40枚目 九条那月side
天音の様子が、おかしい。
どのくらいからだったか。最初からだったかもしれない。でも、いちばん変化があったのは、雑貨屋を出てから。もっと言えば、俺がネックレスを渡したときから。
変化っつっても、そう大きくなにかが違うわけじゃない。バカップルたちは気がつかなかった。まあ、あいつらは自分たちだけで世界を形成してるから、大した参考にはなんねーけど。
体調悪いのか訊いても、いつもの笑顔で「大丈夫」って言うだけ。
その笑顔を見て、カメラ持ってねーのをこんなにも後悔したことがあったろうか。
あぁ、ケーキ目の前にしたときの天音の顔も、最高だった。
モンブランが運ばれてきたときと、ひとくち目を口にしたとき。
小さな赤い唇をほころばせて、心底幸せそうな表情を見せられて、無意識に手をみぞおちにやった。いつもある硬い感触に触れらんなくて、どんだけ悔しかったか。
……んな状態で、結局、一日はあっという間に終わった。
「今日は楽しかった! ありがとう、アミちゃん」
「こちらこそ、楽しかったよ。また遊ぼうね、綺杏!」
「! う、うん、うん……!」
天音の言葉に一気に泣き出した綺杏。それを、さりげない様子で嬉しそうに観察する気持ち悪いヤツと、慌ててる様子が破壊的にカワイイ天音。
ほんとマジで、未だに俺の彼女になってくれたのが信じらんねーくらい。
「じゃあなっちゃん! 俺、綺杏送ってくから!」
送ってくっつーか、お前らほぼ同じ帰り道だけど。
「なっちゃんは橘さん送ってくんだろ?」
「うん」
「じゃあここでバイバイだな!」
天音の家の最寄駅への電車は俺らのとは反対路線。階段登りはじめてる長谷川たちと別れようとしたら、天音がはっとした様子で振り返ってきた。
「えっ! い、いいよそんな──」
「じゃあな」
遠慮の声を遮れば、長谷川がそれにいつものうるさい笑顔で答えてきた。
「おう! また明日、学校でな!」
「ア、アミぢゃん! ばいばいっ」
涙声の彼女の腰抱いて、やかましく手を振るのにさっさと背を向けて、ちょうど来た電車に乗り込む。
「ほら、閉まっちゃうよ」
まだ躊躇してる天音を促せば、はっとした様子で飛び乗ってきた。瞬間、その背中で扉が閉まった。
夕暮れの差す電車ん中、ガラ空きの席にテキトーにふたりで座った。
「……」
「……」
で、落ちる沈黙。
しまったな。
こーゆうとき、どうすればいいかわかんねぇ。
「っ……」
隣で、なんか話そうとして口閉じる気配がする。なんとかこの状況を打破しようとしてんのは、天音も一緒らしい。
「ね、橘さん」
「っ! な、なにっ?」
救われたって顔して、ぱっとこっちを見上げてくる。その瞬間、ふわりと広がる長い髪。
……いつものストレートも綺麗でいいけど、巻いてんのもやっぱカワイイ。言えねぇけど。
「……今日、楽しかった?」
綺杏に答えてたのは聞いてた。それでも、大きな目を見つめて尋ねれば、それは一瞬きょとんと瞬いた。
「うん、楽しかった。今日ね、はじめてのタブルデートだったんだ」
あぁ。それは俺もだわ。ダブルデートどころか、デートすらはじめてかもしんない。
「……実は、デートもはじめてだったの」
「え」
ちょっと待て。
俺がはじめてなのは仕方ないにしても、天音は今まで何人かと付き合ってたんだよな?んなことってあんの?天音が、考えんのもムカつくけど、浅間蒼のこと好きだったのに?
ってのが顔に出てたのか、天音は気まずそうに視線を彷徨わせて、手元に逸らした。
「学校で会うとか、帰り道途中まで一緒に帰るとか、そーゆうデートはしてたけど」
……それ、デート?
んや、天音にとってはデートだったのか?
「だ、だから、今日はほんと嬉しかった。那月の私服も見れたし」
「……俺の私服は、お気に召しましたか?」
「うん! めっちゃ似合ってるし、ちょっとイメージと違ったけど、想像以上にセンスよくてびっくりした。ごめんね、勝手に服とか頓着しない人だと思ってた」
イメージがどうだったのか気になるし、確かに服なんてある程度見られればいいぐらいだけど。まあ、合格点をもらえたようで、そこはよかった。
「天音も、制服のときとイメージ変わって、すごくいい」
こーゆーことは、フツーに言えんのにな。
今まで、俺、どうしてたっけ。そもそも、女にそーゆーこと言ったことあったっけ?
「あ、あ、あり、がと……」
赤くなる天音が見れるから、とりあえずはいいけど。
いや、よくない。肝心なことが訊けずじまいだろーが。
「天──」
「あっ、着いた」
隣でぱっと立ち上がった瞬間、電車が止まって扉が開いた。天音の手の中で、原因の袋がかさりと鳴った。
「ええっと、そしたら、那月は反対車線乗る、の?」
ぴたっと足が止まって、振り返ったその目がなんとなく名残惜しげだったから。
「んや、家まで送らせて」
一瞬、質問の内容を忘れた。少し嬉しくなって口元が緩むのは、仕方ないことだから見逃して。




