ここは地下迷宮ですか?いいえ、保護区です。
短編その一です。気が乗れば改めて連載するかもしれません。
そこは広大な地下迷宮、百階層を越えるほど地下深くまで根ざした迷宮には多くの魔物が跋扈する場所である。迷宮入り口は深い森の中心に位置し、森にも多くの魔獣や森を住処とする住民が居る。その森を人々は魔物の森と呼び恐れた。地下迷宮が難攻不落の独立都市なら、魔物の森は人外魔境である。
そんな地下迷宮を作り上げたのは独りの魔術師だった。魔術師がとある目的のために長い年月を経て作り上げた今の地下迷宮も始まりは小さな洞窟だった。洞窟に魔術師が住み着き周辺の魔物達に力を借りて少しずつ少しずつ地下迷宮を拡大していったのだ。
地下迷宮も今では魔術師一人では把握しきれないほど広大になった。地下迷宮に所属する魔物の種族も数多い。そんな偉大なる地下迷宮を作り上げた稀代の魔術師は今――。
「姫様いい加減に帰ってくださいよ!」
「いきなりなんじゃ。騒がしい」
とある理由から押しかけてきたこの国の姫を相手に泣きが入っていた。
ある日突然にお供も連れずに現れた姫は魔術師と顔見知りであるという事と自分の高い武力を頼みに魔物の森と地下迷宮を強引に突破して魔術師の居る玉座という名の仕事部屋まで押しかけてきたのだ。
当然の事ながら当時はいきなり侵入してきた姫を前にして迷宮に所属する者達は慌てに慌てた。あっと言う間に突破された事実から上へ下への大騒ぎだった。尤もそれもすぐに魔術師の知り合いであるからと落ち着いたが、二人の関係を知らない者達は侵入者である姫を迎撃しようと出撃、だが敢え無く返り討ちに遭ってしまっていた。幸いにも死者は出なかったが今も病床で呻き声を上げていたのは魔術師をして申し訳なさから頭を抱えた。
それから一年が経ったのだが姫はあろう事か『城には帰らぬ』と駄々を捏ねて居座った。ただしタダ飯喰らいは不本意であったらしく仕事もしている。人間族にしては破格の武力を持ち、こんなでも王族という事もあり教養もある。どうせ姫の気紛れだろうと考えや管理職には持って来いの人材だったので当時の魔術師は快く歓迎した。それがそもそもの間違いだったと気付いたのは一年経った今だったのはお笑いだ。勿論悪い意味で苦笑いだが。
「わかってて聞いてるでしょ?もう一年ですよ?姫様が家出してここに来てから民達の間で『あの迷宮には美しい姫様を攫った悪逆非道の魔王が居る』ってもっぱらの噂になってるんですよ?」
「そなた……美しいなどとテレるではないか」
「話しを聞いてええ!?魔王ですよ!?魔王!これってもしかしなくても俺の事じゃないですか!?ねえ!?」
つまりはそういう事だった。一年前に家出した姫を抱え込んでしまったために魔術師は悪逆非道の魔王と噂され始めたのだ。王国側も隠していた姫の不在が明るみに出てしまった事で動かざるを得ない状況になった。近いうちに討伐軍も出るという噂もあり魔術師は気が気じゃなかった。
魔術師は今日も自作の胃薬と栄養剤を手に現実と戦っていた。
「そなた何をそんなに興奮して……いや、なるほど。これが噂に聞く殿方の生理現象というものか。ふむ、ふむふむ。……よし。ならばわらわをぎゅっと抱き締めてかまわぬぞ。うむ、そなたが望むならその先も、許すゆえな」
「はあ、望み?それならお願いだから出てってくれませんかね?」
そう言いつつも魔術師はゴクリと一つ喉を鳴らした。鳴らしてしまった。
なんといっても絶世の美少女なのだ。十六歳になる姫は絹糸のような金髪に可愛らしい目鼻立ちをした美貌を持っており、身体も胸が大きく腰も括れて尻から足にかけてはカモシカのような美脚の持ち主だ。剣を嗜んでいるとは思えないほど手は綺麗で肌はシルクのようなだ。身長は百八十を越える魔術師よりも頭一つ分小さく、一見して華奢に見えるのに軍神の如く強い。
そんな美少女が冗談とは言え誘ってくるのだから堪ったものではない。魔術師も男だ。この世界に迷い込んだ事でなぜか不老となってしまい今年で二百を越える年齢だが男なのだ。美少女に言い寄られて悪い気はしない。だがこの姫はダメだ。ダメなのだ。激しく地雷な気がして手を出すには今一つ食指が動かない。こんなでも一国の姫なのだから万が一にも傷付けたら斬首刑か、最悪でも国と迷宮の間で全面戦争になりかねない。
魔術師が懐から胃薬を取り出して二錠飲み込んだ。今日も胃がキリキリ痛む。
「それだけは断る。絶対に断る。死んでアンデッドになっても断る」
「え!即答!?断言!?しかも頑なに拒絶!?なんで!?」
「うむ、それはのう……」
「そ、それは?」
今度は違う意味でゴクリと飲み込んだ。妙な緊張が二人の間を走る。
「城の生活はつまらぬのだ。言わせるなバカもの」
