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4枚目

 


「ええっと、それで、ドレスの写真撮りたいんだっけ?」


 だいたい何言ってんのかわかんなかったけど、九条くんの目的ってそういうことだったよね?だとしたら、このままマネキンに着せといたほうがいいのかな。


「あ、や、まあ、うん」


 着てる姿をなんとかって聞こえたけど、なに。独り言?

 九条くんってちょいちょい謎だよね。なんなんだろう。


「? どーぞ」

「……ありがと。じゃあ、お言葉に甘えて」


 ……ま、いいや。

 その間に持って帰る用意しよーっと。

 カメラ構えはじめた九条くん置いて、家庭科室の奥にある扉へ。

 続く部屋は準備室で、本当は関係ない物とか置いてっちゃダメなんだけど、美術部のは特別に許されてる。

 布とかいろいろ積んである、その中から服を入れる用のビニールバッグを二つ取った。

 両手で抱えて持って帰ろう。そうなるとスクバ持てないから、のんこ持ってくれないかなぁ。

 なんて。無理だな。



 カシャッ



 あ。

 九条くん、ほんとに撮ってるんだ。

 芸術家の気持ちはわかんないわー。

 そういえば、さっきもなんか床撮ってたよね?なにがいいのかさっぱり。きっと、私には計り知れない魅力があるんだろうな。

 美術部にもいるしね。なにがいいんだか、私には落書きにしか見えない絵を絶賛してる人。その落書きを描いてるのが偉大な芸術家なんだから、どっちかっていったら私がおかしいのか?

 って、どうでもいいこと考えながらまた家庭科室に戻ってきて──、固まった。



 カシャッ



 マネキンが着る私のドレスたち。

 それに向かって、真剣な横顔を私に見せながら、シャッターを切る九条くん。目には、対象を捉えて離さない、あの光が灯っていた。

 こくりと喉が鳴った。

 どうしよう。目が離せない。

 なんでなんだろう。あの目見ると、私まで捕まってるようで、息が止まっちゃいそう……。


「──────、ッッハァ!!」


 って!

 本気で息するの忘れてた!

 身体が命を繋ごうと、無意識に吸い込んだ息のおかげで、酸素が肺いっぱいに入り込んだ。


「ッ、はぁ、はぁ」

「た、橘さ──」

「危なかったぁ! 私を殺す気!?」

「えっ」


 九条くんに見惚れてて窒息死とか笑えない。九条くんのせいじゃなくても、そんな間抜けな死に方いやだわ!

 ……ちょっと、酸素が回ってないせいで自分でもなに言ってんだかよくわかんない。


「とりあえず、落ち着こう」

「う、うん……?」


 はぁぁぁぁ、と深く呼吸して、やっと普段通りの息に戻った。


「大丈夫? あーっと、どうしたの?」


 困惑した表情。まあ、当然ですね。

 でも、そんな風に遠慮がちに聞けるんなら、最初に会ったときもそういう遠慮を出して、写真撮るなんて暴挙しないでほしかった。


「もう大丈夫。……大丈夫だけど、悪いのは九条くんだから」

「え」


 今度は九条くんが固まった。

 だけど、もうそんなことは気にせずドレスの横にバッグを置いて、九条くんの元に寄っていった。


「ねえ。撮った写真、現像して私にくれない?」

「えっ? ……あ、あぁ。ドレスの?」


 はっとしたように、九条くんは自身の首から下がっているカメラを見た。


「うん。あ、お金は払うよ」

「んや、お金はいらない」


 即答。

 なんでそこの反応はいいんだ。


「自分ん家でできるし、部費で落とすし」

「いらいやいや、なに言ってんの?」


 ダメでしょ。

 完全に私用のものを部費でとか、ダメでしょ。しかも私写真部と全く関係ないし。


「だからさ、代わりって言ったらあれだけど、その……、文化祭の日、橘さんの写真も撮っていい?」

「え、私?」

「うん。これ着て、ファッションショー出るんでしょ?」


 出ますけど。

 え、それ撮りたいの?

 そりゃ、まあ、私は可愛いから?撮りたいって気持ちもわかるけど。


「わざわざ了承取るの?」

「だって、じゃなきゃ盗撮じゃん」


 あなた、心底不思議そうに言ってますけど、その言葉、もう一度ゆっくりと自分の中で反芻してみたらどうですかね?私と初対面のとき、何しましたか覚えてます?


「橘さん、もしかして了承なしで誰かに撮らせてんの? 危ないよ」

「撮った奴がなに言ってんの?」


 思わず声に出してしまった。けど、当の本人はまるで何を言われてるのかわからないって顔で見返してきやがった。この野郎。

 そのとき、急にガラッとドアが開く音がした。


「天音ー? いるのー?」

「あ、のんこ」


 現れた金髪は改造しまくった違反制服に身を包み、手ぶらでそこに立っていた。

 てことは。


「乃々子さぁん。あのぅ、私のスクバは〜……」

「スクバ? 持ってきてないけど」


 やっぱり!

 うわぁ、取り行かないと……。


「なーんて。イズ兄呼んだんだ。兄貴の車にあたしのと一緒に放り込んであるよ」

「のんこ!」

「はいはい。だから、早くドレスも持ってきてよ。マネキンごといいって。月曜の朝も送ってくれるってさ」


 のんこには双子のお兄さんがいる。名前は維澄と亜澄。二人ともすっごい優しくて、私のことも妹みたいに可愛がってくれる。

 私は一人っ子だから、のんこが羨ましかったんだけど、当の本人は「兄貴たち、うざったい」とばっさり。


「ほんと!? めっちゃ嬉しい!」

「ん。……て、あれ?」


 きらり、と眼鏡が反射して、のんこが顔を向けた先には九条くんが立ってた。


「九条じゃん」

「……どーも、雪村さん」

「あれ、あたしのことも眼中に入ってたんだ」


 感心したように呟くのんこの言葉に違和感。眼中に……?どーゆうこと?


「んや、橘さんが教えてくれて……」

「んやってあんた。……んー。ま、そりゃそうかぁ」

「……」


 にやっと笑ったのんこと、なんとなく気まずそうな九条くん。

 なにこれ。


「なんなら、あたし先に車で待ってよっか?」

「なんで?」


 意味わからん。

 てゆか、のんこがいなくなっちゃったら、誰がマネキン二台も運ぶの?


「なぁに、なんにもないの?」

「なに言ってんの? あ。じゃあ、鍵返してこなきゃだから、マネキン一台持ってっといて?」

「もー。しょーがないなぁ」


 のんこの言葉は私に向けられてたはずなのに、九条くんが視線を逸らす。

 ……一体なに?この二人、初対面なはずだよね?


「ほら、あたし早く帰りたいんだから、天音もそっちの出してよ」


 あ、はいはい。

 その前に、バッグ戻してこないと。

 急ぎ足で準備室行ってそれを元のとこに置いた。そうして戻ってくると、マネキンは二台ともなくなってた。え、のんこ早……。


「九条がマネキン出してくれたー。じゃ、閉めるよー」


 廊下に立つのんこが、ぱちんっ、と家庭科室の電気を消した。


「え!? ま、待ってよ!」


 のんこはマジでやりかねないから怖いっての!

 慌てて走ってけば、出た瞬間にドアをピシャリと閉められた。えぇ……。そんなに早く帰りたかったの……。


「さ、ちゃちゃっと返してきて」


 じゃらりとぶら下げられた鍵束を受け取ろうとした瞬間、ひょいと斜め上からそれが攫われてった。


「え?」

「俺が返しておくから、橘さんたちは早く帰りなよ」

「おお。じゃ、よろしく」


 マネキンを抱えたのんこは、さっさと歩き出してしまう。


「ちょ、のんこ! 九条くん、さすがに悪いからいいよ!」


 のんこ軽いわ!

 そりゃ、待たせて悪かったけど、マネキン出してもらって、その上後片付けまでしてもらうわけにはいかないでしょーよ!


「もう暗いし、危ないし。それに、雪村さんのお兄さん、待ってんでしょ?」


 車だから暗くても危なくても関係ないけど、確かに維澄兄を待たせてる。


「……じゃぁ、ありがとう」

「ん」


 短く返事して、そのまま歩いて行ってしまう。

 なんか、うん。九条くんは優しい人だわ。

 あれぇ?

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