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23枚目

 


「──以上が三年C組、河瀬滝太郎の作品でした」


 次だ。

 息を吸って、吐いて。

 ドレスの裾を持ち上げて、背筋をぴんと伸ばして舞台袖へと向かう。


「天音、しっかりね」


 リッカ先輩が、放送室からわざわざ顔のぞかせてくれた。


「天音ちゃん、楽しんでっ」


 タキ先輩がすれ違いざまに背中をぽんと押してくれた。


「いってきますっ」

「「いってらっしゃい」」


 カツンッ

 と、ヒールを鳴らして、光の中へ。


 歓声。拍手。熱気。

 それに、人、人、人。

 みんなの目が、私に、注目してた。


「続きまして、二年E組、橘天音です」


 リッカ先輩の放送の声が響き渡る。


 一歩、前に進むたびにドレスの裾がふんわり揺れる。

 大勢の人の目にさらされる、私のドレス。

 舞台の上、真ん中まで来たところで、止まってくるっと観衆へと向き直る。

 スカートが、大きく広がるのを意識して。

 一歩、前に出る。


「ドレスのテーマは『蝶々』です。このドレスは──」


 重ね合わされたオーガンジーは所々厚さが違う。だから、ライムグリーンとレモンイエローの色が透けて、エメラルドグリーンも浮き出てる。それらを留めるのは鳩尾の上を締めつける純白のリボン。


 そして、ここからがドレスたちの見せ所。


 失敗はできない。

 今更ながら、成功するかどうか不安になってきた。

 みんなが見てる。全ての目が、私に注目してる。心臓の音がマックスになった。そんなとき、カメラが、光る。



 カシャッ



 無意識だった。

 ばっとそっち見た。

 そしたらやっぱり。

 そこには、カメラを構えた九条くんが、真っ直ぐに私を捉えてた。

 わかった瞬間、ふと肩の力が抜けたのは、なんなんだろう。舞台が明るいせいか、九条くんの顔はもちろん、その目も私からは見えない。でも、目の裏に想像することなんて、簡単だった。


 あぁ、不思議。

 あのカメラは、九条くんは、ほんとにどんな魔法を使ってんだろうな。


「……ふふ」


 自然と笑顔になれた。

 九条くんから目を外して、真っ直ぐに前を見る。胸元のリボンに手をかけて。


 ──いざ。


 一気に引っ張って、緩んだそれと共にドレスの前が縦に割れる。肩を少し引いて、自重で落ちてくドレスから抜け出すよう、一歩、前に。


 わあっ。

 と、一層大きな歓声が挙がった。

 あぁ。これ。この歓声が欲しかった。

 現れたのは、赤と青と紫のテールドレス。鮮やかなそれが、淡い衣から抜け出る様はまさに、蝶々。

 やっと、のんこにしてもらった派手なメイクがドレスにしっかりマッチする。もちろん、『サナギ』のときもなぜだかハマってたけど。どうやったんだろね、のんこ。

 カツンッ

 と、足を後ろに一歩、引く。

 少し勢いをつけて九十度くるっと回る。

 ドレープになったテールが波打つ。

 その一瞬前、視界の端に捉えた九条くんは、ぴくりとも動かず、カメラも下げて、私を見上げていた。


 その表情が、今になって見えちゃったのがダメだった。


 見たことないほど無防備な、どこか惚けているようなそれに。

 ドクンッと、心臓が、大きく高鳴った。


「──以上が二年E組、橘天音の作品でした」


「天音ちゃんおーつかれ──……、顔が真っ赤」

「えっ」


 舞台袖に戻った瞬間、タキ先輩に覗き込まれ、思わずぱっと両手でほっぺたを覆った。

 確かに、熱い。


「なんか……、ドキドキしちゃって」


 絶対、理由は違うけどそう言っとく。


「そっかー。さすがに緊張した? 今年は異常に多かったからねー、リッカのせいで」

「なんであたしなのよ」


 放送室のドア開けて、私の様子を見に来てくれたリッカ先輩が、不満そうにタキ先輩に言い返した。


「リッカでしょ。昨日もリッカのせいで俺の仕事、多かったんだから」

「リッカのおかげで、でしょ。それに、滝太郎は大した仕事してなかったじゃない。ほとんど天音がやってたでしょう」


 言うだけ言って、次の部長の放送のために引っ込んでしまった。それに、「はいはい」と肩をすくめたタキ先輩は私に目を戻してにこっと笑った。


「天音ちゃんはちょっと外の空気に当たっておいでよ。後片付けしとくし」


 舞台に残してきた私のドレス。

 回収しなきゃなんだけど、いくら暗転してるからって、この顔そのまんまでもう一度舞台には上がれない。


「すみません、お願いします……」

「はいはーい」


 タキ先輩の言葉に甘えて、逃げるように外に直接続くドアを押し開けた。

 すぐに風が前髪を吹き上げて、火照った頬を少しだけ冷ましてくれた。

 気持ちいい……。でも、ここじゃダメだ。体育館の出入り口が近くて人の出入りとかあるし、もう少し先の方に──、


「天音」


 ドクンッ

 と、心臓が、鳴った。

 さっきとは全く真逆の動き。

 ドクドクと脈打つたびに、顔にあんなにも止まっていた熱が、着実に冷えていく。

 この声。

 見たくない。

 でも、でも──。

 ゆっくりゆっくり、視線を巡らせた、その先には。


「──そ、う……?」


 懐かしい、私の『元』カレが。

 前島千亜紀と腕を組んで、そこにいた。

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