15枚目
横に長ぁく伸びてる薄い雲。
そこに夕日が映って、マーマレードジャムが空にかかってるみたい。
「きれーい……」
ひとりで呟いて、取り出したスマホでカシャリ。
お。意外とうまく撮れてんじゃん?
自撮りするから、カメラの性能が一番いいの選んだから。さすが私のスマホ。
「んん……。でもやっぱ、」
まあ、一眼レフと携帯カメラを比べること自体がおこがましいんだけど。
「九条くんのには敵わないなぁ」
……って、いや!
なんでそこで九条くんが出てくる!
「そんなことないよ。橘さん、凄い上手い」
──左耳に、吐息がかかった。
「うわぁっ!」
な、な、な……っ!
思わず耳抑えて振り返れば、正にその九条くんが立ってた。
ほんとお前!存在感なさすぎてっ。それ、どうにかなんないの!?
「顔、真っ赤」
「夕日のせいだわっ!!」
うるさいんだよぉ!
いきなり肩越しに手元覗き込まれて、そんな距離で声出されたら、誰だってこーゆー反応すんでしょ!?
「その夕日も、そろそろ沈みそうだから一緒に帰ろう?」
どんな理由?
しかも、お伺いの形取ってるくせに、すでに歩きだしてるし。
「橘さん」
少し空いた距離。振り返る九条くんの顔は逆光で暗い。
……しょうがないな。
「駅までこの私を送らせてあげよう」
「有り難き幸せにございます、天音さま」
一瞬、ドキッとした。
名前……、いや、いやいや!なんでそこでちょっと動揺してんの私!
笑いを噛み殺してる様子がなんとなく伝わる。悔しい。
光が当たってる私の可愛い顔は、思いっきり九条くんに見えてるはずだけど、なんでもない風を装ってその隣に並んだ。
そのとき、キラリと眼レフに反射した光が目に入った。
「……ねえ、九条くん」
「なに?」
こっち向いたのは見事なまでの塩顏で、特徴と言えばその細い目だけ。
……私、ちょっとクセになってきてるかもしれない。コレが、変わる様が。
「九条くんだったら、この空、どういう風に切り取るの?」
「切り取る?」
虚を突かれたような顔。
不思議そうな、驚いたような。九条くんのこんな表情ははじめて見たかもしれない。
私の顔を見て、首から下がるカメラに目線を落とし、次いで空を振り仰いだ。
やっぱ、綺麗な首してるんだよね……。真っ直ぐな襟足の先が少しかかってて、それがさらにうなじをすっきりと見せてる。
不意に九条くんの腕が動いた。
空を仰いだまま、眼レフをゆっくりと持ち上げていく。それの動きを辿っていって、ついに構えたところまでたどり着いた。
だけど、九条くんが背高すぎて、私からはその目は見えなかった。
……失敗した。
なんで空にしたんだろ。
袖が捲れて少し覗く手首。耳を流れる黒髪。うっすら開いた唇。
カケラばかりが視界に入って、肝心なものはなんにも見えない。
だけど。
こんなにも、見とれてしまうのは、なんで?
カシャッ
細くて長い指が、シャッター音を生んだ。
九条くんがカメラを下ろしても、私はそのまま動けなかった。
ふっと鋭く息を吐いてもう一度空を見ると、九条くんは視線を私に戻した。
その唇に微かに笑みを浮かべて、なにか言おうとして──そのまま固まった。
「……九条くん?」
え、なんで急に真顔?
今なんか言いかけたよね?なんで止めたの?
「橘さん」
あれ。
あれ。今、カメラ構えてないのに。
なんで、九条くんが違う人みたく見えんの?
九条くんが眼レフを支えてた手を離した。ちかり、と光が反射して思わず目を閉じた。
瞬間、頬に冷たい感触が触れた。
「あんまりカワイイ顔してると──」
掠れた声、だった。
心臓が震えて、耐えきれなくて、だけど無理矢理目を開けてた。
焦点がぼやけるギリギリ手前。
九条くんの、目の奥に。
獲物を捕らえる獣みたいな光が見えた。
息が詰まった。
すぐに九条くんは私から離れてった。
けど、けどうまく、息が吸えない。心臓がばくばくしちゃって、酸素が全然足りてない。
「早く帰んないと遅くなっちゃうし、行こうか」
沈みかけた夕日に照らされた横顔は、濃いオレンジ色に染まってた。
……どうしよう。
♯
家のドア開けて、一目散に部屋に駆け上がって、ベッドに制服のまんまダイブ。
……鍵、かけたっけ。
いや、もう、そんなことはどうでもいい。
ちょっと、ほら、あの、落ち着いて。心臓……は、階段駆け上がったから仕方ないとして。
ほっぺた。熱い。
枕に顔押し付けてると窒息死しそうだからとりあえず上げて、そしたら、倒れた写真立てが目に入った。
……。
倒してから、まだ一週間もたってないのに。
ちらりと横に視線を向ければ、窓枠に置いてあるネックレスホルター、の下にある小さな箱。
捨てられなくて、見てもいらんなくて、でも、完全に隠しちゃうなんてことも、できなくて。
矛盾した気持ちに整理をつけてくれた、なんの飾りもない白い箱。まだ、開けられないし捨てられない。
それは、未練があるってことでしょ?
まだ『蒼』のことが好きって、そーゆうことでしょ?
「…………蒼、ね」
名前すら、まだだらだらと呼んでる。
「メンドくさい女」
熱かったほっぺたも、うるさかった心臓も、一気におとなしくなった。




