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2-3


 時間は待ってくれない。


 あっという間に大学祭の日となってしまった。


 あの日、成美さんと会い、別れた後すぐにメールを送った。


 その後、待ち合わせ場所と時間が指定されたメールが送られてきて、返信をすませ、連絡のやり取りは終わった。


 昨日も、一応何通か成美さんからメールが来ていたが、仕事関係の話ばかりでさっぱりだった。


 指定された時刻は、十一時。学校の裏門だそうだ。普段は使わない裏門だから、少し行くのに手間取った。


 時計に目をやると、もうすぐ十時五十分になろうとしていた。


 あと、十分ぐらい。


 大学祭の開催は、十時から。といっても、昼までは特にイベントごともなく、本番は昼から夜にかけてといわれている。


 亮平は、店の看板として駆り出されていて、今日一日自由には動けないようだ。


 大学祭は、数日に分けて行われる。


 毎年、一番盛り上がってイベントがすごいのが初日らしい。


 今日も『スペシャルゲストの秋本 明日香、金森 優華、土城 成美……』と様々な芸能人の名前を出して、アナウンスを流している。今年の実行委員の力の入れようが尋常じゃない。


 無駄に、緊張するな。

 

 あの別れ方をしてから、俺は一方的に明日香を見てきた。苦しくなるから、なるべくテレビはつけないようにしていたけど。


 ふう、とため息をつく。緊張を和らげようとおもってしたことなんだけど、まったくとして効果なし。


 人っていう文字を手のひらに書いて、食べてみる。うん、効果なし。


 じゃあこれはどうだ、手にリンゴの絵を描いてにおいをかいでみる。そうすると、人によってはリンゴの匂いがするらしい。匂いをかごうとしたところへ、下からちょんとお手を押し上げてあげると、その人の手が鼻にぶつかってイタイイタイになっちゃうっていう……。あれ、なんか途中から変になった。


 ……明日香は、俺を見てどう思うだろうか。


 成美さんは、俺のことを伝えているのだろうか。


 大きく息をすったところに、車が近寄ってくる音がした。白い車だ。俺が想像していたのは、ロケバスといわれるようなものだったけど、普通に小さい車だった。


 予想通り、車は裏口に止まり、後部座席が開く。中からは、いつもよりもお洒落な成美さんが出てきた。


 一人で。


「あれ、明日香……さんは?」


 俺がそう聞くと、成美さんは頬を膨らませ、顔を横に向け拗ねたような表情を浮かべた。


「ふん、一言目がそれ!?」


「あ、違うんだ。なんか、来るって聞いて緊張していたからさ。よこうそ、大学祭へ」


 にっこりと笑って言うと、成美さんも笑って頷いた。


 助手席から、女の人が降りてくる。スーツを着ていて、いかにも大人の女性って感じがする。でも、見た目はそこまで年齢行ってなさそう。二十代後半か?


「ごめんなさい、うちの成美がわがまま言ったようで」


 どうやら、マネージャーのようだ。


「いや、別に大丈夫ですよ。もし、成美さんに何かあって、大学に傷がつくようなことは、ここの学生としても悲しいので」


「そうですか。ありがとうございます。では、今日一日、よろしくおねがいしますね」


 マネージャーがもう一度車に乗り込むと、窓を開けて成美さんに「迷惑かけちゃだめだよ。あと、十三時に控室に来るように。分かった?」と念を押していた。


 成美さんは成美さんで、分かりました、と仕事人らしく答える。どうやら、成美さんは仕事の時間より早めにきたみたいだ。


「じゃあ、行こっか!」


 成美さんが車のほうから振り返ると、そこには芸能人としてではなく、ただの女の子としての笑顔があった。


「おっけ」


「えっと、風紀君?」


 一歩進んだところで、成美さんが立ち止まる。


「ん?」


「風紀って呼んでもいいかな?」


「え、あぁ。別にいいけど」


「じゃあ、私のことも成美って呼んで!」


 呼び捨ては、若干抵抗あるな……。


「決まりね! 今度『さん』とかつけて呼んだら、泣いちゃうんだから」


 強引に決められたその内容に、何も反論できずその場は終わってしまった。



「とりあえず、十三時まではフリーだから、一緒に回ろうね」


「まぁ、最初からそのつもりだけど」


 だって、一応はボディーガードだし。


「でも、手を繋ぐとかはNGなんだから。うちの事務所、無駄にそういうところ厳しいんだよねぇ……」


 はぁ、と成美は大きくため息をつく。その厳しさは、身をもって体感しているんだけどね。


「とりあえず、おなか減ったからご飯食べたいなぁ」


「ご飯ねぇ。大学祭だから、その辺に出店たくさんあるけど」


 ゆっくりは出来ないな。


 今日の成美は、前以上に変装とか、自分のことを隠そうとしていない。そのせいか、さっきから歩いていると、無駄に注目を浴びている気がする。遠くからは「あれ、土城 成美じゃない?」なんて声が聞こえてくるし。


