16枚目
家から出たた瞬間、ちょうど向かいの家のドアも開いて、ばったりのんこに会っちゃった。そんでもって、めっちゃ「はぁ?」みたいな顔された。
えぇ……。
「おはよぉ、のんこ」
「なにその顔」
……うん。
わかるけど、おはようぐらい返せや。
「ものすっごいクマ」
眉ひそめられた。
今日、朝練なかったの?こんな時間に出てきてるってことは、なかったってことなんだろうけど、タイミングがなぁ……。
いや、まあ、今会わなくても、どうせ学校で顔合わせることになったんだろうけどさ。
「……そんなにわかる? 隠してきたつもりだったんだけど」
今日は念入りに、隙なくメイクして寝不足でヒドイ顔隠してきた。いつものナチュラル素っぴん風メイクを捨ててまで頑張ったのに。
のんこは仕方ないにしても、他の人にもバレちゃうかな。それはマズイ。可愛さは変わらないにしても、輝きが失われてるなんて、そんなの橘天音じゃない。
「楽しいことで夜更かし、じゃ、ないでしょ?」
のんこさん、目ぇ怖い。
ぼそっと「あの糸目」って呟くのやめて。九条くん、関係ないから。
いや、関係なくはないんだけど。きっかけではあったけど。考え込んでたのは九条くんには関係ないことだし、一応。
「楽しくは、ない、ね」
つーか、今考えればそ──元カレのこと考えてて寝不足って。
あんなヤツのためになんで私が、可愛くなきゃいけない私が、クマなんか作んなきゃなんないわけ?
結局、あれから一晩、冗談抜きで一晩、ずうっと寝れなかった。主に、思い出に浸ってて。
付き合ってすぐにプレゼントしてくれたネックレスからはじまって、新聞部に美男美女カップルとして写真撮られたり、優しく名前呼んでもらったり、「好きだよ」っていつも言ってくれて。
帰るときもデートのときも車道側を歩いてくれて、いつだって目ぇ見て笑ってくれて、私の髪触ってくる指とか、ギュってしてくれたときの抱擁感とか、あったかいキスとか……。
「天音、天音」
「へ?」
顔上げた瞬間、ぐいっとほっぺたを拭われた。タオルで。遠慮なく。
え、ちょ、メイク崩れる……!
「糸目野郎に昨日、なにか嫌なことされた?」
のんこ、なんで私と九条くんが一緒に帰ったこと知ってんだろ。昨日、夜まで部活だったよね?あれ?
って、うわ。目が据わってる。
慌てて首を横に振った。そりゃもう、しっかりと。完全に否定しとかないと、この子、殴り込みとかしかねない。今の勢いでそんなことされたら、九条くんタダじゃすまな……。
……のんこの場合、笑えないからヤダ。
なのに、のんこは相変わらず怖い目してる。
え、ちょっと、ほんとにやめてね!?九条くんにはむしろ送ってもらったり写真もらったり、いろいろしてもらってる側なんだから!
「……じゃあ、キザ男のこと考えてて泣いてるワケ?」
キザ……、泣い……、え?
固まった私に、のんこがため息を吐く。
もう一度、柔らかいタオルで顔を拭かれた。
……私、あれ。今、泣いてた?
「天音はほんと、昔からダメな子だったからね」
ちょっと今グッサリきたんだけど。
ダメな子って。ダメな子って……!
「いっそのこと、兄貴たちのどっちかを好きになってくれたらどんなによかったか」
「え、えぇ? だって、維澄兄も亜澄兄もそんな……」
「わかってるよ、ありえないって。というか、あたしもあんたんこと、止めらんなかったしね」
と、止める?なにが?どゆこと?
「天音が浅間蒼と付き合うときだよ」
のんこ、名前知ってたんだ……。一切呼ぼうとしなかったから、てっきり覚える気ゼロなのかと思ってたのに。
それより、のんこは蒼と付き合うこと反対だったんだ。全然知らなかった。
ちょっとショックで思わずすがるようにのんこの顔を見れば、「そんな目で見ないでよ」と困ったように肩をすくめられた。
「テキトーさが滲み出てるようなヤツだったから、天音がオモチャにされかねないと思ったんだもの」
「オ、オモチャ……?」
「でも、天音はあの男のこと本気で好きっぽかったし、もしかしたら、あたしの勘違いなのかもなって。──それが勘違いだったけど」
……あの、涙もさすがに止まったから、もう拭いてくれなくていいよ。ありがとう。手に力が入ってちょっと……いや、かなり痛い。
「の、のんこ」
「あ、ごめん」
気付いてぱっと離してくれた。
いや、わざわざ拭いてくれてありがとう。
ありがとうだけど、「パンダ。ははっ」ってどういうこと!?仕方ないけど!せめて笑うな!
「今日は学校、休んじゃおうか」
「え。……えっ!? いや、いやいや!」
「その顔で行くつもり?」
うぐ。
確かに、隈と涙の腫れというダブルパンチはキツい。さすがの私も、可愛いとは言い切れないかもしれん。
「いやでも、のんこ、佳代ちゃんにバレたらヤバいじゃん」
「言わなきゃバレない」
「え、それ亜澄兄の二の舞い……」
「今日はしょうがない。たとえバレても、母さんも許してくれるっしょ」
ニヤッと笑って私の手を取ると、駅とは反対方面へ歩き出しちゃった。もうなにを言っても、完全に学校行く気ないみたい。
「こないだ、スイーツ食べ放題の店ができたんだって。イズ兄が言ってた」
そこ行こうってあなた、甘いのそんな好きじゃないじゃん。いっつも維澄兄が誘ってくるたび、心底嫌そうな顔してたじゃん。
まあ、維澄兄と出かけたくないってのも入ってたかもだけど。
「…………のんこ」
「んー」
「ありがと」
返事は返ってこなかったけど、きっとたぶん、背中の向こうで笑ってる。
「のんこ、好きだよぉ」
「ほら、言うじゃん」
「えっ!? いや、これは時と場合が違うじゃん!」
「ははっ。天音は可愛いねー」
そんなおざなりの可愛いはいりませんー!




