3枚目
写真部の部室らしい教室から、さらにずっと奥に行ったところに家庭科室はある。こんな離れてたら写真部の存在なんて気づかないわな。
あー。のんこ、まだ来てないといいけど。
……来てるなぁ、きっと。
「……橘さんさぁ」
「なに?」
ちょっと振り返る。
なんで斜め後ろからついてくるんだろ。後ろ見るの面倒なんだけど。
「あのとき、なんで泣いてたの?」
……。
それ、訊きます?
訊かれたくないから裏庭なんていう虫も雑草も多い、普段なら絶対に行かない所にわざわざ行ったんですけど。
「…………女の子にはいろいろあるの」
「もしかして、彼氏と別れたの」
……っ!
なんっで!のんこといい九条くんといい、そんな簡単に当ててくるかなぁ!
「〜〜っ! そうですけどっ」
だからなんだ!
男にフラれてみっともなく泣くめんどくさい女ですけど!?てゆーか、わかってるんなら訊くな、
……って!
「ちょっと、なに笑ってんの!?」
「あ、ごめん」
「おい」
表情直ってないし!その心底嬉しそうな顔、どーゆうことよ。失礼すぎない?
初対面で写真撮るわ、人の不幸笑うわ、性格悪い!私、結構根に持つタイプなんだからね!
「あ、ほら、家庭科室着いたよ」
「なに誤魔化そうとしてんの」
ったく、なんなのぉ?
「って、あれ。のんこいない」
てっきりもういて待ちくたびれてたりすんのかと思ってたのに。
怒られなくてすんでよかったけど。
「のんこ? って、誰?」
「あ、雪村乃々子」
「へー」
「知ってる?」
「んや」
あれ、そうなんだ。
のんこが九条君のこと知ってたくらいだし、お互い面識あんのかと思ってたのに。
そーなると、逆にのんこはなんで知ってたんだ?
「家庭科室、鍵かかってるみたいだけど?」
がちゃん、とドアを鳴らす九条くんに、右手の物を思い出した。そうだ、鍵開けないと。
…………家庭科室の鍵、どれ。
「これ……、じゃない。これ? ……も違う。あれー?」
ちょっと、ジャラジャラ付きすぎ。
センセーたち、これ全部どこの鍵とか覚えてるの?絶対忘れてるやつとかあるよね?
「ちょい貸して」
「え? うん」
ひょいっと取られた鍵の束。
「わかんの?」
カチャンッ
「……開いた」
「うん。はい、返す。あ、ここの鍵これね」
長い指に摘まれた一つの鍵。
え、凄い。なんでこんな短時間で見つけられたの?
「ここにシール禿げた跡があんだよ。ほら、これ」
私の掌に乗せられた鍵をちょんっと指差すそこには、確かに白いのが着いてる。なるほど。
「これで次は迷わなくてすむわ。まあ、ドレス忘れなきゃこんな苦労しなくてすんだんだけど」
ほんと、うっかりだったわぁ。
うっかりといえば、のんこが来てくれないと私のスクバが道場に置き去りなんだけど。
来て、くれるよね……?
のんこの性格的に、めんどくなって帰っちゃったとかもありえる。そしたら、道場の鍵も借りに行かないとダメだ。え、また往復するの…。
「あっ、橘さんのドレスってあれ?」
先に入ってた九条君が歓声に似た声を上げた。
え、そんな喜ぶものかな。ドレスなんかで。
いくつか理由は考えられるけど、着たいとかだったらどうしよ。いや、でも、私なんかの作品を見たいって言ってくれたし。
……まぁ、着せてあげるくらいなら別にいいかも。
「橘さん? なにしてんの?」
ひょいっと覗き込んできた。
うーん、うっすいなぁ。
「……パステルカラーより、いっそ派手なドレスの方が似合うかな」
「……ごめん、なんの話?」
「九条君のドレス」
「え、ごめん。まだわからん」
そっか。
男子がドレスとか(笑)ってなっちゃうのが嫌だから、普段は隠してるのかも。
「いいよ隠さなくても。私は理解あるつもりだから」
「ね、橘さん。なんか勘違いしてない?」
「ん? ドレス着たいんじゃないの?」
「………………なんで?」
あれ。
なんか違うみたい……?
「……俺は純粋に、橘さんの作品が見たいなぁって、思っただけで」
私の作品が見たかった……って、ますますイミがわからない。
「ふぅん」
から、おざなりな返事になっちゃったのがいけなかったのかも。九条くんが急に慌てだした。
「いや、変な意味とかじゃなくて、ただ単純に、ファッションショーのドレスに興味があったというか、橘さんがいつも真剣に作ってたの見てたから、間近で見てみたかったというか、あわよくば、写真撮らせてもらえないかなとか──、ッ!」
で、唐突に口を閉じた。
変な意味ってなんだ?
「……九条くん?」
「ごめん!! その、なんていうか、いや、ごめん! なんか間違えた!」
一体、なにをどう間違えたというのか。
よくわかんないけど、つまり──。
「そんなに私の作品に興味持ってくれてありがとう」
私のなんて、先輩たちに比べればまだまだだし、初めて見たあのドレスみたく、人を惹きつけるようなのなんか作れてないわけだけど。
うん。やっぱ、人にそう言ってもらえると嬉しいもんだな。
自然と笑みが溢れて見上げたら、目を泳がせてから逸らされた。
「や、あ……、うん」
そのまま、斜め上を向かれると、私からは九条くんの顔が見えにくくなる。
結構、身長あるな。
「ドレス、着るとしたら丈が足りなくなっちゃうなぁ」
「……まだ、言ってるの?」
冗談です。
着せないから、そんな心の底からの拒否の表情しないでくれます?