36枚目
「そのときなっちゃんがねー、あっ、アミちゃんのそれおいしそう」
「食べる?」
「! うん!」
はい、と差し出せば、嬉しそうにパクリとひとくち食べる。それがクセになって、一体いくつのドーナツを差し出したことか。
いくつっつーか、二個しか買ってないけど。
「んん、美味しいぃぃぃ! あ、アミちゃんにもあげる! どれがいい?」
って私に見せてきたトレーには、一体何個あんのってぐらい山積みなドーナツ。これ、全部食べる気なのこの子。おそろしいおそろしいわ。これでこの体型かよ……。
「あーっと、じゃあ、このイチゴのやつ……」
「うん! はいっ!」
私がしたように、ずいっと口元に差し出されたピンク色。思わずぱくりと噛み付いて、はたと気づく。待ってこれかなり恥ずかしい。隣から視線が向けられてんのに今さら気づいたのも、恥ずかしさを助長してくる。那月と目が合った!笑われた!
「アミちゃん可愛いー! ね、ね、ねー!?」
ドーナツ持ってない方の手をほっぺに当てて、きゃーっと振った先はまさにその視線の元。やめて!ちょっと今そーゆうの!
「天音」
ハッ……!!
がたんっと机が音立てた。原因私。
勢いよく顔向けた瞬間、すっと伸ばされたのは那月の指先。ふっと微笑みを浮かべて、口の端を柔らかく拭われた。
「クリーム、付いてるよ」
「ッッ!?」
は、恥の上塗り……!
じゃ、じゃなくて!
そうじゃなくて、いやそうでもあるけど、待ってやばいその微笑み!!
細い目をきらりと光らせて、薄い唇を微かに上げて。ちょっと傾げた首とかクリーム付きの親指とか、ちろっと覗いた赤い舌──。
赤い舌!?
「甘」
「ちょっ……」
「ん?」
ぱくぱくぱくぱく。
私は金魚か。
情けない。情けないくらい声が出なくて、目がそのちょっと濡れた指に釘付けになっ……て……──。
「なっちゃんさぁ、あれだろ。たまぁに名前呼んでみて、橘さんの反応密かに楽しんでるんだろ」
ん!?
ちょ、待って長谷川くんどーゆうこと?
「おい言うな」
「否定しない!」
「マジうぜぇ……」
な、な、なんだそのカラクリ!
私が『天音』って呼ばれるたんびに心臓高鳴らせてたの、気づいた上でわざと、しかも名前呼び慣れないようにわざと『橘さん』だったってこと!?つまりあれか?私はこの糸目に遊ばれてたってことか……!
「な、な、那月!」
「うん。謝んないよ」
早っ。
いや、じゃなくてだな!!謝らないってなんだ!私まだ何も言ってないのに!先手打った!?
「天音が、カワイイのが悪い」
……………。
「ダブルデート、楽しいねぇ!」
にこにこしながらドーナツを頬張る綺杏の、ふわふわとした声が横切った。
「……綺杏が楽しいなら俺は満足だ」
棒読みな、どこか上の空な長谷川くんは、ハハッと乾いた笑い声を漏らした。リスみたいに膨れたツインテ娘のほっぺたを、指先でつんっと突っつきながら。
「ねーぇ、このあとケーキ屋さん行こうよ!」
「えっ」
そんな中、固まってた私の身体を動かしたのは、無邪気なおそろしい衝撃的な言葉だった。このツインテール、チョコでコーティングされたチョコレートドーナツぱくつきながら、なんてこと言った?
「この上、さらに甘いもの食えと?」
「なっちゃん甘いの食べてないでしょ!」
確かに那月の手元には、湯気が立つ真っ赤な担々麺があるだけだけど。
「目の前でこんだけ食われて、胸焼けしない方がオカシイ」
うろんげな目線の先には、未だ存在感を主張し続けてる甘い山が、綺杏の目の前に陣取ってる。あ、食べるスピードは標準的なんだ。そこまで雪村兄妹並みだったらどーしようかと思ったわ。
「胸焼け? どーしたの大丈夫? 綺杏、胃薬持ってるよ?」
こてん、と首かしげて、本気で不思議そうに心配する綺杏に、那月は疲れたようにため息吐いた。
つか、なんで胃薬持ってんの?
「あっ、それともお洋服見る? ここにね、《Ange De Roué》のお店も入ってるんだ!」
まともな選択肢きたと思ったらとんでもなかった。
なんだって?《Ange De Roue》だと……?
「うん、綺杏そっちにしようぜ! 橘さんもそっちのがいいよな!」
「え、よくない」
「えっ……」
よくないよくない、よくないぞ。
なんだ聞いてない。間違いなくやばい。もしそんなとこ行って目敏く見つかりでもしたら──。
その先容易に想像できんだけどどうしよう!
「じゃあ、やっぱりケーキ屋さん!」
「待って考え直そう綺杏!」
「えぇー?」
でも必ずしも知り合いがいるわけじゃないし、行っても別になんもなく終われるかもしれない。いやだけどそんな危険犯してまで──、綺杏、好きなんだよね。お母さんのブランド。きっと見たいよね。
「……じゃあ、なんだっけ昨日言ってた、『可愛い雑貨屋さん』? に行けばちょうどよく腹も落ち着くし、いいんじゃない?」
それに、ぱっと顔を明るくする綺杏と長谷川くん。そっくり。
「橘さんも、それでいい?」
「う、うん」
また戻ってるし……。
もうわかった以上、反応なんかしない──はず、だし、天音って呼んでくれればいいのに。
「じゃ、じゃあそうしようぜ! さすが我らがなっちゃんだ! 無駄に学年四位張ってるわけじゃないんだな!」
よっぽどケーキ屋が嫌だったとみえる。
……って、え。
「学年四位!?」
「そーなんだよー。授業中、寝てるくせにさぁ」
随分と残念そうな「そうなんだよ」。
てか、寝てて四位ってなんなんだ。超人か。
長谷川くんは頬杖つきながら、心底悔しそうに唇を尖らせた。
「なんで? 俺も寝てんのに勝てねぇの!」
いや、寝てんのかよ。
まあどうせ、その争いもはるか高みでやってんだろうけどね。私なんて順位表に擦りすらしない。
「カズくんはねぇ、こないだの中間テスト、十位だったんだよー!」
「やめて綺杏バラさないで! 恥ずかしいだろ!」
ごめん、どこが?
それ言ったら私のなんてどーなんの?
どうしよう。この集団、頭イイのしかいない。
あ。
綺杏!綺杏は仲間じゃないっ?
「綺杏もー、次のテストは五十番以内、頑張って表載るね!」
……先入観、ゴメンナサイ。
黙ってドーナツ食べてます。




