29枚目
「アーミーちゃぁぁぁぁんっ!!」
「うッ」
やっばい今美女らしからぬうめき声出た。ついでに、どすんっというあまり私のお腹からは聞きたくないような鈍い音も。
「……なんなのお前。タイミング。なんなの」
「ごめんて怒んなよ、な・つ・き・ちゃんっ」
「死ねばいい」
「あははー」
不穏な空気。不穏な単語。その全てをぶち壊すテンション高い声。
長谷川くんのコミュ力の高さは尊敬に値するんだろうけど、この温度差。いいの、これで?
写真部の人たちから「もう見てたくない」と追い出されてすぐに、唐突に飛び込んできたツインテール。華奢なくせにものすっごい勢いと力に、倒れなかった私を褒めていただきたい。
……あ、違う。
さりげ那月が背中支えてくれてた。
やだ、なんだそのスマートさ。こんなことできる人だったのそういや最初からそうだったわ。
「アミちゃん、アミちゃん!」
私の名前をさっきから連呼してる。なんなのこの子。可愛いなおい。香水変えた?お花の匂い。
「うん、うん。どうしたの?」
とりあえず要件を聞こう。このまんまじゃ身動きが取れない。私の両腕ごと抱きつかれてるから。すごい力で。
もしかして、那月の手まで巻き込んでんじゃないの?さっきから背中の大きな手が離れない。離れてほしいわけじゃないけど。
「えっ。えーっと、えーっと、あ、アミちゃん今日すっごい綺麗! 可愛い! ドレス!」
「綺杏、会話ヘタクソすぎ!」
それ私も思った。でも大丈夫。
「ありがとう」
褒め言葉を無駄にする女じゃないから。どんな状況でも、言われたら受け止めます。
「綺杏ちゃんも、相変わらず可愛いね」
「そ、そんなことないよぉ!! アミちゃんと比べたら……あ。ね、ねぇ、あの、綺杏って呼んで!」
「え? えっと、綺杏?」
「わあぁぁぁ! 嬉しい! カズくん!」
「うんうん、よかったな!」
そこでなぜ長谷川くんの名前呼ぶ?ふいに、のんこの無気力な声で『脳内花畑カップル』と再生された。
「うるさい」
「いいじゃん文化祭だぜ?」
「もう終わったからほっといてくんない」
「やっとなっちゃんの想いが通じて、喜ばねぇ理由はないよなっ」
「なんでお前が喜ぶんだよなっちゃんやめろ」
「なっちゃん!」
「なんでお前は息してんの」
ゲラゲラと、長谷川くんの心底楽しそうな笑い声が廊下に響き渡る。
九条くん毒舌っつーか口調が乱暴。やっぱこっちが素なんだな。私にも早く使ってくれる日来ないかな?なんて。いや別にマゾとかそーゆうんじゃないけど。
「えっと、それで、えっと……っ」
空いちゃった会話の間にあせあせとしてる綺杏の、真っ黒ツインテールがひょこひょこしてる。マジ小動物。
「……綺杏、香水変えた? 前はキャンディーバニラの匂いだったよね」
「……!」
話題をふってあげるつもりで訊いた。
そしたら、そこまでかってぐらい救われたような顔された。ほっぺたピンク色。
「あ、そ、そうなの! カズくんに選んでもらって、カズくんの好きな匂いなんだけどっ」
めっちゃ目ぇキラキラさせて食いついてきた。
へー。長谷川くんってこーゆうお姫様系の匂い好きなんだ。知らなくてよかった情報だけど。綺杏が嬉しそうだからいっか。
脳内花畑カップル……。
「そ、そのお店のね、近くにね、可愛い雑貨屋さんとかオシャレなケーキ屋さんとかあるショッピングモールがあってね、それでね、あの、あの……」
あれ、私、話題のふり方ナイスじゃね?まさかの綺杏が言いたかったことドンピシャ?
ふと気づけば、いつの間にか男ふたりの会話は終わってた。いや、終わってたってか終わらせたんだな。長谷川くんが。彼のはらはらした視線が、痛いほど綺杏に向けられてる。
……なるほど?
一生懸命な綺杏見てると、私まで長谷川くんの気持ちが移ってきそう。
全員の視線を一身に受けてることに気づかないまま、一度、すうっと大きく息を吸った綺杏は、覚悟決めたような目ぇして。
「よかったら、いっ、一緒に行きませんかっ!!」
私の胸に顔を伏せて叫んだ。
うん。あの、いいんだけど、ちょっと力弱めてもらっていいですか!苦しい……!
「言えたー! よかったー! きあーん!」
長谷川くんが小声で叫んで、目の前の九条くんに抱きつこうとしてるのが視界の端に映った。その後の「うぐっ」という低い悲鳴は、九条くんに殴られでもしたか。
そんな男を見るよりも、今はこの、なぜかびくびく怯えてる小動物に返事をしてあげないと。
の、前に綺杏ががばりと顔上げた。
あ、息できる。
「べ、別にその、嫌だったら全然! 断ってくれても、よくって、ですね……!」
なぜ敬語。なぜ後ろ向き。なんで涙目なってんの?
「綺杏──」
「ほんと! その、ちょっとした提案というか、アミちゃんと遊びたかったし、ダブルデートとかしてみたくて。あ! じゃなくて、なっちゃんとアミちゃんが付き合えてすごくよかったなって思って、それで、だから、」
え、あのあの、ちょっと待って。
ちょっと何言ってるかわかんないし、私の話聞いて欲しいし、てかまだ何も言ってない……、って、わー!涙!涙溢れてる!とりあえず待って!またこれ私が泣かしちゃった!?
「あー、はいはい。ちょっと綺杏、落ち着けって。橘さん困ってんだろー」
やっとのことで動いてくれた長谷川くんに、やっとのことで綺杏を離してもらえた。やっとのことで。
ワンテンポ、遅いかな。前もそうだったけど。泣いちゃったんだけど。
「大丈夫?」
「え、うん。なんとか……」
長谷川くんに抱きついてる綺杏をぼんやり眺めてたら、今度は隣から呆れたような那月のため息が聞こえた。
「あいつ、彼女の泣き顔見んのが大好きな気持ち悪いヤツだから。ごめん」
…………あ、そうなんだ。
だから前も助けが遅い──。
いや、なにも言うまい。




