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19枚目

 


 家から出た。向かいのドアも開いた。のんことご対面。めっちゃ、「はぁ?」みたいな顔された。

 ……はい。


「おはよぉ、のんこ」

「お前、なんなのその顔」


 つい二日前、同じようなシチュエーションで同じような会話した。でも、この後も同じ流れにしちゃうのはマズい。だって今日、文化祭。


「……今日はサボれないから泣かせないでね」

「勝手に泣いたんでしょう」


 そうでした。

 今朝は、もはや隠す気力もなくなるほどの濃いクマが出現した。そんでもって、いろいろ考えすぎて死んだ魚みたいな顔になってる。

 可愛くない。ちょーブス。

 自分のことこんな風に思ったの、はじめてなんですけど。


「今回こそあの糸目でしょ。言ってみ、あたしが再起不能にしてあげるから」


 待って。

 いや、マジで待って目が怖い。殺し屋の目だよそれやばいよのんこ!


「いや、違……くはない、けど! 逆だから! 私ほんとに昨日は命救ってもらった側だから!」

「言わされてるの? 大丈夫だよ、あたしがきっちり仕留めてあげるから」


 にこりと笑って右手の竹刀をちらつかせるのんこ、やばい。目がガチなんだけど。え? 待って、冗談でしょ?


「……あの、あののんこ? ほんとに、あの、九条くんは関係ない、わけじゃないけど、そういうんじゃなくて、あの」

「本気にしてんの? 冗談だよ」


 …………いや、冗談かよっ!!

 だから!冗談ってわかる言い方しろっつーの!無駄に焦ったじゃん!心配したじゃん!なんなの!?


「で? ほんとに何があったの?」


 ……。

 何があったって、それは、まあ、いろいろありましたけど。

 え、だって、どうすればよかったの?私もう許容量とっくに超えてるんだけど。


「とりあえず、眠いから分かりやすく手短にお願い」


 うぇ!?


「はい、さーんはいっ」

「えっ、えっ、あの、えっと、じ、自分の気持ちがわかんない!」

「なんだ、そんなこと」


 えっ!?

 そ、そんなこと!?

 いやいやいや、ちょっと待って!私的に結構重大な問題なんだけど?かなり真剣に悩んでるんだけど?


「なにがわかんないの」


 な、なにが……って。



「だって、私、私は蒼が好きなのに。もう……好きじゃない、って言われても受け入れられなくて、まだ好きでいる、はず、だったのに。……私、く、九条くんに、ずっとずっと──、」


 あの目に。

 近づいたときの香りに。

 柔らかな言葉に。


「ドキドキ、してるんだもん」


 なんて?どうして?

 だって、九条くんなんて、女の子の泣き顔勝手に撮るようなわけわかんない男で、人の不幸笑う嫌なヤツで。見ず知らずの私の作品なんか見たいとか言って、写真撮りたいとか、撮った写真くれたりとか。

 九条くんがしてくれることに、動揺して、振り回されて、赤くなっちゃったりとか、しちゃって。

 もう、なんで構ってくんだろ。ほっといてくれれば、今頃こんなに悩んでなんてなかったのに。


「……でも、九条那月がいなきゃ、たぶん天音は今頃こんな元気じゃないと思う」


 えっ!?

 ちょっと待って、のんこさん、エスパー?


「全部口に出してたからね。ちょっと気をつけたほうがいいよ。マジで」


 ……あれー?なんで私の口、こんな緩いの?

 いや、うん。マジでちゃんと気をつけるから、そんな本気で可哀想な子見る目しないで。


「とにかく、今日は文化祭一日目でしょ」


 うん。そうだね。

 ほんとよかった、一日目で。今日は美術展をやる日で、私は完全に裏方。って言っても、受付だから人前には出るけど。

 でも、ファッションショーは二日目だから。こんな顔でなんて絶対に出れない。


「寝てれば?」

「はぁ?」


 なぜっていうか無理だろ!

 わかってるけどね!ニヤついてるのんこ見れば、冗談だってこと!全部これぐらい分かりやすく言ってくれりゃいいのに。


「一緒に文化祭回ってあげてもいいけど」

「のんこアレじゃん。カレシさん来んじゃん」


 途端、ものすっごく嫌そうに顔しかめた。

 本人には絶ッ対に言わないけど、のんこ、カレシさんのことになると、信じらんないくらい表情豊かになるんだよね。この嫌そうな顔とか、のんこの照れ隠しだって、カレシさん気付いてんのかな。

 ……ってのは、余計なお世話か。


「あの男の、あたしに恥かかせることに関しては天才的なとこ、どうにかできないの」


 どうにもできないっしょ。だって、あの人のんこのこと好きで好きでしょうがないじゃん。恥ってか、のんこが耐えらんないだけってか。

 可愛いんだよ、のんこ。カレシさんと一緒にいるとき。

 口が裂けても言わないけど。私の命がアブナイ。


「……大体わかるからね、天音が考えてること」


 んん……!?

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