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14枚目

 


「そんときの那月のすげー嫌そうな顔! 橘さんにも見せてやりたかった」


 ……ちょっとよくわかんないんだけど。

 なんで私は片付け開始早々、九条くん情報を聞かされてるんだろう。


「綺杏はー、なっちゃんの方が呼びやすいし可愛いから付けただけなのに」

「そうだな。ナイスだった」


 九条くんが「なっちゃん」と呼ばれた経緯とその結果の九条くんの反応について。やっぱり綺杏ちゃんが付けたんだ、それ。


「那月としても予想外だったんだろ。あいつ、人付き合いしねぇから、あだ名とかももちろん付けられたことなかったらしいし」


 長谷川くんは九条くんとは中学からの付き合いなんだとか。

 てか、呼び方「なっちゃん」じゃないんだ。九条くんの前でだけそう呼んで、面白がってんのかな。いい性格してんな。嫌いじゃない、そーゆうの。


「九条くん、人付き合いしないの?」

「ほら、カメラが友達で恋人なヤツだから。あいつ、小学校の同級生、誰ひとりとして名前言えねーの」


 マジか。ちょっとびっくり。

 だって、私に突然話しかけ──、いや、シャッター切ってきたから、てっきりそういう人なのかと思ってたのに。でも、それならよく長谷川くんと仲良くなったな。


「俺も最初は無視されまくってさー」


 ……長谷川くんの性格なら、無理矢理にでも返事くるまで話しかけてそう。

 想像できるわ。


「綺杏のおかげで、あいつのスカした顔があんなに変わんの、はじめて見れた」


 あれはマジお手柄、と綺杏ちゃんの頭撫でる。それに、頬を染めて自慢げに胸張る綺杏ちゃん。


「僕、これ見てんの限界」

「大丈夫です、先輩。私もですから」


 でも、見てくださいよ。

 あんなにも進まなかったのが、ふたり増えただけで、あっという間に終わりそうですよ。

 宣言通り、長谷川くんはものすごい手際よかった。さりげなく綺杏ちゃんのことも手伝って。

 綺杏ちゃんは、まあ、うん。

 最終的にバラバラに散らばってた絵の具片付けてた。綺麗に、番号順に。


 ふと、長谷川くんが時計に目を落とした。

 だけど、すぐに顔上げて「よし」と荷物を持ち上げる。


「この荷物、どこ置けばいっすかー?」

「あぁ、それは──」


 あれ。

 もしかして、長谷川くんの持ってるそれで終わりなんじゃなかろうか。はー。素晴らしいな。A組が文化祭準備終わってんのも納得だわ。


「あ、綺杏ちゃん。膝汚れちゃってるから、これ使って」


 床に散らばってた絵の具を拾ってたからか、膝小僧が黒ずんでた。

 使ってと言いつつ、絵の具で両手塞がってる綺杏ちゃんのかわりに、濡らしたタオルで拭いてく。


「あっ。えと、ありがとう」


 細くてちっちゃくて、小動物みたいな綺杏ちゃんだけど、その脚にはしっかり筋肉ついてる。

 なんか意外。

 いや、スポーツ推薦で入ってきたんだろうから、運動神経いいんだろうけど。勝手なイメージってやつ?私の悪い癖です。はい。


「脚、キレイだねー」

「えっ」


 はっ。

 思わず言っちゃったけど、これってセクハラ発言か!?


「あ、違くて、き、筋肉がね!?」


 筋肉がなんだよ。

 そんなつもりなかったんだけど、あれ。結局これセクハラ?

 見下ろしてくるまん丸な目はきょとんとしてる。この子、私のことお人形さんみたいとか言ってたけど、どっちかっつったら、綺杏ちゃんのが人形みたい。ふりふりのエプロンドレスなんか着たら可愛いだろうな。


「ア、アミちゃん」

「なに──……綺杏、ちゃん?」


 黒目がちの大きな目。

 それが、ゆるゆる揺れて、きらりと雫が光に反射した。

 ……え。


「待っ、え? ご、ごめん! どうしたの、なんか私変なこと言っちゃった? 言ったね! ほんとごめん!」


 やばいやばい。どうした!?え、私が泣かした?私が原因!?


「あ、あ、違うの。そうじゃなくて、あの、ありがとう、アミちゃん」


 ありがとう?膝拭いてあげてること?

 そんな、涙流して感謝されるようなことでもないと思うんだけど……。


「あの、なんかしちゃったんなら、ほんと、遠慮なく言って? 私、謝るから──」

「本当に違うの! 綺杏、嬉しくて」


 ついに涙腺が決壊して、ぽろぽろと本格的に泣きはじめちゃった。

 ど、どうしよう!これ嬉し涙なの?ほんとに?


「綺杏、アミちゃんのこと助けるし、いっぱい応援するから。だから、だから、橘天音ちゃん、綺杏とお友達になってくださいぃ」


 た、助ける?応援?いや、よくわかんないけど!


「なる、なるよ。いや、もう全然、私なんかでよければ。だから泣き止んで、ね?」

「本当?」

「うん」

「……あ、ありがとぉぉぉ」


 ど、どうしよ。さらに泣いちゃった。


「綺杏」


 あっ。長谷川くん、ちょっと遅い。


「ほら、橘さんが困ってるだろ。泣き止めって」

「う、うん……」


 ぐず、と鼻を鳴らして、長谷川くんにしがみついた綺杏ちゃんと、どうしていいかわからず呆然としゃがみ続ける私。


「天音ちゃん、終わった──、え。なにこの状況」


 私が訊きたいです。

 とりあえず立ち上がったら、長谷川くんに苦笑された。


「ごめん、綺杏が。コイツ、マジで友達いねーから、優しくされ慣れてねんだよ」

「友達、いるもんー」

「へーへー」


 F組って、友達作らない協定でも立ててんの?のんこも、私以外の友達いるのだろうか。すごく心配なんだけど。


「さて。終わったことだし、用事も終わったし、俺らは退散するとしますかー」

「えっ?」


 用事、終わったって?

 私にどっかついてきてほしいんじゃなかったの?


「実は、綺杏が橘さんと友達になりたいっつーから、場所移して〜とかって思ってたんだけど」


 ……?

 つまり、目的は達成されたと?

 まあ、私としても片付け終わらせてくれたし、何もないならないで帰らせてもらおう。

 後ろ振り返れば、すでに帰り支度をしてるタキ先輩が。

 じゃ、私ももういいんだな。結局、ルミ先輩、先生に呼ばれたまま帰ってこなかったな。


 長谷川くんがまたちらり、と腕時計に視線を落とした。さっきからやたらと時計確認してるよね。忙しいのかな。

 あー、なんか塾とか行ってそう。まだ二年のはじめだけど、受験勉強とかって。私?行かないけど。受験てなんですか状態ですから。


「橘さん、もう帰る?」

「ん? うん」


 頷けば、泣き止んだ綺杏ちゃんのほっぺた伸ばしながら長谷川くんがニカッと笑った。


「よしよし。丁度いい時間だし、じゃあ俺らは学校裏のケーキ屋突撃するかー」

「うんー! とつげーきっ」


 綺杏ちゃん、元のテンション戻ったみたいでよかった。愛の力ってわけですね。そうですか。


「橘さんは今すぐ正門に向かって! 正門だよ!」


 え、なに?

 なんでそんな急かして、しかも正門?まあ、使うんだけどさ。

 ……それよりも、そのなんか企んでるようにも見える笑顔、なんなんですか?

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