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24枚目

 


 たぶん、青ざめているんだろう私の顔を見て、勝ち誇ったような笑みを浮かべた前島千亜紀がさらに蒼へとくっついた。

 つい、一週間と少し前まで、その場所は私の場所だった。

 それが、それが……。


「そーう? どぉしたのぉ?」


 甘えた声にぎゅっと心臓が痛くなった

 蒼、なんて、私はもう呼んじゃいけない。それは、この前島千亜紀の特権になった。


「天音」


 なのに、なんであんたは私の名前を呼ぶの?

 身体がちっとも動かない。情けない。

 ふたりの姿に、蒼の姿に、目が離せない。


「見てたよ、天音のこと」


 見てた……?

 さっきの、ファッションショーの話?


「綺麗だった。本当に。みんな言ってたよ。やっぱり、天音はサイコーだな」


 なに、なに言ってんの?

 前島千亜紀は一瞬だけ驚いたように蒼を見上げて、次いで私をキッと睨みつけた。


「蒼、蒼! もう行こうよ!」


 前島千亜紀が腕引っ張ってんのに、蒼は相変わらず私を見つめてて、そこにとろけそうなほど優しい光があることに戸惑った。

 別れる前までの私が存分に向けられてたそれ。

 別れる日にはカケラも見つけられなかった。

 それが、今の私に向けられてる。まるで、まるで私のことが、好き、なんて言うみたいに。


「天音」


 やだ。

 どうして名前呼ぶの?

 だって、あの日は「橘」って、そう呼んでたじゃん。

 そう言って、私にこと突き放したじゃん。

 なのに、なんで。


「俺とやり直そう」


 ……なんて言った?


 唖然としてるのは私だけじゃなかった。

 前島千亜紀もつり上がったその目を大きく見開いて、よろよろと絡めてた腕を解いた。

 自由になった蒼は、私が大好きだったキラキラの笑顔を浮かべて、大きく一歩踏み出して。


「天──」

「なにしてんの」


 はっとした。

 蒼の後ろに、いつの間にか九条くんが立ってた。冷たい、見たことないような目をして。


「誰だ、お前」

「それ俺のセリフ。……自分の彼女放ったらかして、なに人の盗ろうとしてるワケ?」

「…………は?」


 呆気にとられる蒼の横をすり抜けて、同じく何が何だかわかんない私の前まで歩いてきた九条くんは。


「ごめんね」


 ぼそり、と私にだけ聞こえる声で呟いて、ぐいっと私の肩を抱き寄せた。

 予想もしてなかった力強い腕により、一瞬で九条くんの香りに包まれた。

 あ、これ私好きかも……じゃない!

 待って!私!


「な……っ。天音お前──」

「名前で呼ばないでくれる?」


 九条くんの胸に額を押し付けてる──いや、語弊があるな。押し付けさせられてる、せいでダイレクトに響く声が冷たい。その冷たさが、フツーならそんな風に感じないはずなのに、心地よかった。


「悪いけど、天音はもう、あんたのモンじゃないから」


 ……っ!

 な、まえ……!

 うわ。なんだこれ。心臓がまたドキドキしてきた。

 顔、熱い。

 どうしよう。今アップスタイルの髪型だからみんなに顏見られてる。


 ……みんな?


「なになに?」

「なんか……、修羅場?」

「さっきのショーの子じゃん」

「えー、取り合いー?」

「漫画みたいな展開じゃない!?」

「あんたそういうの好きよねー」


 ハッ!!

 え、ちょ、え!?

 もしかして、人集まってきてんじゃないの!?どうしよ!え、めっちゃ恥ずかしい!!


「はっはー。お前、やっちまったなぁ」


 突如、野次馬の声とは別の少しハスキーな声が割って入ってきた。

 ばっと全員が向いたその先には。


「……ゆ、雪村、亜澄?」


 蒼の声に、ニヤリと笑う亜澄兄が。目が笑ってない。


「俺のこと知ってんの? おー上出来上出来。じゃあこの後もわかってんな?」


 あ、のんこと維澄兄も体育館からこっち眺めてる。ちょっと遠くてわかんないけど、維澄兄がにこやかに笑ってるのに対して、のんこが無表情なのが怖い。え、なに?


「な、なんでここに……」


 蒼の声にまた視線を戻すと、亜澄兄がゆっくりと近づいてきた。そのたびに、蒼が前島千亜紀置いて後ろに下がってく。

 前島千亜紀といえば、ショック受けた顔して固まってる。そりゃそうか。カレシと思ってた男が他の女に告白もどきしたんだから。

 カレシ……。


「ちょっとツラ貸せや」


 ものすっごく低い声。口数が少ないことに亜澄兄を見れば、すっと笑顔が消えてた。

 え、笑ってない亜澄兄、はじめて見たかも……。

 不良だった亜澄兄。高校のときもヤバかった──らしい。ウチの高校では知らない人はいないくらい、有名だった。主に暴力方面で。私は、亜澄兄がケンカしてるとこ、見たことなかったけど。

 亜澄兄が、がしっと蒼の肩に右腕を回した。え、どこ連れてくの。

 その瞬間、九条くんも動いた。

 急にぱっと身を離されて、空いた空間を寂しく思うまえに、手首取られて引かれた。


「えっ? うわっ」


 そのまま、亜澄兄たちに気を取られた野次馬の間を走り抜けた。


 私も、どこ連れてかれるのー!?




 ♯



「……兄貴は怒んないの?」


 天音が糸目に連れてかれ、アズ兄にクソ野郎が連行された。

 なんともスッキリした状況。

 ほんと、あの男は天音が付き合ってきたヤツらの中で最高に最低なゴミだった。

 天音の惚れっぽさ、ってゆうか、「可愛い」って言われればすぐ付き合う癖のせいだけど、傷つくことになる前にあたしが天音を止めるべきだった。後悔しても遅いけど。

 一緒に見てたイズ兄を見上げれば、これまた爽やかな微笑みを浮かべて、アズ兄を眺めてる。


「俺が怒ったら誰が亜澄のこと止めてくれんの? のん?」

「無理」


 即答に、イズ兄がははっと笑う。

 笑ってない目で、ただひたすらアズ兄による制裁まがいを見つめてる。

 あー、怖い怖い。


「そういうのんは?」

「怒ったあたしのこと、イズ兄止めてくれるわけ?」

「んな愉快なこと、止める理由がねぇな」


 わかってた答えに肩をすくめる。

 完全に怯えてるヤツの顔がアズ兄の影から見えた。ほんと、愉快だ。はじめて、兄貴たちがいてよかったと思う。

 うん。今日は気分がいいから、あとでスマホの電源入れよう。

 糸目がうまく天音を助けてくれたら、あたしもあたしであの男と仲直りでもしてやろうか。

 そんなことを考えてる内に、暴力に及びそうになったアズ兄をイズ兄が止めた。

 さーて。

 愉しいことも終わったし、スマホでも取りに行こうかね。

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