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You always make me happy.

 





 三葉は、合図した俺に頷き返すと、サトシたちに向かって歩いていく。



 そして、サトシの友人の一人に声をかける。



「先輩!少しお時間いいですか?」



 三葉は、3年の男子からも可愛いと噂される顔を、恥ずかしそうに赤らめている。三葉を見慣れている俺でも、ドキッとしてしまう可愛らしさだ。



「あ、ああ」



 声をかけられたサトシの友人は、驚いた顔をゆっくりとドヤ顔に変えて、



「わりぃ、ちょっといってくるわ」



とサトシたちに言い残してグランドの方に三葉と離れていく。

 三葉の表情は、あたかもあこがれの相手と歩いているように、緊張と嬉しさが入り混じっている。それを見送りながら、俺はつぶやいた。



「・・・女は怖いな」


「そうっスね」


「今回は助かるけどな」


 山岡が頷いた。



 視線をサトシたちに戻すと、体格のいい2年の女子生徒が、サトシの友人を引きずっていくところだった。体育館裏と別方向に連れていく。

 彼女は腕っ節の強い、柔道部のホープだ。



「・・・女は怖いな」


「そうっスね」


「今回は助かるけどな」


 山岡が頷く。



 そうしている間に、サトシ友人の最後の一人も柔道部女子に連れて行かれ、サトシは一人になった。



「よし、サトシが一人になった」


「おお。・・・ちょっと寂しそうっスね」


「ああ。

 自分の友人たちが女子に呼ばれて、自分だけ取り残される。

 これだけでもだいぶつまらないが、帰ってきたらその話題で盛り上がるだろう?

 その時に自分だけ話すことがなかったらどう思う?」


「めっちゃ悲しいっス。そして悔しいっス」


「うむ。

 だから、自分も話に加わりたいと思うだろう。

 ・・・まあ、単純に時間潰しでもいいんだ。

 手紙のことを思い出して、体育館裏に行ってくれればな」



 この計画には、柔道部の女子の後輩が協力してくれたが、いきなり先輩を呼び出して会話を始めるのは難しいだろう。

 そこで、昨日紫乃に焼いてもらったクッキーをラッピングしたものを渡しておいた。クッキーを渡し、「卒業おめでとうございます。卒業後はどうされるんですか?」というように、会話に入ってもらうように頼んでいる。


 同じクッキーを渡すと、後でサトシたちと話をしているときに怪しまれるだろうから、クッキーの味の種類とラッピングはそれぞれで変えている。



 つまらなそうに立っていたサトシは狙い通り、体育館裏へ歩き始めた。



「サトシ一人でそっちに向かった、っと」



 携帯端末を扱い、紫乃に連絡をする。紫乃は自分用の携帯端末を持っていないので、今日は紫乃母のものを借りてきている。



「よし、山岡ありがとな。あと少し頼む」


「任せてくださいっス」



 山岡にはサトシの友人たちが体育館裏に向かった場合の足止めをお願いしている。



「ここを進みたければ、俺と決闘して屍を越えていけ! って一度言ってみたかったんスよ」


「やられるなよ。まあ女子たちが簡単に逃がすとは思わないけどな」



 山岡の軽口に答えて、俺は体育館へと走った。






 体育館に入ると、俺はステージの右側の用具入れ場へと急ぐ。

 卒業式で並べられていたイスは綺麗に仕舞われ、誰もいない静かな体育館に足音だけが響く。


 用具入れ場には普段から鍵がかかっていない。

 中に入るとフラフープやらボールやらラケットやら、体育で使う用具が並べられている。


 大きい窓が二つ、入った正面と右側にある。

 右側の窓は少し空いていて、窓の隣には背の高さほどの跳び箱がある。

 朝来た時に一番上の段を斜めにずらしておいたので、そのまま中に入り蓋をする。


 跳び箱の隙間から外を見ると、緊張した顔の紫乃が見える。



 客観的に見て、俺の行動はだいぶ怪しい。



 だが、これは大事なことなのだ。



 窓を開けているので、中からでも外の声が拾える。万が一、もじもじモードの紫乃にキレたサトシが紫乃に何かしようとしたら、助けに入るのが俺の役割だ。


 何かあったら、この跳び箱の一番上を投げつけてやろう。


 


