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will~星に願いを~  作者: 野宮ハルト
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第2話

 誰かが敷いたレールかもしれない。だけどその道を選んだのは自分で、違う道を選ばなかったのもまた自分。今居る場所に不満があるとしても、それを誰かのせいにしてはいけない。全ては、あの日『否』と言えなかった自分のせいなのだから……。


 平野に建つ校舎の屋上からは、青々と育った稲田と、まばらに立ち並ぶ住宅地、そしてこの街のシンボルとも言える、人工的で少し不自然な、富士山のような姿をした山並みが見える。

 頂をスパッと真横に切り取った様に見えるのは、この山が良質の石灰岩で形成されており、そこから採れる石灰岩がセメントの原料となる為、長い年月をかけて削り取られ続けたからだ。結果、美しかった山並みは、こんなにも歪で奇妙な姿へと変貌していった。切り崩された石材を運ぶ為、麓にあるセメント工場と山頂には、長い管のようなものが渡されていて、年々小さくなっていく山の姿と薄汚れた工場が、徐々に寂れていくこの街の姿そのものに見えて、見上げるたびいつも切なくなっていた。

 それでも、綺麗な夜空と美しい景色のあるこの町は、僕にとってかけがえのない場所だった。


「進路決めたか?」

 5月の空はどこまでも青く澄んでいて、屋上で大の字に寝転がると、自分の身体もまた、ふわふわと空に浮かぶ白い雲になったような気がした。

「んー、なりたいものはあるけど……言ったら笑われるから言いたくない」

「俺がお前の事笑ったりした事あるか?いいから言っちまえよ」


 瀧隆二たきりゅうじは、小さなこの町で生まれ、小学校の頃からずっと一緒に過ごしてきた僕の大切な親友。勉強しか取り柄のない僕と違い、リュウは勉強も運動もそつなくこなす。男気のある性格とそれに似合った凛々しい面立ちをしている事もあり、男女問わず人気があった。そんな彼が、何故僕みたいに面白味のない人間と一緒に居てくれるのか。周りの人達はもちろん、僕自身も不思議で仕方がなかった。


「じゃあ僕が教えたら、リュウも教えてよね」

「ああ」

 進路についてはこれまで何度も両親と話し合ってきたけれど、一人っ子で内向的な性格の僕は、強情で見栄っ張りな性格の母親の勢いに圧され、本当の気持ちを伝えられずにいた。

「僕は、教育学部に進んで……小学校の先生になりたい」

 誰もいない学校の屋上、リュウと二人きり。僕は思い切って、両親にも、担任の先生にも打ち明けなかった、本当の希望を口にした。

「先生かあ。圭太は子供好きだからな。うん、合ってるかもな。でもなあ、もう少しデカくならないと、圭太の方が生徒に間違えられるじゃねえか?」

「むッ、これで成長止まったワケじゃないよ。男は二十歳まで背が伸びるって、何かで読んだ事あるもん。だからまだまだ成長期……って言っても、今は停滞してるんだけどさ。それよりリュウは?進学するんでしょ?」

 僕の問い掛けに、リュウは空を見上げたまま、暫し黙り込んでしまった。

「ねえ、教えたんだから、ちゃんと答えてよ」

「ああ、俺も教員目指してんだ。高校の、だけどな」

「うわッ、先生なんて僕と同じだね。リュウみたいな先生だったら、学校に来るの楽しくなるよ」

「そうか?教師になったら、案外厳しくなったりしてな。でもなあ、大学へ通うには、何かと入用だからなあ」


 こんな小さな町では、どこの家庭事情も筒抜けで、プライバシーや個人情報なんて言葉は、有って無いようなもの。僕の家は、父親が地方公務員ということもあり、比較的安定した生活を送っていたから、金銭面で苦労を感じたことはなかった。 しかしリュウの家は、男三人兄弟で、お父さんは土木関係の仕事。そんなお父さんはお酒が好きで、たまに飲みすぎて仕事を休んでしまうらしい。その為、経済的に苦しい家計を支える為、リュウのお母さんは一生懸命働いて、子供達を養っている。そんな噂も耳にした事がある。

寂れて行く一方の町で、安定した収入を得るのは大変な事だし、それなりの収入を得る為には、長い通勤時間を掛けて他の市へ働きに出るしかない。

 リュウの家が裕福じゃないっていうのはなんとなく分かっていた。だからと言って、僕達の関係にそれが影響する事など無いと思っていた。


「でもさ、奨学金とかあるよね?」

「そうだな」

 同じ道を目指す仲間が出来た。しかもそれは、自分にとって唯一無二の親友であるリュウ。大学を卒業して、地元の教員採用試験に合格すれば、この先もずっと、リュウと一緒に居られる。そう思った僕は、リュウの夢を聞き、手放しに喜んでいた。

