表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/16

2-4


「今日、イベント見に行きますから!」


 神子がいた店を出る間際に成美に神子がそう言うと、今度はちゃんとした営業スマイルで「待ってるね」と答えていた。


 やっぱり、芸能人は違うんだな。


「あ、ところで風紀センパイ」


 手招きをされ、神子に近づいていく。


「なんだよ」


「今日、明日香先輩が来るって知っていますよね?」


 その話題か、と思ってしまった。確かに、高校時代を知っている人なら、誰もが気になるであろう話題だ。


「あぁ、知っているよ」


「そうですか……。ならいいんです。じゃあ、デートの続き頑張ってください!」


 そう言って、神子は戻って行った。


「大丈夫なの?」


 さっきの会話は、成美には聞かれていなかったらしい。何かに気を使ってか、神子も小さな声で喋っていたし、当たり前といっちゃ当たり前なんだけど。


「おう、大丈夫。次どこ行く?」


 十三時まで、あと一時間程度。


「もうちょい、回ろうっ!」


 営業スマイルとは違う笑顔を向けられて、ちょっとドキッとした。こういうのも、悪くないかな、なんて思うほどに。



 

約束の、十三時までは早かった。


 ゲームをしたり、雑談するだけであっという間だった。


 明日香と別れてから、あまり女と喋る機会もなかったし、話すといっても神子ぐらいだ。


 控室に向かっている最中、前から誰かが歩いてくるのが分かった。


 成美の関係者か、また大学祭の実行委員じゃないかとは思った。


 下をむいて、歩こう。なんか、見られるの恥ずかしいし。


 そう思って歩いて、すれ違う瞬間だった。


「あれ、成美! 今から控室に?」


 聞こえてきた声。心の準備が出来ていなかった俺の心臓は持ちそうになかった。


 それぐらい、急に鼓動が早まった。


 頭によぎるのは、あの名前。


 懐かしい、あの名前。あの響き。


 もう、直接会うことはないだろうと、思い込んでいた。思いこもうとしていた。


 決めていた。


 でも、優華さんから言われた一件以来、どうしたらいいか分からなくなった。


 成美が登場したことで、逃げられないことだと思った。


 でも、違った。


 逃げようと思えば、いつでも逃げることができた。


 会わないと思えば、会わないですんだ。


 甘えが、あった。


 なのに、心がこんなに震えている。


 馬鹿だ。俺は、馬鹿だ。


「うん。  明日香  はどこ行くの?」


「ちょっとお手洗いにね。お茶飲みすぎちゃった」


 明日香。


 秋本明日香。


 あの、秋本明日香が目の前にいる。


「あれ、いつものマネージャーと違うね」


「そうそう、聞いて、明日香。この前言ったね、路上で助けてくれた人って、この人なの!」


「本当に!? こんにちは。秋本 明日香です。この前は、成美が……」


 明日香の声が途中で途切れた。


 そして、俺は顔をあげた。


 目が合う。自然なほどまでに。


「……ふ、うき?」


 涙が、出るかと思った。


 体が、自然と明日香に引き寄せられるのかと思った。


 理性が働く。衝動は抑えられた。


 でも、声は出なかった。


 久しぶりに見た、秋本明日香。芸能人の、秋本明日香。でも、俺にとっては……あのままの、秋元明日香だ。


 高校時代から、何一つ変わらない、今でも大好きな明日香だった。


「久しぶり……だね」


「……あぁ」


 困惑の顔を浮かべる成美。


「え、二人知り合いなの?」


 二人とも、成美の言葉に何も返せなかった。知り合い、というには深く関係しすぎている。


 それに、俺にとっては、知り合いで終わらせたくなかったから。


「こんなところで、何しているの?」


「ここの学生なんだ」


「……そっか」


 少し大人っぽくなった。化粧もしっかりして、こういう明日香を見たことはなかったから、少し新鮮だ。


「……じゃあ、行くね」


 明日香が、俺たちの横を通り過ぎる。


 しばらく立ち止まっていると、成美がもう一度同じ質問をしてきた。


「し、知り合いだったの?」


「えっと、高校の同級生で……」


 付き合っていた。なんて、言えなかった。


「そうなんだ。言ってくれればよかったのに」


「……ごめん。じゃあ、今日のイベント頑張って」


「うん、見に来てね♪」


 俺は、控室の前で成美と別れると、今度は上を向いて歩きだした。


 今にもこぼれそうな、この感情を押しこめるように。





 なぜか、足は亮平のもとへと向かっていた。


「あれ、風紀。どうしたんだ、その顔」


「えっと、その……」


 言わずとも、亮平は理解してくれたようだ。近くの男子学生に話しかけて、その場を離れた。


「明日香と、会ったのか」


「うん。まぁ、そういうことだな」


 なんだか、さっきまでのことが、あまりに現実味がなくて、夢の中にいるような感覚だった。


「どうだった?」


「どうって……明日香だったよ。あとは、あんまり分からなかった」


「そっか」


 意味分からない回答だとは俺も思う。でも、明日香らしさは失われていなかった。あの、輝き。オーラ。可愛さ。優しさ。笑顔。雰囲気。


「少し、大人になっていたかな」


「だろうな。もう、あいつも二十歳だしな」


「うん」


 心を落ち着かせたくて、亮平のところに来たのに、何も心境は変わらなかった。


 明日香はどう思ったのだろう。


 こんな俺を見て。


 あんなことをした、俺を見て。


「最低だ……俺」


 涙がこぼれ始めた俺の背中を、亮平はゆっくり撫でてくれた。

















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