2-1
明日香が、大学祭に来ると分かって、俺のモチベーションは確実に上がっていた。
大学祭の準備には積極的に参加をしているし、出し物を考えたりもしている。
今日も、話が終わって、学校から家に向かっている最中だった。
「やめて……」
聞き取れないほどの小さな、女の人の声。
俺は、勘違いかな、なんて思いながらも目をそっちに向けた。
そこには、四人組の男に囲まれている二十歳を超えたぐらいの女の人がいた。
周りに目をやると、気づいているけど無視して歩いている人もいるっぽい。
なんだ、この世の中は。なんて思ったのは、これが初めてでもなかったりする。
俺も男だ。ここで、この人を放っておけるほど人間終わってはいない。
一歩ずつ、その集団に近づいていく。
男四人は、壁に追い込んだ女を囲むようにしているから、俺には気づいていないみたいだ。女の人も、恐怖からか俺が近寄っていることが分かっていないようだ。それは、それで都合がいい。
とりあえず、一番手前にいる敵から処理するか。
さすがに、女性は俺が男たちの後ろにぴったりと張り付くと気づいたようだ。肝心の男たちは、女性のその表情を見ても分かっていないみたいだけど。
手前の男にむかって、背後から、少し力をいれた前蹴りを膝裏に入れる。すると、男はカクンと体勢を崩した。そこへすかさず、男の頭を横に押しやるように、片手で力任せに押した。
不意を突かれたということもあって、男は地面へと一直線。さすがに、他の男たちも気づいて、俺にガンを飛ばしてきた。
「な、なんだ、テメェはぁ!」
「いや、この人が困ってるように見えたんで……」
と、女の人を指さす。
「おうおう、カッコイイな兄ちゃん。か弱い女性を助けるために、自分が殴られに来たのかい? ひゅー、こりゃ女の子も惚れちゃうねぇ」
さっき、ガンを飛ばしてきた男とは違う人が、一歩俺に近づいて笑いながらそう言ってきた。
「お……まえ、なにすんだぁ!」
最初に倒されていた男が、起き上がって俺に立ちあがりながら拳を振り上げた。そんな、状態からじゃ、ちゃんとした攻撃は出来ないだろうに。
俺はそいつに目を一瞬向け、そのまま足を上から下に降りおろした。立ちあがろうとした反動と、俺のおろすタイミングがマッチしたのか、その場で男は意気消沈。何もしゃべらなくなった。
「おい、あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ?」
やっと、四人の中の最後の一人が喋った。こいつが、一番力が弱そうだ。腕も細いし、体つきもよくない。これで、よく喧嘩をしようと思ったものだ。
その喋った男が、勢いのまま俺に殴りかかってきた。大振りすぎて、目をつむっていてもよけれそう。
軽々サイドによけると、そいつの腹に一発拳をぶち込む。予想通り、その貧弱な体では、俺のパンチ一発食らっただけで、倒れてしまった。
残りは二人。
その二人も、少し俺に危険を感じたのか、構えをとった。
さっきの男よりかは筋がいい。でも、そんなパンチじゃ当たらない。
二人同時に攻撃をしてこれば、もしかしたら当たったかもしれないのに。
俺は、一人のパンチをよけ、あごめがけて拳を振りぬく。頭を揺らされた男は、そのまま足をふらつかせながら、地面へと倒れていく。最後に残った男は、倒れた男に一瞬目を向けた。そんなチャンスを俺が見逃さないわけがない。
すかさず、蹴りと拳をぶち込む。
「カハァッ……」
声にならない音を出し、男は膝を地面につけ、ゆっくりと倒れて行った。
久しぶりに、人を殴った気がする。拳が痛く感じた。
終わった後、視線を周りに向ければ、唖然としている人たちの顔だらけ。警察呼ばれても面倒だろうし、この場を離れるか。
「大丈夫か、あんた?」
「は、はひっ!」
「そっか、よかった。んじゃ、俺は行くから。帰り、気をつけて帰ってください」
下に寝ている男たちは、すぐには起きないだろう。それに、起きたとしても、この女性に手を出すことはしなさそうだし。
俺は背を向け歩き出した。
「あ、あの、お礼がしたいんですけどっ」
大きな声で、後ろから聞こえてくる。
「あ、別に大丈夫ですよ。それよりも、気をつけて」
「嫌です! 帰らせません!」
そういう言葉とともに、俺の気が遠くなっていった。
あぁ、この感覚も久しぶりだな。
女の人に、手を握られているのがはっきりと感じ取れた。
風が吹くと共に、目が覚めた。
目を開けると、そこには一面の青空。あぁ、綺麗だな。
って、なんか違う気がする。
体を起こすと、そこは家からも近い公園のベンチの上だった。
あぁ、そういえば、倒れたんだっけ。女性に触れられて。
情けないなぁ、っと思っていると、遠くからさっき助けた女の人がこっちに向かって走ってきていた。
「あ、目が覚めたんですね! よかったです。助けようとして、怪我されたんですか?」
「いや、違いますよ。大丈夫」
女の人が手に持っていた缶を手渡してくれた。無難に、お茶だ。うん、ありがたい。
「本当に、大丈夫です?」
「だ、大丈夫です」
顔を近寄せながら、女性は俺に問いかけてきた。
よく見ると、この人かなり美人な気がする。いや、美人というより、可愛い部類か。
「私の名前は、土城 成美です。先程は、助けていただき、本当にありがとうございました」
「いや、大丈夫ですよ。それよりも、俺も不甲斐ないところを見せてしまって申し訳ないです」
二人して謝ると、自然に笑いが起きた。
「えっと、お名前、お聞きしてもいいですか?」
「風紀……香坂 風紀です」
俺が名乗ると、女性は小さく俺の名前を復唱した。
「風紀さん、ありがとうございました。あ、私は今から少し仕事があるのでいかないといけないんですけど、もう歩けますか?」
少し、頭がくらくらするけど、これぐらいならなんとかなる。
俺は大きくうなずき、成美が去っていくのを見ていた。
ちょっとだけベンチの上で休憩してから、その場を立った。
「そういえば、さっきの人……どっかで見たことあるような?」
でも、向こうは俺のこと知らなかったみたいだし、俺も名前を聞いても何も思い出せなかったし、まぁ……似た人をどこかで見たんだろう。
「ふわぁ、なんか頭すっきりした気がする」
大きく手を伸ばし、一息ついてから家へ向かって歩き出した。