 そんなことを考えていたら、紫乃が「あっ」と小さい悲鳴を上げた。

 遠くを見ていた目が大きく開かれる。サトシが来たか。


 跳び箱の隙間に顔を落しつけて、サトシが来ている方向を見ると、

 紫乃の姿を捉えたサトシは、驚いたように立ち止まったようだった。

 だが、またすぐに歩き始める。



 サトシが紫乃の目の前に立った。



 紫乃は、何かを言おうと口を開けたり閉めたりするが、顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。



 そして勇気を絞り出すように拳を握って、ゆっくりと顔を上げた。




「わ、私、中島紫乃といいます・・・」



「ああ。知ってる」


「えっ?」



 ぶっきらぼうに言い放ったサトシに、紫乃は驚く。



「1年のとき、同じクラスだっただろ」


「お・・・覚えていてくれたんだ」


「ああ。日直が休みのときに黒板消してたり、教室の戸締りや廊下のゴミをひろったり、やけにまじめだったから覚えてた。楽しそうだったしな」



 これには驚いた。確かに紫乃はそういう細やかな気配りをよくしているが、誰かが見ているということが少ない。さらに「楽しそう」と言った。


 なんだか面白くない。



「それで話って、何?」



 サトシの声が、心なしか優しそうなのも、とても面白くない。



「あ、あのね・・・1年生のとき、転んだ私に、「大丈夫?」って声をかけてくれて、手を引いて起こしてくれて・・・」


「それ俺のこと?」


「う、うん」


「覚えてないな」


「そ、そっか・・・」



 そっか、じゃないだろ!お礼言うんじゃなかったのか!

 お礼言って告白するんじゃないのか!


 跳び箱の中でやきもきするが、紫乃は言葉が詰まり、下を向いてしまう。




「で? 話はそれだけ?」



 少し時間が経ってからかけられたその声に、紫乃は顔を上げた。



「そ、それで・・・それが、嬉しかったの。・・・だから」



 サトシの肩がぴくりと震えた。


 そして急に紫乃を見る目が冷たくなる。 



「で、俺が忘れたことでも責めて、付け入ろうっての?「優しいことや嬉しいことをして気を持たせたのはお前だから責任とれ」ってか?

だから女は嫌なんだよ。前の女も母親も・・・チッ」


「そ、そんなこと・・・」


「俺行くわ」



 後ろを向き去っていくサトシに、紫乃は叫んだ。



「ち、違う!

 私はただ、お礼を言いたかったの。本当に嬉しかったから。

 本当に、ありがとう・・・!」



 サトシは振り向かずに歩みを進める。


 そして、



「・・・変な女」



 去り際に一言残していった。



 その表情はわからないが、語調は柔らかだった。








 俺は、跳び箱の中で携帯端末をいじり、協力者たちに「成功だ。感謝する」と告げた。


 朝、後輩たちと部室で打ち合わせをした際に、「協力の礼に」と紫乃のクッキーを渡していたので、

「幼馴染さんにクッキーのお礼を伝えてください」という三葉の言葉をきっかけに、どのクッキーが美味しかっただの、サクッとした歯ざわりがたまらないだの、クッキーの話題になっていた。



 跳び箱から出て、紫乃の側の窓を大きく開けると、ぼーっと前を向いていた紫乃がこちらを向いた。



「紫乃、嬉しそうだな」


「・・・うん。覚えてなかったのは、少しショックだったけど、やっと伝えられたから」


「お礼だけでよかったのか?」


「うん・・・前はね、つきあったりとか、そういうふうになれたらいいなって、どこかで思っていたけど・・・。不良っぽくなった頃からは、なんだかサトシ君、苦しそうで・・・それ所じゃないだろうなって、思ってたの」


