表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/77

15枚目

 


 横に長ぁく伸びてる薄い雲。

 そこに夕日が映って、マーマレードジャムが空にかかってるみたい。


「きれーい……」


 ひとりで呟いて、取り出したスマホでカシャリ。

 お。意外とうまく撮れてんじゃん?

 自撮りするから、カメラの性能が一番いいの選んだから。さすが私のスマホ。


「んん……。でもやっぱ、」


 まあ、一眼レフと携帯カメラを比べること自体がおこがましいんだけど。


「九条くんのには敵わないなぁ」


 ……って、いや!

 なんでそこで九条くんが出てくる!


「そんなことないよ。橘さん、凄い上手い」


 ──左耳に、吐息がかかった。


「うわぁっ!」


 な、な、な……っ!

 思わず耳抑えて振り返れば、正にその九条くんが立ってた。

 ほんとお前!存在感なさすぎてっ。それ、どうにかなんないの!?


「顔、真っ赤」

「夕日のせいだわっ!!」


 うるさいんだよぉ!

 いきなり肩越しに手元覗き込まれて、そんな距離で声出されたら、誰だってこーゆー反応すんでしょ!?


「その夕日も、そろそろ沈みそうだから一緒に帰ろう?」


 どんな理由?

 しかも、お伺いの形取ってるくせに、すでに歩きだしてるし。


「橘さん」


 少し空いた距離。振り返る九条くんの顔は逆光で暗い。

 ……しょうがないな。


「駅までこの私を送らせてあげよう」

「有り難き幸せにございます、天音さま」


 一瞬、ドキッとした。

 名前……、いや、いやいや!なんでそこでちょっと動揺してんの私!

 笑いを噛み殺してる様子がなんとなく伝わる。悔しい。

 光が当たってる私の可愛い顔は、思いっきり九条くんに見えてるはずだけど、なんでもない風を装ってその隣に並んだ。

 そのとき、キラリと眼レフに反射した光が目に入った。


「……ねえ、九条くん」

「なに?」


 こっち向いたのは見事なまでの塩顏で、特徴と言えばその細い目だけ。

 ……私、ちょっとクセになってきてるかもしれない。コレが、変わる様が。


「九条くんだったら、この空、どういう風に切り取るの?」

「切り取る?」


 虚を突かれたような顔。

 不思議そうな、驚いたような。九条くんのこんな表情ははじめて見たかもしれない。

 私の顔を見て、首から下がるカメラに目線を落とし、次いで空を振り仰いだ。

 やっぱ、綺麗な首してるんだよね……。真っ直ぐな襟足の先が少しかかってて、それがさらにうなじをすっきりと見せてる。


 不意に九条くんの腕が動いた。

 空を仰いだまま、眼レフをゆっくりと持ち上げていく。それの動きを辿っていって、ついに構えたところまでたどり着いた。

 だけど、九条くんが背高すぎて、私からはその目は見えなかった。


 ……失敗した。

 なんで空にしたんだろ。


 袖が捲れて少し覗く手首。耳を流れる黒髪。うっすら開いた唇。

 カケラばかりが視界に入って、肝心なものはなんにも見えない。

 だけど。

 こんなにも、見とれてしまうのは、なんで?



 カシャッ



 細くて長い指が、シャッター音を生んだ。

 九条くんがカメラを下ろしても、私はそのまま動けなかった。

 ふっと鋭く息を吐いてもう一度空を見ると、九条くんは視線を私に戻した。

 その唇に微かに笑みを浮かべて、なにか言おうとして──そのまま固まった。


「……九条くん?」


 え、なんで急に真顔?

 今なんか言いかけたよね?なんで止めたの?


「橘さん」


 あれ。

 あれ。今、カメラ構えてないのに。

 なんで、九条くんが違う人みたく見えんの?

 九条くんが眼レフを支えてた手を離した。ちかり、と光が反射して思わず目を閉じた。

 瞬間、頬に冷たい感触が触れた。


「あんまりカワイイ顔してると──」


 掠れた声、だった。

 心臓が震えて、耐えきれなくて、だけど無理矢理目を開けてた。

 焦点がぼやけるギリギリ手前。

 九条くんの、目の奥に。

 獲物を捕らえる獣みたいな光が見えた。


 息が詰まった。


 すぐに九条くんは私から離れてった。

 けど、けどうまく、息が吸えない。心臓がばくばくしちゃって、酸素が全然足りてない。


「早く帰んないと遅くなっちゃうし、行こうか」


 沈みかけた夕日に照らされた横顔は、濃いオレンジ色に染まってた。


 ……どうしよう。




 ♯




 家のドア開けて、一目散に部屋に駆け上がって、ベッドに制服のまんまダイブ。

 ……鍵、かけたっけ。

 いや、もう、そんなことはどうでもいい。

 ちょっと、ほら、あの、落ち着いて。心臓……は、階段駆け上がったから仕方ないとして。


 ほっぺた。熱い。


 枕に顔押し付けてると窒息死しそうだからとりあえず上げて、そしたら、倒れた写真立てが目に入った。

 ……。

 倒してから、まだ一週間もたってないのに。

 ちらりと横に視線を向ければ、窓枠に置いてあるネックレスホルター、の下にある小さな箱。

 捨てられなくて、見てもいらんなくて、でも、完全に隠しちゃうなんてことも、できなくて。

 矛盾した気持ちに整理をつけてくれた、なんの飾りもない白い箱。まだ、開けられないし捨てられない。

 それは、未練があるってことでしょ?

 まだ『蒼』のことが好きって、そーゆうことでしょ?


「…………蒼、ね」


 名前すら、まだだらだらと呼んでる。


「メンドくさい女」


 熱かったほっぺたも、うるさかった心臓も、一気におとなしくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