「……気になる?」


「何が?」


「視線っていうか……ね」


 えへへ、と苦笑いを浮かべる成美。


「もう、私は慣れっこだけど、風紀はそうでもないかな?」


「いや、別に大丈夫だよ」


 なんたって、ずっと亮平の隣にいたのだから。高校のときなんか、それに明日香がプラスされるんだ。注目度で言ったら、今日と同じぐらいだ。


 それにしても、見られているなぁ。


 周りに視線を向ける。俺の風貌は、さほど威圧出来るほどでもない。他人から見たら、俺が成美のマネージャーのようにも見えるのだろう。


 カップルには……見えないか。


「あのぉ……成美さんですよね?」


 一人の女性が、成美に近づいていた。こういう場合は、どうすればいいんだろう。


「そうですよ! 今日のイベント、来てくださいね♪」


 営業スマイルっていうのか、どうなのか分からないけど、俺が今まで見てきた(そう日はないけど)成美の笑顔とはまた違った気がする。


「はい!」


 そう言って、女性は離れて行った。遠くの方で、友達とキャーキャー騒いでる。


「大丈夫か?」


「大丈夫だよ、慣れっこだもの。まぁ、女の子はいいけど、男性が来たらブロックしてね」


「了解」


 それから、何度か声を掛けられることが何度もあった。大体は女性だ。聞くところによると、成美は女性向けファッション誌によく乗っているらしい。男性もちょこちょこ来ているけど、そこまで面倒なやつは来なかった。一言いえば、離れてくれる人達ばかり。


「あそこなんてどう?」


 大学の校舎内に入り、ぐるぐる回っていると、成美が『キャッツカフェ!』と書かれたところを指さした。


「あぁ、いいんじゃね?」


「決まりね!」


 そのまま、一人で先に歩いていく。俺も、その後ろを少し早歩きで追いかけた。


「いらっしゃいませにゃー!」


 部屋に入ると、一斉に女の子のそう言う声が聞こえてきた。


「二名さまにゃ?」


 メイド服に似た何かと、猫耳カチューシャを被った女の人が出迎えてくれた。


「うん、二名様!」


「かしこまりましたにゃ! こちらへどうぞにゃ!」


 元気よくハキハキ喋る女の子に、なにかしらの違和感を感じながら、俺たちは席へと案内された。


「なんかすごいね、こういうところ!」


「あぁ、すごいな……」


 なんか、高校時代にやった明日香のコスプレ集を思い出す。猫耳メイドから始まり、学ランとか吸血鬼だった。どれも全部かわいすぎて、鼻血でそうだったのは言いも思い出だな。


「い、いらっしゃいませにゃん? メニューはこちらにありますにゃん」


 そう言って、メニューと水が一緒に出された。


 ……が、どこかで聞き覚えのある声だった。


「え、風紀センパイ……」


「神子?」


 お互いに目をあわせて、俺は吹き出し、神子はその場にしゃがみこんだ。


「お、おい。にゃんってなんだよ、にゃんって! お前、そういうキャラじゃないだろ!」


 笑いが止まらなくなった俺を見て、成美さんはぽかんとしていた。


「知り合い?」


「あぁ、高校の後輩でもあり、大学の後輩なんだ」


「そっか。可愛らしい子ね」


 しゃがみこんでいる神子の頭に、成美の手が伸びる。やっぱり、こいつは人形らしく扱われる才能があるらしい。


恥ずかしさもやんだのか、神子は冷静さを少々取り戻したようだ。


「こんにちは。佐原 神子です。って……え? 風紀センパイ、こちらの方ってもしかして……」


「あぁ、神子でもやっぱり知っていたか。土城 成美だよ」


「知っていたとかのレベルじゃないですよ! 大ファンです! あ、握手してください!」


「え、えぇ……」


 あまりのハイテンションに、営業スマイルが若干崩れた成美が握手をした。


「な、なんで風紀センパイと?」


「今日、成美のボディーガードしているんだ。何かと、人気者は大変らしいからな」


「ボボボボディーガードって……。これだけ見ていたら、たんなるデートですよ、デート!!」


「いや、そんな風に見えないだろ。成美と俺じゃ、格差がありすぎるって」


「まぁ、確かに……」


「納得するなよ! フォローしろよ!」


 俺がつっこむと、前に座っている成美がクスクス笑いだした。


「ごめん。こいつ、面白いやつだろ? ほら、仕事に戻れよ」


「え、あ、はい。って、違います! 早く、注文してください!」


「あれ、語尾のにゃあは?」


 俺がそう聞くと、神子は悔しそうに口をつむんで呟いた。


「ちゅ、注文してくださいにゃあ……」


 もちろん、俺の笑いが再び起こったことは言うまでもない。














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