31枚目
「それじゃあ」
見慣れた家の門の前、離れた温もりがこんなに寂しいとか、私やばいかも。那月とは今日付き合いはじめたばっかじゃん……。
「うん。ばいばい」
握られてた手を振れば、那月も歩き出す前にちょっと笑って返してくれた。
後ろ姿。
今日は文化祭だからか、軽そうなスクバがすらっとした背中を占めてる。
脚長いなぁ。あっという間に距離開いちゃった。私と歩いてたときは、全然那月の速度とは程遠かったんだな。……なぁんてぼーっとしてたら。
「橘さん」
「うえっ!?」
やばい!変な声出た!
せっかく進んだ距離をまた縮めてきて、再び目の前に立った男。
やっぱり、目の細さはあんまり関係ないかも。こんな糸目でも、那月はカッコいいもん。
「毎日、ひとりでこの道帰ってたの?」
「えっ?」
な、なに?道?
この道……って、ここのこと、だよね?
「う、うん……?」
そりゃ、駅から家まで、多少は近道あるけど、一本道で他に帰って来ようがないし。
「まあ、大体のんこと一緒だけど、のんこの部活が遅い日はひとり、かな?」
なんでそんなこと訊くの?
「……」
え、なになに。
なんかあんの?なんで黙る?
「……雪村さんが一緒に帰れない日、これからは俺が送ってくから」
「えっ」
「それじゃあ」
いや、「それじゃあ」じゃなくて!
「え、本気!?」
「ん? うん」
その不思議そうな顔!
いやだって、よく考えてよ。頭イイんだからわかるじゃん。とんでもない時間ロスだし、そんなことしてたら近い高校にした意味じゃん!
「嫌?」
「……そ、そんなことないけど」
むしろ嬉しいけれども。
待って。返事これじゃダメじゃん!
「じゃなくて。この十六年間ずっと通ってた道だし、今までなんもなかったから、ほんと大丈夫だから!」
「まあ、今までなんもなくてもこれからはわかんないし。橘さん、カワイイから」
……さらっとやめて。
「それにほら、こう言っとけば一緒に帰る約束、これからずっと取り付けたようなもんだし」
黙った私をいいことに、好き勝手にとんでもないこと笑顔で言われて、私は、赤くなるしかないじゃないか……。
「また明日ね」
今度こそ、駅に向かってっちゃった那月を、呆然と見送ってた。
……明日?
ハッ!!
「あーまねちゃーん」
「のんこ、どうしよ!!」
「え、なにその反応の速さ。あたしがずっと見てたの気付いてた? 邪魔しないようにしてたんだけど」
突然、上から降ってきた声はのんこで。バッと見上げたら、窓から覗いていたのんこは驚きに少し目を見開いてた。
「え、ずっと……?」
「…………で、なに?」
誤魔化そうったって、そうはいかないけど今はそれどころじゃないんだった。
「明日! 明日デートなんだけど、なに着てこう!?」
そう。
ついさっき綺杏に返事したくせに、すっかり忘れてたけど、明日の振り替え休日にショッピングモール行くんだった。
「え、デート? 糸目男と? 展開早いね」
「そうなの! どうしよ!」
「とりあえず、近所迷惑だから」
あっ。
すいません。
「しょうがないな。じゃあ、夕ご飯持って天音ん家行くから、ちょっと待ってて」
「えっ」
「あぁ、安心してよ。ちゃんと天音のももらってきてあげるから」
やだ、ちょっとやめてよ。食い意地張ってるキャラみたいじゃんやめてよ。それで声出したわけじゃないんだから。佳代ちゃんのご飯、食べたいけれども!
「今日は麻婆豆腐だよ」
のんこ様、ありがとうございます。
♯
いろいろ問題はあとにして、佳代ちゃんの麻婆豆腐と卵スープを食べて、家にあったおそらくお父さんが買ったんだろうアイスを勝手に食べて、私の部屋へのんこを案内した。
「天音の部屋、久しぶりだぁ」
「それな」
やたら一緒にはいたけど、ほとんどのんこの家にお邪魔してたから。
「そんで、早すぎる初デートはどこ行くの」
「……やっぱ、早いと思う?」
でも、綺杏ははじめてのダブルデートらしいし、なんだかめっちゃ楽しみにしてるっぽかったし。
「いや、別に? デートに遅いも早いもないでしょ」
じゃあなんでさっきから早すぎるだのなんだの言ってんの!?
「歩くんなら、スニーカーでしょ?」
勝手に私のクローゼット開けて入ってく、いつも通り自由なのんこ。シューズケースに入ったスニーカーを二、三足引っ張り出してきて、何着かの洋服床に広げて。
「ま、あたし服とかよくわかんないけど」
これですよ。
「なにがしたかったの」
「特に理由ない。久しぶりだったから」
これまで全部、真顔でやってるから、本気なのか冗談なのか判別つかない。
「ショッピングモール行くんだけど、那月って、どういう系のが好きなんだろ」
「知らないよ」
ですよねー。期待はしてなかった。
「あ。あれは? ほら、小夜子さんの新作ワンピ」
とんでもない提案をしはじめた。その上、どっからともなくそのワンピを取ってきた。
なんで新作あるって、知ってんの?
「嫌に決まってんじゃん。そんなの着てったら絶対引かれる」
パステルピンクのそれは、胸に、袖に、腰に、スカートに、これでもかってくらい付いたリボン。で、フリルたっぷりのふんわりした短いスカート。
小学生あたりまでは、私も平気で着てたお母さんのブランド《Ange De Roue》の洋服。中学生あたりから、当然だけど着なくなった。いや、着れなくなったが正しいな。
で、今は新作出るたびにクローゼットの奥にしまいこんでるってのに、わざわざ出してくんなっての!
「こんなんで引くくらいの男なら、やめたほうがいいって」
「え、なに突然。さんざん勧めてきたくせに。あ、ちょっと! 服放り投げんな!」
やだ、なんなのこの子。今日はやたら自由すぎない?
「…………のんこ、なんかあった?」
完全に背中向けてクローゼット漁ってる。でも、聞いてるって知ってるから。
ふと、視界に入ったスマホ。電源入ってる。あ、光った。メールだ。送り主は──。
「カレシさんからメールきてるけど」
そっと言ってやれば、案の定、一瞬動き止めた。
あーらーらー?
「スマホの電源どうしたの?」
「……」
「のんこ、明日は部活なかったよね? 連絡来てるけど──」
「もう相談のってあげないけど、いい?」
「いくないです! ゴメンナサイっ」
なんて奴だ!そんなものチラつかされたら、のんこのことイジれないじゃんか!
でもだって、気になるじゃん。なんだかんだ言ってカレシさんのこと大好きなのんこだし、見た目にはわかんないけど絶対傷ついてる──はず。
えっ。傷ついてるよね?
「……」
「……」
「……ハァ」
ため息吐かれた。
すんごい面倒くさそうな顔された。
のんこのスマホ差し出したら、もぎ取るように掻っ攫われた。眼鏡のプラスチックのレンズに、液晶画面の光が反射する。興味なさそうに上下に流れてた黒目がちな目は、さっさと私に戻される。
「……明日」
「! うん!」
「……」
身を乗り出したのが悪かった?ごめん。
謝るから続けてください。
「明日、デートしてくる」
「わー!! よかったね!」
さすがだわ。
仕事だから仕方ないとはいえ、のんこのこと放ったらかしだことには変わりないし。
でも、なんの心配もいらなかったわけだ。カレシさんもちゃんと、のんこのこと大事にしてるらしい。
「……天音もね」
「えっ?」
私もって、なにが?
「なんでもない。で、服決まったの?」
「決まってない!」
そうだよ、どーしよ!?




