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10枚目

 


 のんこ、絶対お腹減りすぎて不機嫌かと思ってたのに。

 そんなときの恐ろしく鈍い動きはどこへやら。階段駆け上ってきたかと思えば、「のん、黎──」となにか言いかけた維澄兄を超物理的に、言葉通り、部屋から叩き出した。


 バタンッ


 と、ドアが閉まるか閉まらないかの状態で、あの、のんこに、両肩を掴まれた。


「ヘンな勘違いで口滑らせないでね。そんなことしたら、知らないから」


 口滑らせる相手はのんこのカレシでしょうか。そんな確認する前に、全力で縦に首振った。

 ちょ、こわ、怖い!乃々子さん!その目!眼光!どーにかして!!


「違うからね。天音が楽しく想像してることは一切ないからね。言ったからね、あたし」

「はい、聞いてました。理解しました。二股ではないんですね了解です」


 ……なんだかんだ、カレシさん大切にしてるよね。こーゆうとこ、あの人は知ってんのか?教えてあげたらどーいう反応すんだろ。面白そう。のんこ怖いからやらないけど。


「そもそも、他に好きな女いる男になんて興味ないからね、あたし」


 それは、九条くんのこと?

 あぁ、へぇー、好きな子いるんだ。そんなのにのんことふたりきりになったりしていいの?

 あっ!

 まさか、九条くんが好きなのはのんこだったりして!それにのんこが気づいてないだけで……待って。それはありえないか。九条くん、のんこの名前知らなかったもんね。


 なぁんだ、楽しい展開だと思ったのに。

 決して報われることのない片想い、それが初恋だったらなおいい。


 いや、でもまだ希望を捨てるのは早い。


 人付き合いしないのんこの名前知ってるなんてって怪しまれるのを避けたくて、知らないふりをしたというのもありえる。

 で、直接のんこへ行く前に、幼馴染みの私キッカケにして仲良くなろう──みたいな。


 うわぁ。なんか一気に九条くん愛しいわ。

 恋愛的な意味ではなく。そうだったらめっちゃ可愛いじゃん。甘んじて踏み台になってあげてもいい。

 それなら私のドレス見たいなんて言った理由のツジツマが合う。

 つまりは口実だったんだな。

 ……それはそれで、なんとなく悲しいけど。


「……ねぇ、天音。言ったそばからしてる脳内妄想の内容、当ててみようか」


 あっ。

 すいません、調子乗りました。

 反省してるからそんな救いようのない馬鹿見るような冷たい目やめてっ!


「あーあ。もう。カワイソーに」


 打って変わって、呆れたような哀れむような目を私に向けた。私になんだけど、なんだろう、私だけを見てないような感じ。誰に対して言ってんの?

 しかもそのかわいそう、とんでもなく心がこもってないよね。

 ちょいちょいあるんだよ。のんこさん、表情と言動が全くもって一致してないっての。

 小さいときは全ッッ然のんこが考えてることがわかんなくて、ずうっと維澄兄か亜澄兄にくっついてた。そうすれば、ふたりがのんこの感情の説明をしてくれるから。

 今から考えると、あのふたり、只者じゃないよね。私らが四歳のとき七歳でしょ、小学生でしょ、なんでのんこのことなにからなにまで理解できてたんだろ。妹だから?

