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18枚目

 


 …………あ、れ。



 痛く、ない?


 なんで?

 あれ。私、なんでこんな耳元で自分の心臓の音聞いてんの?


「っぶな……」


 ……えっ?

 待ってこれ、私の心臓じゃない。

 あれ。ちょっと、私誰かに抱きしめられ──、


「ッッ!?」

「大丈夫? どっか痛いとこない? 怪我とかしてない?」


 がばっと身を起こしたら、想像以上の近さで九条くんの顔があった。それがものすっごく心配そうな表情してんのはわかんだけど、訊かれてることも理解できんだけど、状況が、呑み込めない……っ。


「橘さん?」


 私の心臓が速いのと、九条くんの心臓が速いのは全くもって別の理由っていうのがさらに私に追い討ちかける。

 九条くんは階段に半分寝てる感じで、上半身だけ起こしてるみたい。抱きしめられてる私は必然的にそんな九条くんの膝の上に乗る状態で。

 かあっと熱が頬に、耳に、集まってくる。

 助けてくれたんだ、って。

 私が階段踏み外して下まで落ちるとこだったを止めてくれたんだ、って。

 そう、わかってんのに言葉が出ない。心臓が飛び出しそうなほど速くなるのを止めらんない。

 腰に回ってる腕はしっかりと私を支えてくれてる。ほんとに、力強かったんだ……。


「どっか痛い? 保健室行く? あ、てか、動ける?」


「あ、いや、大丈──、あっ! ご、ごめんね、すぐどくから、えっと……!」


 いや、もう、なに考えてんの!?そんな場合じゃないわっ!冷静になってみたら、九条くんの上にね、ね、寝っ転がってる、とか……!

 太ってはない……と、思いたいけど、人ひとり分なんてどんなに細くたって重い。

 それに、昨日食べ放題行ったからやばいかもしんない。てか、やばい!


「んや、大丈夫ならいいんだ。階段だし、急に動くと危ないから待って」


 だけど、九条くんは腕を解いてはくれなくて、そのままの状態で身を起こしはじめた。

 くっついてたお腹から、九条くんの腹筋の動きがダイレクトに伝わっ、て──。

 やめろ!考えんな私!もう、自分の熱に収集がつかない……!!


「っしょ」


 腰にない、もう片方の手は手すりを掴んでたみたい。だから、九条くんまで巻き添いにして下まで──、なんて、恐ろしい事態にならなかったらしい。咄嗟の判断にしても、反射神経すごくないか。

 手にぐっと力を入れて、完全に起き上がった九条くんの太ももの上、すとん、と座り込む形になる私。

 …………え。


「本当に、足首とか捻ってない?」

「……」

「橘さん?」

「へっ!? あ、あぁ、うん! 大丈夫!」


 ああああ、もう!心臓が痛い……。

 じゃなくて。

 はぁ。落ち着け。

 ……痛いとこ、ほんとにない。

 階段から落ちるなんて、大怪我は免れないし、下手すりゃ死んでてもおかしくない。


 ──死んでても。


 ざっと血が下がる。


「橘さん? 顔色悪い」

「く、九条くん」

「ん?」

「あ、ありがとう。本当に、あの、なんて言っていいか……、ありがとう……!」


 今更、恐怖を思い出す。

 あのままだったら、私、私ほんとに……やば、かった……。


「……無事でほんとよかったよ。ほら見て、今更冷や汗出てきた」


 虚をつかれたような顔してた九条くんは、ふっと笑みを浮かべた。そうして、恐怖で真っ青だろう、私の意識を逸らしてくれた。九条くんが汗かいてるのはガチだけど。


 だんだんと気持ちが落ち着いてきた。

 なんでだろ。

 九条くんの笑顔が、優しいからかな……。


「じゃ、床でアレだけど、ちょっと座ってて」


 私を階段に座らせて、立ち上がったその姿。なんか、なんだろう。違和感がある。なにかが足りないような……?

 そんな九条くん、階段降りてって何すんだろうって思ってたら、途中で腰を曲げた。何かを拾う。なにその破片。


 ──破片?


 同じように、降りては屈み、また降りて、と繰り返してって、踊り場までたどり着いたとき、九条くんが片手で拾い上げた物に、思わず立ち上がった。

 九条くんが手の中の物を軽く一回転させて、それがキラリと光を反射した。


「見事に壊れてんなー……」


 どこか感心したみたいな呟きに、慌てて階段駆け下りた。


「九条くんっ」


 なんで、そんな、のんびり……!

 左手を埋めたたくさんの破片と、ひび割れて所々欠けてしまった、右手の、一眼レフ。

 手ごと握れば、九条くんが驚いたように私を見た。


「私のせいで、カメラが……!」


 私が落ちる前に聞こえた音。

 あれは、眼レフが落ちていく音。


「私の代わりに……、なんで……」


 呆気にとられた九条くんの顔。

 それが、ゆっくりと無表情になってって、どこか怒っているようにも見えた。


 ──あぁ。どうしよう。



「なんでって、なに?」


 九条くんを、はじめて『怖い』と思った。

 カメラを壊した私に、そんな資格ないのに。

 目を離せなくて、声も出せなくなって、動けない私を見据えてくる。薄い唇が開かれて、密かに心臓が引きつった。


 常に九条くんの首から下がってた一眼レフ。

 いつでも九条くんの手の中に収まってて、あんなにも大切にされてた物なのに。なんてこと、しちゃったんだろ──、


「なんでカメラなんかの心配してんの。違うでしょ」


 …………え。


「あのさ、橘さん」


 え、だって……。

 え?

 違う?違うって、なに?


「こんな、いくらでも換えが効くモン、どーだっていいんだよ」


 ゆっくりゆっくり、九条くんの手元に目を落としてしまった。


 ひび割れ、光を錯乱させるレンズ。

 それが切り取る世界は、私の目を通しているのとは全然違った。いくらでも換えが効く、なんて。


「でも、」


 ふと、柔らかくなった空気。

 顔を上げたら、真っ直ぐに私を見つめる瞳があった。

 息を呑んだ。


 私これ知ってる。

 かわいいって、好きだよって。

 蒼が、私に言ってくれたときの目。


 でも、でも違う。なにかが、私の知ってるのとは違った。


「橘さんに換えなんて、ないだろ」


 なんでそんな、そんな温かい目で私を見るの。

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