃いも揃って話聞かない。

 綺杏がはじめて話しかけてきたときもそうだったっけ。「友達になって」を言うために、アズ兄みたいな勢いで、口を挟む間もなく数分間、意味のない言葉を羅列しまくってた。

 あたし、あんとき返事したっけ。今も「のんのん、のんのん」って煩く来てるってことは、返事したんだろうけど。


「これ暗幕。じゃあね」


 掴んでくる腕に持ってたのを押し付けたら、「ウッ」ってうめき声が聞こえた。貧弱。


「あ、ちょ、まだもういっこ! 那月と橘さんとのこと、協力してくれてありがとう!」


 背中にかけられた、聞き捨てならない言葉に振り返ったら、腰曲げて暗幕を抱えてる男がそこにいた。

 ふたつの意味で鼻で笑う。


「いつ協力したっていうのよ。あたしは、天音のことしか考えてないの」

「…………まさか、雪村さんってレ──、ままま待て待って押さないで倒れっ、倒れるっ」


 ……さて。


「今日、胴着持ってきてたっけ」

「ちょ、雪村さん行っちゃうの……!?」


 体育着で防具はマズいだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