 いや、妹って言ったって限度があるでしょうに。


「ねぇ。なに考えてんのか知らないけど、あたしはお腹すいたの」


 あ、うん。

 こういうときは分かりやすいけど。昔も今も。




 ♯




 またのんこに布団出してもらって、お互いがお互いのベッドと布団に寝っ転がったのは、もうすぐ日曜日になるって時間。

 眠い……。

 私、遅くまで起きてらんないんだよ。

 対して天音は夜中過ぎるととたんに元気になる。朝強くて夜も強いってなんなんだ。

 あ、昼間は寝てるか。

 いや、のんこの場合、時間関係ないな。暇さえあれば寝てるわ。


「ドレス完成したの?」


 眼鏡を外したのんこがちらっと部屋の隅に置いたドレスたちを見た。すぐに漫画に戻ったけど。実はあれダテ眼で、のんこはかなり目がいい。


「一着はね。黄緑色の方」


 正確に言えば、オーガンジー素材のライムミントとレモン、クリーム色の三色を幾重にも重ねて、胸の下で幅広の白いリボンで締めたドレス。

 リボンを切り返しに、下に向かってふわっと大きく広がってるスカート。それと、首から鎖骨の下までは透ける素材で、腕のも同じ素材。

 妖精のドレスのイメージを目指した。コンセプトは蝶々のサナギだけど。


「ふぅん。天音って二回に分けて出るの?」

「ううん、二着とも同時に着るよ」


 漫画から目を上げて私を見たあと、もいっかいドレスたちを一瞥して、少しだけ首をかしげた。


「なんか、共通点なくない? どうやって同時に着るの?」


 もう一着は、赤と青と紫の生地をパターンで組み合わせたテールスカートのドレス。

 後ろがドレープになってて、歩くと綺麗になびくようにめっちゃ頑張った。最初は計算とかしてたけど、途中で挫折して勘に頼ったって話は一生隠し通す。

 明日、全体にスパンコールとビーズを縫い付けて完成予定。

 うん、まあ、真逆の印象だよね。でもそれが狙いなの。


「今それ聞いちゃったら面白くないじゃん。本番まで待っててよ」

「そうだね。見るかわかんないけど」

「えっ」

「嘘だよ」


 嘘かよ。

 見に来てくれないのかと、今本気で思っちゃったじゃんか。


「楽しそうだね」

「うん」


 そりゃね。

 やりたいことが思いっきりできるわけだし。


「じゃー、本番はあたしがメイクしてあげよっか」

「えっ、ガチで!?」

「うん」


 うっそ!マジか!やった嬉しい!

 のんこはメイクめっちゃうまいの。

 維澄亜澄兄と一緒に不良グループに混じって喧嘩してた中学時代、ナメられないようになのかなんなのか、どっから見ても高校生みたいな整形メイクしてた。

 ギャルメイクが得意だから、ファッションショーみたいな、どんだけ目立つかが勝負みたいなとき、のんこはすごい。

 私がコンテストに作品出すときたまに頼んでたんだけど、面倒くさがってめったにやってくれないの。


「将来は、小夜子さんの跡継ぐの?」


 え? あぁ、んー。

 まあ、それもいいけど。


「自分のブランド持ちたい」

「あ、デザイナーになるのは決定なのね」

「うん」


 そこはね。

 ずっと、小さい頃からの夢だもん。


「そういえば、のんこって夢とかあるの?」

「んー」


 うなるような、面倒くさそうな、どうでもいいような、そんな声。


「とりあえず、働かなくても一生贅沢できる金を手に入れることかな」


 おい。クズの極みだな。

 とりあえずってなんだ。なんもとりあえずになってないし。

 ん? あ、でも。


「カレシさんと結婚すれば、叶うんじゃね?」


 なんとその人、超エリートなの。

 有名な一流大学卒、一流企業に勤める出世街道まっしぐらな文句なしに優良物件。なんで出会ったとか、なんで付き合ってんのかとか、のんこは一切なにも言わないからマジ疑問。


「なんだ、けっこー現実的な夢じゃん」


 笑ってベッド見上げれば、めっちゃ顔しかめて漫画から顔上げて虚空を睨んでた。

 え。


「結婚……。あたし、結婚とかムリだわ」

「えっ!?」

「他人の男と暮らせない」


 えぇー!

 なんだそれ、マジか!


「え、じゃあもしカレシさんがプロポーズしてきたら」

「断って別れる」

「うわ! ……うーわ!」


 なんだって……!?

 ちょ、え? 好きなんだよね?好きなのに?嘘でしょ。


「だって、想像してみなよ。アレと一緒に住んで、あのキス魔と何十年もなんて耐えらんない」


 …………惚気かよ。


「……おやすみ」

「え、うん」


 もう、しばらくはこのカップルいじるの控えよ。

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