2枚目
私、橘天音は美術部に所属してる。
なんで美術部なのにドレス、それも家庭科室なのかって、誰もが不思議に思うでしょう。私も最初は不思議だった。今もそうだけど。
実は私、手芸部に入ろうと思ってたの。洋服作りがやりたくて。
で、いざ入部しようと家庭科室行ったら、そこに並んであったドレスに一目惚れした。それが、実は美術部の作品だったのだ。
私たちの学校の文化祭では、部活ごとになにか発表なり出し物なりをしなきゃいけないことになってる。美術部は当然、プチ美術展をしてるんだけど、もう一つ、なぜかファッションショーなんてのもやってた。
速攻、入部届けに美術部って書いて出した。
で、私が忘れてきたのは、まさにそのファッションショーで出すドレス。
仕上げが間に合わなそうだから、家に持って帰ってやらないとだったの、すっかり忘れてた。のんこ神。
あぁ。家庭科室の鍵、職員室に取りに行かないとだ。
職員室は校舎の二階にある。
家庭科室、一階にあるのになぁ。階段登んのめんどくさい……。
「って、あーっ!! ちょ、ま、待って! ゆまりん、待って!」
ナイスタイミング!
ダルそうに階段の踊り場にいる黒ジャージを発見。美術部顧問の湯島先生。アイドルのゆみりんが好きだから、ゆまりん。
って、そんなことはどうでもいい。
「橘ぁ。廊下走るなー」
「ごめんなさい! 家庭科室の鍵貸して!」
「ください」
「ください!」
「いい加減だな」
って、いい加減に投げ落とされた鍵の束。
落とした。
「受けとれよ、そのくらい」
「い、いーでしょほっといて! ありがとう!」
「ございました」
「ございました!!」
ちゃんと返しにこいよー、っていうやる気ない声を聞き流して、急いで階段の前を通り過ぎた。
あー、よかった。手間省けた。
一階は特別教室が密集してる。で、その一番奥が家庭科室。
──と。
あれ、ここって、空き教室?
……写真部が使ってるんだ。
気付かなかった。
いや、そもそも写真部の存在自体知らなかったんだけどね。部員いるの?
カシャッ
……音、した。誰かいるんだ。
…………。
なにがしたかったわけじゃなくて、なんとなく教室のドアに手をかけた。そおっとそれをスライドさせて、中が覗けるくらいの隙間を開ける。
──あ。
あれって……、九条、那月?
たぶん、そうかな。
後ろ姿だけど、すっきりした黒髪とか細い手首とか、あとあの一眼レフ。見覚えある。
カシャッ
しきりに撮ってるのは紫とも紺とも言えない綺麗な綺麗な空──、ではなく、教室の床のなにか。
こっからじゃなに撮ってんだか見えない。思わず乗り出そうとして、気づく。
壁じゅう写真だらけ。
まあ、写真部の部室なんだから当然っちゃあ当然なんだけど。
何枚も何枚もあるそれらの中で、ほんの二、三枚だけ目を惹かれる写真たちがあった。
なんでだろう。共通点はなし。空だったり動物だったり。そんな写真、他にもたくさんあるのに。
共通点……、っていえば、人が写ってる写真は一枚もないってことかな。
カシャッ
──突然、耳元で音がした。
「うわっ! 」
びっくりしたぁ!
な、なに……、って!
「く、九条、くんっ」
「あれ。俺の名前、知ってたんだ」
いつの間にか目の前に居た!
存在感、うっす!
「い、今、撮った!?」
「無言で覗きしてたからね」
「う」
理由になってない!
……けど、言い返せない。
わ、悪いことはしてないでしょう。作品に触ったわけじゃないし。私だって物の製作をするわけだから、それくらいの分別は──。
「…………邪魔、しちゃった?」
もしかして、集中切れちゃったのかも。
カメラ構えてるときの九条くん、すっごい真剣な顔するもんね。気をつけてはいたけど、途中から完全に違う方に意識向いてたし。
「んや。面白いもの撮ってたわけじゃないし、俺も今はじめて気付いたから。橘さんがいるの」
「え、あ、そう……。って、え? 私のこと、知ってんの?」
「……まぁ、ね」
なんで?私は九条くんのこと知らなかったのに。
……あぁ、まあ、私くらい美少女だと学校の噂になるのも早いか。いや、でも、のんこが九条くんのこと知ってたときくらいの驚きだわー。
「あっ! のんこ! ドレス!」
やばい、忘れてた!
のんこの着替え、異常に早いから絶対もう終わってる、ってかもう家庭科室で待ってるかも!
「ドレス?」
こくん、と首を傾げる様子はかわい──。
いや、糸目すぎてなんか半減かも。
顔の造りは悪くないと思うんだけど、開いてんだか閉じてんだかわかんないせいで、なんか全体的に拍子抜けってかんじ。
これがカメラ越しだと豹変って言っていいくらいの変化見せんだから、目って大事よねー。
私のだって、ぱっちり二重じゃなかったらどうなってたことか。いや、それでも私は可愛いな。うん。
「それって、美術部のファッションショーの?」
「そう、文化祭の……、よく知ってるね? 私、美術部って言ったっけ?」
「んや、言ってない」
じゃあ、なんで知ってる。
ドレスって言っただけで予想つく?普通は手芸部とかにいきそうなもんなのに。
「そのドレス、見てもいい?」
「へ?」
「家庭科室にあるんでしょ」
「ある、けど……」
なんで?そんなに見たい物か?
「ちょっと待って。部室今から片付けるから」
「え、うん」
バタバタとしはじめた空き教室の出入り口で、しばらくぽかんとしてた。
でも、じゃあせっかくだから、と中に入ってさっき見てた写真の壁に近寄ってみた。
ほんっとにすごい数。
当たり前なんだろうけど。美術室にだって油絵だの水彩画だの置いてあるし。
……あ。
はじめて目にとまった、人物が被写体の作品。
これは、うちの生徒?体育のときのだ。長距離走の練習かなぁ。ダルいはずなのに中のみんなは生き生きしてる。
あ、そっか。
さっき気になった写真、全部そう見えてたんだ。空とか、命がないものも全部。
なんだそれ。すごすぎない?誰が撮ったんだろ……。
「ごめん、終わっ──、」
「あ、終わった?」
振り返れば、スクバをテキトーに担いで大切そうに首からカメラ下げた九条くんが、不自然に固まってた。
なにしてんの?
「九条くん?」
「えっ。あ、うん。終わった終わった」
カメラとスクバの扱われ方の差ね。
てか、カメラしまわないんだ。いつでも写真撮れるようにってこと?
「行こう。鍵閉める」
なんだろ、急いでるみたい。
「なんか用事思い出した? 別に無理して見なくてもいいよ、私の作品なんか」
意外と律儀なタイプなの?
意外とって失礼か。
「え、なんで? 見せてよ」
あれ?急いでないの?
いや、なんでって私が訊きたいけど。
うん。よくわかんないな、九条くん。変な人ではないんだろうけど。