37枚目
ルンルン気分で歩く綺杏の腕は、私の右腕にしっかりと絡まってる。相手、間違えてません?
「綺杏が橘さんにとられたー!」
「うるさい」
「……俺らも腕組む?」
「気持ち悪い」
「形容詞だけで返すのやめよう!」
後ろも楽しそうだからいっか。
それにしても人が多い。平日だからそんないないと思ったのに。中でもカップルが特に。目につくとこでイチャつくの、やめてくんないかな。
「あのねー、この先の突き当たりにあるんだよ!」
なにが?
……あ、あぁ、雑貨屋さんね。
「すっごく可愛くてね、アクセサリーとか香水とかもあるんだよー!」
斜め下のツインテがぴょこぴょこ跳ねるのに合わせて、フローラルの甘い香りが立ちのぼってくる。長谷川くんが好きな。
……今後、この匂い嗅ぐたびに長谷川くんの影がチラつくのか。やるな、あの男。
「あっ、ほら、着いたぁ!」
くいくい腕引っ張られて見た先には、ファンシーなデザインの看板。それと同時に、いろんな匂いが混ざった、だけど、綺麗に調和したいい匂いが漂ってきた。
「アロマとかたくさん置いてあるんだぁ! 綺杏、このお店の匂いがいちばん好き!」
好きなものを話すとき、ほんとに「好き」って全身で訴えてて、こーゆーとこが可愛いんだろうなって。
「うん、わかるかも。私もこれ好き」
「ほんと!? 一緒だね!」
嬉しそうだな。こっちまで釣られて満面の笑みになっちゃう。私も表情ころころ変わる方だと思ってたけど、綺杏前にしたらフツーだったんだなって思うよね。
「綺杏ね、アミちゃんの匂いも好きだよ! 香水、なに使ってるの?」
「ん? あぁ。私、練り香水使ってんだー」
液体でもいいんだけど、いつも付けすぎたり中身こぼしたりして失敗するから、もうずっと練り香水。
「それって、なんの匂い?」
「えーっとね……。あ、あった。これ。ざくろだよ」
「ざくろ!?」
バッグのポーチから取り出した丸い入れ物の蓋開けて、驚く綺杏の鼻先に持ってってあげる。
「わぁ〜……。綺杏、ざくろなんてはじめて嗅いだぁ」
「練り香水ならではってカンジじゃん? 面白いし、匂いも好きなんだー」
液体じゃ、こーゆうのないしね。入れ物のデザインも可愛くて、見つけたらついつい買っちゃう。から、使ってないのとか家にゴロゴロある。もはやコレクション。
「ジャスミンとか桜とかフツーのもあるし、ココアとかも持ってる」
「えっ、ココアの香水っ?」
わかりやすく反応した綺杏に思わず笑った。
「今度、綺杏にもあげるよ。ココアの練り香水」
ぱあっと顔を明るくしたその様子は、まるで子犬かなんかみたい。ざくろの練り香水、飽きずにくんくん嗅いでんのもそれっぽい。
可愛いわー。私にはない可愛さだな。なんていうの?私は万人受けする正統派だけど、綺杏はふわふわアイドル系、みたいな。
「そっかー、練り香水かぁ。……でもこれ、アミちゃんの匂いとちょっと違うね」
「違う?」
練り香水返してもらって、自分でも嗅いでみた。けど、んー。わからん。なにが違う?柑橘系っぽい酸っぱさの中にほんのり隠れてる甘い香り。朝もこれ付けてきたから違うはずないんだけど。
「なんか、もっと甘くてぇ、でもこぉゆう甘さじゃなくてぇ……、あっ! そう! 綺杏が大好きなお菓子の匂い! ケーキ!」
全然ざくろと関係ない匂いじゃんそれ。え、それほんとに私から香ってる?どっからきてるってゆーの。
「綺杏あれだろ。ケーキ食いた過ぎて、橘さんのことケーキに見立ててんじゃねーの?」
ケラケラ笑いながら追いついてきた長谷川くんが、綺杏の頭を軽く小突いた。
「もぉー! 違うよぉ〜。ほんとにするんだって! カズくんも嗅いでみてよ!」
「えっ、いいの?」
「駄目に決まってんだろ」
私がなんか言う前に左腕を引かれた。もちろん、あとから続いて来てた那月に。
……って、あ。
ちょっと待って、綺杏なんて言った?ケーキ?ケーキって言ったよね?
「駄目だってー」
「アミちゃん、取られちゃったー」
「元々、なっちゃんのなんだからしゃーねーよ」
俺がいるじゃん!て言ってんのに、珍しくちょっと不満げにこっち見られた。いや、うん。長谷川くんが虚しいから、視線戻したげて。
「店、入ろうか」
「え? あ、うん」
先に歩いてった那月の残り香が、ふわっと鼻先にきた。甘い、焼き菓子の匂い。私のざくろの甘さとは、また違うそれ。
もし、かして……、那月の匂いが移ってんの?
……え、どうしよ。
「橘さん? どうかした?」
振り返って見つめてくれる細い目が、なんだかんだで愛しく思ってるんだから手に負えない。
「ううん。なんでもない!」
やばい。ニヤける。
私、嬉しいのかもしんない。