魔術師が某コントのようにずっこけた。心底どうでもいい理由だった、本当に。魔術師は立ち上がるも頭からダイブしたからフラフラしている。
今度は栄養剤を取り出して一錠飲んだ。
「貴女様はこの国の姫様!第一王女でしょ!よくわからないけど王族としての義務とかそんなのがあるはずだよね!」
「そのような凝り固まった考えはドラゴンに食わせてしまえばよいとわらわは思うぞ。まあそんな古臭いものは絶対に不味いだろうがな」
「言い切った!?この姫様言い切ったよ!!しかもすごい言い草!!王様が聞いたら泣くよ!?」
「あんなクソ親父の事などわらわは知らぬ。ちょっと(そなたの)話しをしたら急にお見合いがどうのと騒ぎおって。本当に死ねばいいのだ」
口を突き出して拗ねた姫が可愛らしく言うが最後にボソッと言った言葉は妙にドスがきいていて現実感があった。魔術師は困惑する。つまり今回の家出騒動は親子喧嘩が発端という事だ。魔術師や迷宮側は王国側の騒動に巻き込まれた形になる。薬を飲んだばかりなのにまたも胃がキリキリ痛む気がした。
「国王様だから!姫様のお父様で、この国の王様だから!もっと敬ってあげて!」
「そんな、そなた……お義父様と?少々気が早いのではないか?いきなり結婚など、そんな……もうっ、不意打ちとはまったく、そなたは生粋の女たらしなのだなっ」
「考えるところが違ええぇえっ!しかも意味わかんないし!?」
なんかもう色々とグダグダであった。魔術師の最後の抵抗も空しく空回りしていた。直ぐ飽きると高を括って一年間仕事を手伝わせた結果がこれだと思うと割に合わないと魔術師が泣いた。
「そもそもこの地下迷宮には多くの魔物が居るではないか。しかも皆がそなたの言う事を聞いている。魔王というのも存外に間違っていないではないか」
「違うんです!ここは地下迷宮じゃなくて魔物の保護区です!俺は、まあちょっとわけありだけどただの魔術師で副業に錬金術師してるだけで……」
衝撃の事実が今明らかになった。ここは地下迷宮ではなく保護区であり、魔物の森も人外魔境ではなく放牧地だったのだ。
どうでもいいが魔術師は姫が話しを摩り替えた事に気が付いていない。いい感じに混乱しているようだ。
「ふむ、昔からそうであったがそなたは存外に細かいのだな。魔物が多く蔓延っているなら地下迷宮も保護区も同じようなものではないか。それに地上の森は”魔物の森”と呼ばれておるのだぞ?今更変わらぬよ」
「違うから!全っ然っ違うから!ああああっもうっ!なんでこの姫様はいつもこうなんだ!?」
泣き喚く魔術師の中の何かが切れた。まだ最後の一線は踏み止まっているがその他は色々と壊滅してるかもしれない。
「そなたは一体なにが不満だというのだ?確かに顔は平凡だがそなたの気取らぬ気風をわらわは好ましく感じておる。それに魔王というが、強そうでかっこいいではないか」
「姫様がここに居るから悪逆非道って言われてんの!いい加減に一度帰りましょう、と何度言えばわかってくれるんですか!?」
嘆く魔術師を前に姫は静かにジッと見詰めてから口を開いた。
「すまない。よく聞く気がなかった。そなた今なんと言ったのだ?」
「この姫様まともに話しを聞く気すらないよ!?あああああっ!!」
まともに聞く気すらないどころか聞いてすらいない姫に魔術師が心の中で泣いた。
「何を叫んで……ああ、そうか。うむ、疲れてるのだな?そうかそうか。今日はもう休むのだ。なに、心配する事はない。後の事は全てわらわがやっておくゆえな」
ここが決め所であると確信した姫が影でニヤリと笑うと一気に畳み掛けた。泣く子に母が優しく包み込むように言い聞かせた姫は一歩間違うと妖艶ですらあった。気落ちした魔術師は気付きすらしなかったが。
「ぅぅ、もう勝手にしてください……」
「うむっ!万事わらわに任せるがよいぞ!」
やったぞ。勝った。これで一緒に居られるぞ。と了解を取り付けた姫は内心でほくそ笑んでいた。これで姫の滞在も有耶無耶にできたので城に帰る事もない。
シクシクと魔術師が泣く。クツクツと姫が笑う。
それらを影から見守る誰か。落ち込んだ魔術師の背中を見てなにやらきゅんきゅんときめいていたが魔術師も姫も気がつかなかった。
序章のような、一話限りのような、不思議な短編でした。
時々こうやって妄想を垂れ流しにします。ええ、垂れ流しです。
とりあえず思いついたアイデアを放り込む場所ですね。
今後の糧にします。アイデアは今連載中のものにコンバートされる可能性もあり、なんてねww
読者様から『こんなの書いてみてよ!』というのがあれば感想板やメッセージなどでご連絡下さい。時間を作っては短編で挙げてみようかなと考えてます。
フフフ。新しい刺激が欲しいのですよ、はい。