28枚目
那月の舌打ちが、全員の口を一気に開かせた。
「九条、お前……!」
「なんなんだお前は!」
「ほんとだよ! なにイチャついてやがる!」
「なんで邪魔が入るかな。今いいとこだったのに……」
「ふざけんな聞け!」
「っつーか、部室に女の子連れ込んでんじゃねぇぇぇ!」
文化祭の片付けをしに来た、たぶん写真部の人たち。タメ口ってことは同じ二年か。非難殺到。
ドアに背中向けてしゃがんでた那月が立ってくれたお陰で、情けなく赤くなった顔は誰にも見られなくてすんだ。まだ立てないのはちょっとスルーしてほしい。
「ほんとお前……、お前ばっかなんでモテんだよ……」
「そんなモテてるつもりねーけど」
「ムカつく……!」
……那月ってモテるんだ。
え、この顔で?いや、この顔でってか、別に整ってないわけじゃないんだけど、派手さはないからなんか意外ってゆーかなんてゆーか……。
「……って! それ、その子! お前それ『学校のマドンナ』じゃねーかっ!!」
うわ!なぜ覗き込む!
……おい、ちょっと待て。学校のマドンナを『それ』扱いってなんだ。
「は!? マジかよ! マジかよ……!」
「え、俺も見たい!」
写真部って何人いんの?マイナーな部活かと思ってたのに結構人いる。群がる男ども。ちょっとちょっと、見世物じゃないんですけど!可愛いって罪!
「来んな! 誰が見せるかっ」
「九条お前独り占めする気か!」
「ったり前だろ! 俺の彼女だ!」
か、カノジョ……。
いや、まあ、そうだよね。那月に大好きって言ったし、告白された、し──。
ふおぁぁぁ……!
やばい!可愛い私らしからぬ悲鳴が飛び出しそうでどうしよう!!なんだこれ!こんな感覚、今までになかった!那月、一体なんなの!?
「おい二年。なに入り口で固まって──このお通夜みたいな空気、なに」
やっぱ二年だったんだ。
あれ、なんか聞いたことある声。誰だっけ。知ってる人?──は写真部にいねーや。那月だけだわ。
「あっ、先輩!」
先輩なんて、余計知らない。
「聞いてくださいよ、九条がっ」
「女でも連れ込んでた?」
ははっと笑う『先輩』。
冗談のつもりだったんでしょう。微妙な空気に、申し訳ない気持ちがはじめて出てきた。那月は全く動じてないけど。強いて言えば、疲れたような顔で振り返ってきて、「騒がしくてごめんね」って謝ってくるくらい。
………そういや、私の肩を抱き寄せてきたとき、どうして謝ってたんだろ。
「……え、なに? は? マジで?」
「え、来ないでください」
「うるせー! 先輩としての義務だ」
「テキトーなこと言ってないでください。あ、ちょっと、おい下がれ!」
それ、先輩に対する口調としてどうなの?
「……って、この子! 昨日の子じゃん!!」
全く気にしてないその人の、思わぬ叫び声にぱっと顔上げちゃったら、
「あ」
背の高い那月に阻まれつつも、なんとかこっち覗き込んできてた『どこの部活も一緒』なあの先輩。
今日はちゃんとカメラ持ってるんだ。扱い方が、那月とは随分違って雑だけど。
「 付き合ってたんじゃん! なんであのときウソついたの? キズつくわー悲しいわーオレ泣くわー」
「勝手にどうぞ」
めんどくせぇ、という呟き。
それ、私に聞こえてるってことは先輩にも聞こえてません?
「ひでぇなおーい」
タメ口と嘘には敏感に反応してたこの先輩、那月の暴言にはめっちゃ薄い反応。なんで?
むしろ、仲いいの……かな……?
「昨日は……、昨日は微妙なとこだったんですよ。あそこで騒がれて橘さんに逃げられたら、取り返しがつかない」
「そいや九条、その子のことずっと気なってたもんな」
それに答えたのは先輩ではなく、落ち着きを取り戻したのか黙って後ろで成り行きを見ていた二年の内の一人。
え、待って。ずっと?ずっとってどゆこと?
「あ、バカ黙れ!」
こんなに焦ってる那月なんて、ここで会ったとき以来だわ。あのとき焦ってたのって、用事があったってわけじゃなくて、自分の写真見られてたからだったのかな。主にあの持久走練習の写真。
「あー、そっか! 『学校のマドンナ』って『羽衣の天女』じゃん。気づかんかった」
「なにそのあだ名」
「あれ、お前知らねーの? ほら、九条って頑なに人間被写体にしねぇだろ? それがマドンナには興味持ってたから、誰だっけ、誰かが付けたんだよ」
「そんで、ストーカーがバレたら天に帰るか、嫁に来るかってな! 賭けは俺の勝ちだ!」
「くっそ、やっぱそっち賭ければよかった」
「お前の場合、盗撮バレて嫌われればいいとかいう願望入ってたからだろ」
「それな」
待って。
わけわかんないあだ名とか、いや天女に悪い気しないけど、賭けとかいろいろ言いたいことあるけど。
「盗、撮……?」
「待って 誤解!」
ものすごい勢いで身体ごと振り返ってきて、やっと見えた顔にははっきりと「やばい」って書いてあった。
「……賭け、まだわかんなくね?」
「みたいだな」
おいそこ。
本人の前でなんつーこと続けてんだ。ちなみになに賭けてんだろ。
「勝手に撮ってて悪かったけど、言い訳のしようもないけど、悪用するつもりなかったし、下心もなかっ……た、とは、言い難い、けど!」
えー。なんだ素直だな。
下心ってなに?
「いや、ほんとにこんな言い訳通用しないってわかってるけど、思わず撮ってて」
……最初から言ってるよね、それ。なんか、根っからのカメラ馬鹿、とでも言えばいいの?常にカメラ構えてるイメージだし。
まあ、つまり。
「それって、私のこと好き……ってこと?」
そしたら、一瞬覗かせた、虚をつかれたような表情。
あれ、待って。思わず口にしちゃったけどこれ、間違ってたらかなり恥ずかしいってか、死ねるやつ──。
「ごめん」
うわぁ……!
「そう」
やばい死ねる──え。
やだ、なにその笑顔。だからやめてってばそれ……!ちょっと待てなんで謝った紛らわしいんだよ違う意味で私、死んじゃうじゃん!
「……勝ったのに、なんだろうこの気持ちは」
「フィルムは?」
「いらね」
「俺も」
フィルム賭けてたんだ。
さすがは写真部というか、なんというか……。眼レフにフィルムって必要なの?
「おら、ちゃっちゃと片付けて帰ろうぜ。んで、アイス奢ってやるよ」
「あざーす。ハーゲンで」
「同じく!」
「あ、俺もそれ! 先輩あざーすっ」
「んなときばっか先輩先輩って、てめーら……!」
騒がしくなった中、私は那月の手によって立ち上がらせてもらって、乱れた前髪直されて。なんとなく落ち着いてきてた顔の熱をぶり返してた。
これは、私、那月のカノジョでいたら心臓もたないかもしんない。