「不良っぽくなったから怖いからパス、じゃないのが紫乃らしいな」



 茶化すような口調で言うと、紫乃が顔をこわばらせて返す。



「さっき、サトシくんの様子が変わったのは、さすがに・・・怖かったよ。何で怒ったのか分からなかったし・・・」



 サトシは街で柄の悪い人たちと一緒にいる。そこの女たちは彼氏がいてこそ一人前という価値観らしく、喧嘩が強くて彼女がいないサトシは女たちに狙われていたらしい。あの手この手で女に迫られているという噂があった。


 紫乃の言葉が、誰かの言葉と重なったのだろう。


 そう話すと、紫乃は悲しそうな顔をした。



「嫌なこと、思い出させちゃったかな・・・」


「でも、最後は、嬉しそうだったと思うぞ。良い方の思い出になったんじゃないか?」


「良い方の思い出・・・か」



 紫乃は空を見上げて、続ける。

 



「私ね、サトシ君との思い出を思い出す度に、幸せな気持ちになれたの。


 相手が覚えてなくても、相手のきまぐれでも、私がその時、とっても幸せだったことは変わらない。そしてずっとその幸せは私の心の中に残るの。


 思い出すたびにいつも、幸せな気持ちにしてくれるの。


 ずっと、お礼を言いたかった・・・やっと、ありがとうって言えて、本当に良かった」




 目を引く外見でもない、人見知りの紫乃。


 ずっと1つの思い出を胸に抱いて、お礼を言うために頑張って、何度も失敗しながら伝えたら、相手が覚えていなくて終わった。


 やっぱり残念な女の子だ。




 でも、その笑顔はなんて美しいのだろう。





 その笑顔を見て、幼い日の思い出が脳裏によみがえる。



 小学校にあがったばかりの頃、紫乃がクラスメイトの落し物を拾って、渡そうとした時のことだ。


「なんであんたが私のおさいふをもってるのよ!」


「こ、これ・・・ろうかに・・・」


「おどおどしないでよ。・・・もしかしてあんたがとったの?」


「ち、ちが・・・」


「うわー、ドロボー。いけないんだー」


 ざわつく教室。泣いている紫乃。俺は思わず叫んだ。


「ちがうっていってるだろ!

 ろうかにおちているさいふを、しのがひろったんだ。ほかにもみてたやつがいるぜ」


 うなずくクラスメイトを見たその女子は、紫乃を一度にらみつけて財布を奪い取って席に着いた。


「なんだよそのたいど!

 まずはひろってくれた礼だろ!そしてひどいこといったのをあやまれ!」


 くってかかる俺を止めたのは紫乃だった。


「いいんだよ、だいちゃん。りえちゃんのおさいふ、わたせてよかった」




 その時の紫乃の笑顔は、今と同じように輝いていた。





 いつもそうなのだ。

 紫乃は、周りにどんなふうに思われても、どんなに不器用でも、自分が正しいと思うことを一生懸命にする。

 その姿は、いつも俺を幸せな気持ちにさせる。


 そして紫乃は、困難だった告白を成し遂げた。

 普通の告白とは違うかもしれない。けれど彼女らしい告白。


 普通の告白は、

 「好きな気持ち」を知ってもらいたい。

 気持ちを受け入れてもらって、もっと親しくなりたい。

 そんなかんじだろうか。


 そして受け入れてもらえないと悲しむのだろうか。

 身勝手な話だ。


 ・・・でも、俺はもっと身勝手かもしれない。




 「告白された」という思い出を相手の心に刻みたい。

 特別な思い出として、ずっと、心に俺を置いてほしい。





「なあ、紫乃」


「・・・どうしたの?大介君」






「俺、お前のことが好きだ」







どうにか、一段落です!

※完成に伴い、前書きを消しています。

 完成前に読まれた方、本当にごめんなさいorz

※読み直して、手直しをしています。6月5日中には終わると思います。


ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!!

感想をいただけると嬉しいです(_ _*)

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