41枚目 九条那月side
ふたり分の影が、アスファルトの上を長く長く伸びてる。そういや、天音と歩くのって夕方ばっかだな。帰り道だから当たり前だけど。
ちらっと下見れば、茜色を存分に浴びてる小さな頭が見えた。
天音の髪って色素薄いんだな。普段は焦げ茶っぽいけど、今は赤茶色に染まってる。俺のとは正反対の綺麗な髪。自然と、それのひと房を手に取った。
その瞬間、びくっと肩を震わせて、凄い勢いで見上げてきた。
「えっ? あっ、か、髪?」
面白いぐらいに動揺する。
思わず喉の奥で笑えば、夕日に負けないぐらい顔を赤くする。ほんと、
「カワイイね、橘さん」
あー。
確か、今までの女相手にもこう、必要だなと思った場面でサラッと言ってた気がする。でも、天音を前にしての「カワイイ」は全然、重さが違う。本当に、心から、天音を見て思う気持ち。
「……那月だって。那月だってかわ────、カッコいい」
……………長い間の前、なにを言いかけたのか、予想つくけど、ちょっとどーゆーこと?
立ち止まった天音につられて、道の真ん中、ふたりで佇む。あと少し行けば天音の家。まだ二回目の、この道。
「私……、私、那月のこと、好き」
時が止まった。
息も止まった。
まだ、まだ二回しか通ってないこの道。
「ねぇ、天音」
少しの時の空間の末に、ゆっくりと上げられた顔。それが、夕日のせいじゃなく、熟れた林檎と同じ色をしてたから。
そっと、傷つけないようにそっと、カワイイ林檎に片手を添えた。
「キス……、しても、いい?」
燃えるように熱い頬。
薄く開いた艶やかな唇。
小さく震える指先が、パーカーの裾を掴んできて控えめな力で引き寄せられた。
息を呑むほど綺麗な瞳が、静かにゆっくり、伏せられた。
──あぁ。今死んだらどんだけ幸せだろうか。
♯
「で?」
暗幕を返しに来ただけなのに。
というより、なんであたしがわざわざA組まで来て、しかもなんでまたこんな男と顔突き合わせて、相談受けなきゃなんないの?
「天音に、ネックレスをあげたんだ」
「ふぅん?」
「そっから、様子がおかしくなった。……雪村さん、なんか知らない?」
ズレてきた眼鏡をくいっと押し上げた。
プラスチック越しに見えるその顔は、棒を四本書けば表現できるような簡単な顔。天音が付き合ってきたハデなだけのヤツらとは真逆の、九条那月という男。天音をちゃんと好きでいてくれてる、守ってくれてる、てところがいいだけで、コレ自体が素晴らしいわけじゃない。
……むしろ、今までので一番最悪の性格してるかもしれない。
「あたしはなぁんにも言ってないんだよ」
きょとんとする九条はなんの特徴もない。
なんでこんなのが女子にモテるのか。その上、みんな揃いも揃ってセフレ。
そう。天音が知らないコイツの素顔。女狂いの遊び人。
頭おかしい。コイツも、その女たちも。ほんと、A組ってマトモな人間がいない。
「土曜日、コンビニで奢ってもらったからね」
それがなきゃ、とっくのとうにバラしてる。
天音が聞いたらショック受けるかもだから、『優しい九条』でいさせてあげようかなって。
予想に反して喜ばれたらどうしようか。あたしはもうついていけない。
「あんたが天音のストーカーまがいしてたことは約束通り言ってない。その上、実は女取っ替え引っ替えしてた遊び人ってことも、天音はなんにも知らないんだよ」
つらつらと述べてやる事実。ぐっと詰まる九条に、畳み掛けるようにハンッと鼻で笑ってやった。
「それなのに、あんたばっかりが天音のこと知れると思う?」
そこまで言ってやって、やっと気づいた糸目男。なんて鈍い。なんてメンドい。
「…………今日、雪村さん部活ある?」
「ない。でも、あたしは個人練するから」
「ありがとう」
「存分に感謝して」
聞いてんのか聞いてないのか、ヤツはすでにあたしに背中を向けて走り出してた。天音のためじゃなかったら、誰があんな男の手助けなんか。今も女と会ってたら地獄見せてやる。
……天音が相手じゃなかったら、あんな糸目男のことなんて知りもしなかったな。仮定が成立しない。
「というか、暗幕……」
もうこのまま置いてっちゃっていい?
「あっ!」
「よし帰ろう」
「待って待って! お願い待てって雪村さんっ!」
「チッ」
ほんとなんなの今日は。
朝は天音に無視されるし、昼は糸目の恋愛相談、そんで今は一番捕まりたくないヤツに捕まった。
「止まってくれてありがとう!」
「腕掴んだんでしょ、脳内花畑の片割れめ」
「綺杏と仲良くしてくれてありがとう!」
「話聞いて」
本当に、なんなんだろうこのカップル。揃いも揃って話聞かない。
綺杏がはじめて話しかけてきたときもそうだったっけ。「友達になって」を言うために、アズ兄みたいな勢いで、口を挟む間もなく数分間、意味のない言葉を羅列しまくってた。
あたし、あんとき返事したっけ。今も「のんのん、のんのん」って煩く来てるってことは、返事したんだろうけど。
「これ暗幕。じゃあね」
掴んでくる腕に持ってたのを押し付けたら、「ウッ」ってうめき声が聞こえた。貧弱。
「あ、ちょ、まだもういっこ! 那月と橘さんとのこと、協力してくれてありがとう!」
背中にかけられた、聞き捨てならない言葉に振り返ったら、腰曲げて暗幕を抱えてる男がそこにいた。
ふたつの意味で鼻で笑う。
「いつ協力したっていうのよ。あたしは、天音のことしか考えてないの」
「…………まさか、雪村さんってレ──、ままま待て待って押さないで倒れっ、倒れるっ」
……さて。
「今日、胴着持ってきてたっけ」
「ちょ、雪村さん行っちゃうの……!?」
体育着で防具はマズいだろうか。




