26枚目
な、え、は……、はい!?
今この人なん、なんて、なんて言った!?
「え、ちょ、九条く──、っわ!」
いきなり、ぐいっと腕引っ張られて、そのまま再び連れ去られる私。
え?ど、どこいくの?つーか、待って!まだ情報処理できてない!
「九条くん!」
「……」
おい。おい、聞けよ!
人気のない、暗くなりはじめた校舎の中を、ひたすら無言で歩き続ける。
振り返らないくせに、私が転ばないくらいの速度で早歩きするから、振り払おうにもその気が失せる。こんなところで優しさ見せんなし!ズルいんだけど!腕掴む手も緩いし、なんなの!?
え、結局なに?私はなにを言われたの?告白?告白だった?さすがにそれはないよね?え、だって九条くんって好きな子いんじゃないの?のんこのこと好きなんだよね?
あれ、じゃあ私はからかわれた感じか?
ガラッ
と、ドアを開ける音がした。
あれ。あれ、ここって……写真部の部室?
中は、美術部と同じように写真展をやってたのか、たくさんの写真がボードに貼られたまんま残ってる。でもそれらを見る暇もなく、奥に入ってく九条くんにただ引っ張られてくのみ。
で、やっと止まった九条くんは、ぱっと私の手を離して、ゆっくりと振り返った。
変わらない、九条くんの細い目が、私の目とピタリと合った。
なんとなくお互いに無言で見つめあう。
なんか、なにか言うような雰囲気じゃないし、九条くん、深刻そうな顔してるし。
と、思ったら。
「橘さんが校舎裏で泣いてたとき、」
と、ふと九条くんがそう切り出してきた。
え、その話、このタイミングですんの?え、なんなの?てか、そろそろ忘れてくんないかな。
「はじめは、さ。ちゃんと慰めようと思ってたんだ。……や、チャンスだな、とは思ったけど。だけど、橘さん目の前にしたら……なんか、撮ってて」
……あ、あれ?
なんか、思ってたのと違う方向に進んでる。
チャンスってなに?なんの?しかも、「なんか撮ってて」って相変わらず失礼じゃない?あのときもそうだけど、そんな理由でこの私の泣き顔、撮っていいと思ってるわけ?
「綺麗だと、思ったんだ」
ッ!?
き、綺麗……!?
「だ、誰、誰が……、わ、私が!?」
完全に不意打ちの言葉に、自分でもなに言ってんだかよくわかんない。そんな混乱の極みにいる私に、九条くんはしっかり頷いた。
「うん。……俺、橘さんの一生懸命な姿に惹かれたんだ」
え、いや、一生懸命て。
「あ、あれはただ、フラれたから泣いてただけだし……」
それを一生懸命と言われる私は。
しどろもどろに視線を彷徨わせると、夕日に照らされた九条くんの上履きが目に入った。
今の今まで見てなかったけど、足おっきいな。背が高いからかな。私のと全然違う。
「あれがはじめて橘さんを見たんじゃなかったんだ」
「え?」
ぱっと顔上げたらそこに九条くんはいなくて、壁際にかけられたカーテンを開けてた。
あ、それ、はじめてここ来たときに見てた写真たち……。
「これ」
その中から一枚抜き取って、目の前に差し出された。
あ。
これって、あの長距離走のときの写真。
そういや、私が引っかかった写真たち、あれ、九条くんが撮ってたんだよね。てことは、これも九条くんが撮ったのか。
「ここ、わかる?」
骨ばった指が指し示した一人の女の子。
……て。
「私だ」
「うん」
いや、うんって。
あれ、なに?私、すでに九条くんに撮られてんじゃん。
「い、いつの?」
「去年の冬。俺、これ撮ったときは橘さんを撮るつもりなくて。現像したあとに気付いたんだけど、なんか気になって」
な、なにが?
私には、ただぼーっと突っ立ってるだけにしか見えない。実際、たぶんそうだった。覚えてないけど、だって、走るのダルいし。
「気になって調べて、美術部って知ったから見に行ったんだ」
お、おお。
調べて……って。
「それで、見たんだ。真剣な顔してドレス作ってる橘さんを」
なんかさっきから、さらっとストーカー発言されてる感じなんだけど、大丈夫?いたって真剣な九条くんに、突っ込んでいけないこの状況。なに。
「あの目に、惚れた」
「〜〜ッ!?」
ちょ、変なとこに空気入った!
急に、ちょっと……、え!?
「はじめて話して、人を気遣える優しい子だって知ることができた。見た目に似合わず乱暴な口調とか、人に振り回されてるとことか、可愛いって思った」
どくどくどくどく、正常な速度だったはずの心臓がうるさい。
か、「可愛い」って、言われた……。
「橘さん」
呼ばれて、動けなくなる。
九条くんから、目が離せない。
「好きです、橘さん。ずっと、ちゃんと、大切にするから、俺と付き合ってください」
カメラを構えてるときと同じ、射抜くような目。
私の目に惚れた……って、そ、そんなの、そんなの私だって。
言葉が出なくて、たぶん、顔も真っ赤で、はくはく口を動かしてて──気付いた。
なに食わぬ顔して私を見てる九条くんの耳も、真っ赤に染まってるってことに。
「……」
「……」
「………………橘さ──」
「名前」
「えっ?」
耐えきれなくなったかのように、口を開いた九条くんを遮る。故意じゃなかったけど。
目を丸くする九条くんを見てたら、なんか、さっきよりも余裕が出てきたみたいだった。
もしかしたら私、はじめて会ったときから九条くんのこと、少しっつ意識してたのかも……しんないな。
にっこり笑った。
「天音、って呼んでよ」
これ以上ないってくらい顔を赤くしたこの人を、大好きだと思えた。可愛いと思った。
今度は間違えない。
だって、男に「可愛い」なんて思ったの、これがはじめてだもん。
だから、素直にそのまんま口を開いた。
「大好き」
「……ッ!? えっ? は!?」
動揺する顔。はじめて見た。
思わず声出して笑っちゃいそうになって、頑張って堪える。
「さっきの答え! 大好きだよ!」
九条く──、
ううん。
「求めたんだから受け止めてよね、那月!」
真っ赤な顔。那月の方が可愛い。
思いのまま抱きついた。
はじめてお父さん以外の男に抱きついたかも。
「……まじ、勘弁しろよ」
九条くんの口調で漏らされた、九条くんの言葉。ため息。
え、それ、どーゆう意味……?
あれ私間違った?とか不安に思う前に、背中に回った熱い手と耳元の柔らかい声に全部ひっくり返された。
「俺も、好きだよ──天音」
……抱きついたの、失敗だったかも。