けれど、何だかんだ言って、恵まれた環境で育った僕はあまりにも子供で、単純過ぎたから、その時のリュウの苦悩を推し量る事など出来なかった。


 試験勉強に精を出し、模試の結果に一喜一憂しながら過ごす高校三年の生活。焼け付くような暑い夏の日が過ぎ、山々を紅く染める秋が来て、気が付けば吐く息が白い冬がやって来た。


「圭太、明日の夜出れないか?」

 リュウからそんな誘いを掛けられたのは、12月30日の事だった。

「え、初詣にでも行くの?たぶん大丈夫だと思うけど」

「じゃあ、夜の9時に迎えに行くから、ちゃんと厚着して、しっかい防寒して出て来いよ」

「うん、分かった」

 冬場でも滅多に雪が降らないこの町だけれど、年末ともなればさすがに底冷えがする。大晦日、僕はダウンジャケットにマフラー、ニット帽という出で立ちで、迎えに来たリュウと共に家を出た。

 家を出る際口煩い母親は、『受験を控えた大事な身体なんだから』、と難色を示した。しかし僕は、『合格祈願の為初詣に出掛ける』のだと食い下がった。そして『どうしても合格したいから』とダメ押しをすれば、しぶしぶながらも了承してくれた。


「こんな時間に出掛けたら、日付が変わる前に神社へ着いちゃうよ。ちょっと早過ぎるんじゃない?」

「おまえは何も気にしなくていい、黙って俺について来いよ」

僕の質問には一切答えず、黙々と歩くリュウ。この行為に何の意味があるか分からないけれど、きっとリュウの事だ、おかしな事など起きるはずが無い。僕は頼もしいリュウの背中を見詰めながら、黙って後をついて行った。


 そして歩く事2時間弱。真冬だというのに汗をかき、息を切らしながら到着したのは、町を見下ろす事が出来る山の上だった。

「何でここなの?てっきり初詣だと思ってたのに」

 お寺で撞かれている除夜の鐘の音が、森閑とした山の上にまで聞こえてくる。手軽なハイキングコースの終点となっている山頂の展望台には、大晦日の晩にまでわざわざ登って来ようという奇特な人間は僕達しか居ない。まばらに設置された街灯の明かりしかない展望台は、人気もなくしんと静まり返っていた。

「初詣で合格祈願するより、ここで流れ星に願い事しようぜ」

「流れ星って……リュウって何時からそんなロマンチストになったの?」

「さあな……」

リュウは背負ってきたリュックサックの中から、無理矢理詰め込んだ毛布を取り出すと、木製のベンチを背凭れ代わりとして地面に腰を下ろした。

冷え切った地面に敷かれた毛布は、ブランケットと呼ぶにはあまりにも無骨すぎて、何だか笑えたけれど、そんなところがリュウらしいと思えた。

「男ってのは、常にロマンチストな生き物だって言うぜ。圭太も男なら黙ってここ座れ」

 自分の横に空けておいたスペースをぽんと叩くと、リュウは気障っぽく笑った。

「ロマンか……ふふッ」

 男らしい顔に似合わない、歯の浮くようなセリフにくすくすと笑いながら、言われるがままリュウの隣へ腰を下ろした。

「そのでっかい目玉開いて、ちゃんと探すんだぞ」

 そう言ってリュウは、隣に座った僕と自分の身体に、毛布をぐるりと巻き付けた。

この辺りでは、真冬でも零下まで下がる事はあまり無いけれど、それでも、外気に晒された顔は、吹き付ける風に熱を奪われ、どんどん強張ってゆく。だけど、毛布の中で肩を寄せ合うリュウの体温はとても暖かくて、少しも寒いと思わなかった。

 澄み切った冬の夜空には、満天の星が輝いていて、白い雪の代わりに、キラキラと輝く星が降ってきそうな晩だった。見上げた夜空を流れる星はなかなか現れなくて、僕とリュウは、地面から深々と伝わる冷気に、自然と身体を寄せ合っていた。


「なかなか見えないね」

「簡単に見えたら、有難味が少ないだろ」

 そうやってどの位夜空を見上げていただろう。いつの間にか除夜の鐘の音は止み、静寂に包まれた夜の気配が、僕達に新しい年が来たことを教えてくれた。

「なんか、新年明けちゃったみたいだね」

「そうだな」

 真夜中を回り、急激に気温が下がり始めると、吐き出す息で唇が凍り付く様な気がした。僕は寒さに身を震わせながら、暖を求めて毛布を手繰り寄せた。

「寒いのか?」

 リュウの声を聞くと、寒さも眠気もどこかへ吹き飛んでしまう。

「大丈夫」

 背中にリュウの体温を感じながら、僕は流れ星を探し続けた。


「あッ」

 夜空を流れ落ちる星が長い尾を引いた瞬間、リュウの温かくて大きな手が、毛布の中で僕の手を握ってきた。あっという間に消えてゆく流れ星に、心の中で願い事を唱えながら、僕もリュウの手を握り返していた。


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