38枚目
外観もさることながら、内観はさらに女の子女の子してた。オレンジケーキみたいなお店。まさに、綺杏が好きそうなカンジ。
「見て見てー! ほら、チャーム付いてるの! 可愛いぃ」
「ほんとだ! 綺杏着けてみなよってか着けてあげる!」
なんだかんだ、私も楽しんでるけど。
こんなとこにショッピングモールがあるなんて知らなかったし、もちろんこの雑貨屋さんだって知らなかった。もったいないことしてた。
綺杏の言ってた通り、何種類ものアロマオイルが白い棚にずらっと並んでる。その向かいにはガラスの小物入れや透かし彫りのステンレス製しおり、壁沿いの棚には綺麗なデザインのメモ帳とかアクセサリーが所狭しと飾ってある。
その中で綺杏が手に取った髪飾りは、革の生地でできたリボン。三枚重なったそれは、濃い青からだんだん薄い青色になってて、真ん中を金の金具が結び目みたいに留まってる。
革っていうのも珍しいし、金具のとこに薔薇のチャームとパールが揺れてるのがすっごい可愛い。綺杏、リボンが好きなのかな。今着けてんのもリボンだし。
「わぁい! 着けて着けて〜」
ぴょこん、と横を向いた綺杏のリボンを片方解いて、黒ゴムの上に革のリボンをパチンと着けてあげた。
おぉ。似合うな。
「綺杏、可愛いよ」
「じゃあこれ買おうかな!」
即決!?じゃあって、そんなんでいいのっ?
「カズくんにも見せてくるー」
あぁ、はい。いってらっしゃい。
着けてないもう片方のリボンを握りしめて、楽しそうに歩いてく後ろ姿を見送った。
あ、綺杏のリボン返すの忘れた。あとででいっか。
ちらっと見れば、長い一本の紐になった赤いそれ。先の方に金色の刺繍糸で《Ange De Roue》って書いてある。
はぁ。お母さん。
もしも、誰か知ってる店員さんに那月といるとこで会ったら……、確実に、耳に入っちゃうだろうなぁ……。嫌なわけじゃないけど。けど、お母さんにバレたら面倒くさいってゆーか、まだ早いってゆーか……。
だってまだ付き合ってから一日しか経ってない。元カレだって、誰ひとりとして会わせてない。だから、那月が初カレとかって思ってるだろうし、すごいはしゃぎまくりそう。
うわぁ。
「橘さん」
「うわっ。えっ? あ、な、なに?」
びっくりした!
忘れてたけど、やっぱ気配なさすぎ!もうちょっと存在感出せないのっ?
「大丈夫? やっぱり体調悪いんじゃないの?」
すっとかがんで、顔覗き込んできた那月は心配そうで、慌てて首振った。
「いや、全然! そんなことじゃなくて、あの、ちょっと、考えごとしてただけで!」
「考えごと?」
えーっと、えっと!
まさかほんとのこと言うわけにもいかないから、えっと、なにか……、あっ!
「こ、これ! このネックレス、どっち買おうか迷っててっ」
とっさに指差したのは、羽をモチーフにしたのと、ハートをモチーフにした二種類のネックレス。
……可愛い。羽のやつ、透かし彫りになってる。こんなのあるなんて、目の前にあったのに気がつかなかった。
「あー。ほんとだ。どっちも橘さんに似合いそうだね」
「そ、そう?」
「うん」
頷いて、じぃっとネックレスを見つめはじめた。ぴたっと止まった、那月の周囲の空気。
「那月?」
「んー……」
なんか、集中すると周りが見えなくなるタイプ?あぁ、まあ、カメラのときもそうだし、学年四位だしね。勉強もそんな感じなのかな。信じらんない。私なんて、教科書開くどころか、表紙目にした時点でもうやる気なくなるのに。
「うん」
急にどうした?
なんでネックレス取ってどっか行こうとしてんの?思わず棚を見れば、ハートのネックレスだけが残ってた。
え?
「すいません、これください」
「えっ」
「はぁい。ご自宅用ですか? プレゼント用ですか?」
「プレゼント用で」
「えっ、えっ? 那月、なにしてんの?」
あとを追ってけば、すでに店員さんによって小さな箱に入れられたネックレスは、手早くラッピングに包まれていく。
「ん? プレゼント」
いや、わかりますけど!
だ、誰に?そこがいちばん気になるんだけど。
「お待たせいたしましたぁ」
袋渡されてさっさとレジから離れる那月に、ワンテンポ遅れて反応した。
「ありがとうございました」
店員さんの可愛い声を背中で聞きながら、お店を出ちゃった那月に続いて私も出た。
「あぁ。やっと新鮮な空気……」
あ。アロマオイルとか嫌いな人?ごめんね、付き合わせちゃって。
「な、那月?」
「ん? あ、まだ見たいなら、俺のことは気にせずどうぞ見てきてください」
まだあいつらいるでしょ、って綺杏と長谷川くんの間に入ってけるわけがない。
いや、てゆかそーじゃなくてだね。
「ううん、もういい」
「そ? じゃあそこで座って待ってようか」
細長い指が示したのは、近くにあった休憩用らしき二人掛けソファ。那月が先に座って横をぽんぽんとされるのに従って、私もすとんと腰をおろす。
ちょっと大きめのソファは、那月との距離をほんの少しだけ開けちゃう。
「……ね、ねぇ、那月」
「ん?」
革のワンショルダーバッグからペットボトルを取り出してる途中だった。さっそく飲もうとしてたのか。さっき、フードコートでめっちゃ飲んでたのに。何度も席立って。その内、長谷川くんが紙コップ十個くらい一気に持ってきてくれた。それに那月は「なにしてんの」とか言いつつ全部飲んだ。
って、それは今はよくて。
「それ、そのネックレス……、だ、誰かにあげんの?」
なんか重い女っぽい?まだ平気だよね?訊いてるだけだもんね?ただの会話だもんね?
「誰かにって……」
キャップ開ける手を止めて、私と一緒に膝の上に視線を向けた。花のモチーフがプリントされたレモン色の薄い袋。
ペットボトルを脇に置いて、代わりにひょいっとそれを取り上げた那月は、こっちに向き直った。ふと笑顔を浮かべる。
「天音へに決まってるでしょ」
あ……。
どうしよ。
とっくに好きになってた那月の笑顔が、その瞬間だけは、嬉しく思えなかった。




