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11枚目

 


 今日あっつい。


 こんな中、クラスの文化祭準備の買い出しとかマジ最悪。公平にジャンケンで決めたわけだけど。


「あああー。死ぬ。ホント。ムリ」


 隣の死にかけのんこさんも買い出しジャンケンに負けたらしい。大方、準備サボってたんだろうから、クラスの子たちにハメられたんだな。まぁ、自業自得。


「ほら、学校着いたよ」


 月曜日の放課後、文化祭まで時間がないためか、学校全体がいろいろ忙しない。下駄箱から見える廊下にも、たくさんの人が走ってる。先生たちの「廊下走るな」も全く意味をなしてない。

 そんな生徒たちをすり抜けて、私たちは近道。教室までは、中庭を突っ切る渡り廊下を通るのが──、


 ……あ、九条くん。


 またカメラ下げて、こっち向かって歩いてきてる。まだ渡り廊下に出ていない私たちには気づいてないっぽい。

 てゆか、カメラ下げた長身なんて、あんな目立つ格好してたら、知っててもおかしくなかったのに。やっぱ九条くん影薄いのかな。

 スクバ持ってるってことは帰るのかな?それか部活?

 えー、もう文化祭準備終わったの?たしか、九条くんってA組だよね。特進クラスは頭も要領もいいと。そうですか。


「あ、なっちゃーん!」


 ふいに中庭から男子の声が聞こえた。

 なんだ?って、うわぁ。

 九条くん、顔に『面倒くさい』って思いっきり書いてある。なっちゃんって、九条くんのあだ名?……可愛いな。

 呼び止め駆け寄ってきた男子は、ベリーショートの似合うなかなかのイケメン。可愛い女の子連れてる。カノジョか。


「な。撮ってくんね?」

「やだよ」


 ばっさり即答。

 いいのか、そんな風に断って。友達でしょうに。


「いーだろ、一枚ぐらい! お前いっつもそーだよな!」


 でも、男子の方もめげない。どころか、なにが面白いのか爆笑してる。なんなの。

 九条くんと仲いいのかな。あだ名で呼んでるし。てことは、この人もA組?人は見かけによらないな……。


「なにが悲しくてカップル撮らなきゃなんねぇんだよ。爆ぜろ」

「僻みか! 今まで断ってたのも僻みだったのか!」

「うるせー」


 あれ。九条くんって、あんな口調だったっけ?もっと物腰柔らかな感じに思ってたけど、案外雑だな。相手が友達だからかな。


「俺は人間は撮らないの」


 え。

 でも私の写真撮らせろって言ってきたじゃん。てか、勝手に撮ったじゃん。どゆこと。


「はー? なんでよ」


 お、A組(仮)男子、ナイス。

 まさに疑問を代弁してくれたわけだけど、当の九条君は面倒臭そうに一瞥しただけだった。


「長谷川に言ったって、どーせわかんねぇだろ」


 図らずも名前を知ってしまった、長谷川くん。


「バカにすんじゃねぇよ。俺だってなぁ、相槌打つってゆースキルくらいは身につけてんだぜ!」

「カズくん、分かろうとする気ないじゃーん」


 カノジョちゃんにぱしっとお腹あたりをはたかれて、一層笑いだした。笑いのツボ、おかしくね?


「脳内花畑カップル」


 のんこさん。

 その、心底どーでもよさそうな声。帰りたいの?いや、わかるけど。でももうちょっと。気になるんだよ、この先。


「別に、大した理由じゃない」

「じゃあ教えてくれてもいいだろ!」

「じゃあってなんだよ」


 馬鹿そうなんて思っちゃってごめん。今は全力で応援してるから。

 そんな終始笑顔の長谷川くんに、ついに九条くんが折れた。諦めたようにため息を吐く。


「……生きてるモン撮ったって、なんも面白くないじゃん」

「そうだな。わからん」


 早っ。

 私もわかんなかったけど、私の方がもうちょっと考えたよ!

 ……生きてるもの。

 面白くないんだ。面白いって、なんだ?

 そういえば、はじめて会ったとき、『撮りたいと思ったモノしか撮らない』て言っ……──、


「なぁに顔赤くしてんの?」

「イタッ」


 一瞬で視界がぶれた。

 ちょ、いきなり後頭部はたくとか!


「なにすんの!?」


 気づかれないように、小声でできる最大限で抗議するけど、聞いてない。聞いてないどころか、さっきまで完全に興味ない顔してたのに、今はものすっごくにやにやしてる。

 え……。


「まさか、九条那月見てただけで赤くなってるんじゃないでしょうね」


 呆れたように言われた。いや、ちょっと!


「名前出さないでよ」

「なんで?」

「な、なんで!?」


 え、だって近いし、のんこ声抑えないし、だから、えっと、


「う、うるさい!」

「逆ギレですか、天音さん」


 なにがおかしいの!最近、多くない?私にその表情すんの。


「上手くいくといいね、くじょ──」

「だから、やめてってば! バレたらどうすん──」

「あれ、橘さん?」


 バレた……!!


「今のはあたしじゃないから。明らか天音でしょ」


 えっ。マジっすか。そんな声大きかった!?


「ちょうどよかった。渡したい物あって──」

「橘さん? って、あの橘天音?」


 笑顔で寄ってくる九条くん押しのけて、ずいっと前に現れたA組男子(仮)長谷川くん。あのって、どの?


「へー! 俺、はじめてこんな近くで見た! 顔小っちゃ! まつげ長! 髪サラサラ! 可愛い! やっぱ『学校のマドンナ』は伊達じゃねーな!!」

「え、あ、どぉも」


 すごい前のめりで話す人だな。『学校のマドンナ』は悪くないな。


「あ、俺、長谷川和哉! そこのカメラマンと同じA組!」


 あ、やっぱA組なんだ。

 しゃべる勢いがなんか、亜澄兄と似てる感じ。


「誰がカメラマンだ──」

「うわぁ、ホントだ! 顔小っちゃ! 肌白い! 目ぇキラキラ! カワイイ! お人形さんみたぁい!!」


 抗議しかけた九条くんだけど、どんっと長谷川くんのカノジョちゃんに押しのけられた。すごい力。いや、九条くんが弱いのか?

 よろけて倒れそうなのにカメラを確認してるあたり、なによりそれに比重を置いてんだなって。命の危険があっても、そっち気にかけるんじゃなかろうか。危ないな。


「それな! ほんとにお前と同じ女子?」

「カズくんひっどーい! 確かに全然違うけど!」


 いやいやいや、同じですよ。

 カノジョちゃんも可愛いかんね。真っ黒なツインテールがこんなに似合う子、他にいないと思う。

 まあ、私のが可愛いけど。そこは譲らん。

 てか、めっちゃそっくりなカップルだな。ふたりとも同じテンション。

 それと、廊下の陰で見てる天音の顔ね。完全に馬鹿にしてんのと、うんざりしてんのがありありと伝わる。

 天音のいいところは、それが私以外にはわかりにくいってことかな。余計なトラブルはないにこしたことはない。


「お前ら邪魔すんなよ!」


 眼レフの無事を確認し終えたらしい九条くんが不意に割り込んできた。


「邪魔ぁ?」


 そこでふとなにかを思いついたようにニヤッと笑った長谷川くん。それ見て、九条くんは顔を引きつらせた。

 え、なに。


「じゃ、写真撮ってくれたら退散してやるよ」


 ……なるほど。

 いや、なにがなるほどなのかわかんないけど、長谷川くん、頭いいな。


「……一枚だけだかんな」


 あ、撮るんだ。すっごい嫌々な感じだけど。


「やった!」


 本当に嬉しそうにカノジョちゃんとふたりで中庭に立った長谷川くんに、九条くんがカメラを向ける。そのときどさっと音がして、視線を巡らせるとスクバが地面に落ちていた。

 いや、落とされた、か。

 すごい重い音した。教科書とか、詰まってんのかな……。


「じゃ、お願いしまーすっ」


 嬉しそうな長谷川くんの声。視線を戻して思わず固まった。


「はいはい」


 とんでもなく雑な返事なのに、九条くんの空気は違ってた。


 ぞわっとした。


 その横顔に、レンズ越しにあるだろう目に、真剣そのものの構え方に。



 カシャッ



 ──骨ばった細い指が切りとる世界を私も見てみたいと、不意にそう思った。

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