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1-5


 なんの変わりもない、普通の日だった。


 その日は、少し熱くなってきたから、アイスクリームを買いに行くついでに、ショッピングでもするか、なんて考えて家を出た。


 亮平は、モデルの仕事に出かけているらしい。うるさい奴がいない分、ゆっくり買い物できそうだ。なんてことも思っていた。


 自分好みっぽい服を見つけて、買おうなんて悩んだけど、所持金が少なくて落ち込んだりもした。


 普通の買い物中だった。


 ショッピングモールをうろうろしていると、急に後ろから名前を呼ばれた。


 「風紀っ!」


 誰だよって思って振り向くと、そこには、有名人中の有名人が立っていた。


 そう、日本で誰もが知っているあの人が。





「って、なんで俺はこんなことしてんだろう」


 俺は、ショッピングモール内にある喫茶店でパフェを食べていた。うん、やっぱり甘いものは美味しいね!


「それは、私がデート誘ったからでしょ? 風紀っ! って一度でいいから、可愛らしく呼んでみたかったんだよねぇ」


 悪魔の笑みとも言えそうな、その可愛らしい微笑み。今、売れに売れている大女優の、優華さんと一緒にいる。


「デ、デートって……そんな関係でもないでしょうに」


 それに、優華さんにはシマさんがいるじゃないか。


「え~、私は風紀君のこと好きよ?」


「……本気にしますよ?」


「えへへ、冗談よ、冗談。でも、弟みたいで大好きよ」


 優華さんも、自分が頼んだパフェを美味しそうに頬張っている。


それにしても、周りも優華さんだと気づいてもよさそうなのに、ここの店員でさえ俺と一緒にいる人物が、あの有名女優だとは気付いていない。


 まぁ、こんな一般人と一緒にいるとも思わないのだろうけど。


「ところで、今日はなんでこんなところに?」


「ただのお買い物。私も女の子だからね、一応化粧品とかは、自分で買っているのよ」


「あー、そうなんですかって……化粧品のCM出てましたよね? そういうのでもらえないんですか?」


 今、テレビをつけるとたびたび流れてくる化粧品のCMを思い出す。優華さんが、色っぽく演出されていて、ちょっとドキッってしたのは内緒だ。


「あ、見てくれたの? ありがとう! ん~、一応貰ったんだけどね、ほら、やっぱりお気に入りってあるじゃない」


「そんなもんなんですね……」


 俺なんて、シャンプー買うたびに種類が違うのに。


「ところで……明日香は元気ですか?」


「明日香ちゃん? 元気すぎるぐらいよ。最近じゃ、ハードスケジュールすぎるぐらいだしね。私が、ちょっとは息抜きも必要よ、なんて言っても聞かないぐらいなんだから」


 ふぅ、とため息を優華さんははいた。


「そう、ですか。元気そうですか。よかった」


 テレビじゃ分からないこともたくさんあるだろう。


 俺の顔を見て、優華さんは少し悲しそうな表情をした。この人も、好きな人と別れて芸能界に入ったのだ。


「そういえば、幸弘と会ったって聞いたけど」


「え、幸弘?」


 誰だ、それ。


「あぁ、えっと……シマさんよ。カメラマンの」


 その言葉を聞いて、冷や汗をかいた。なんで、優華さんがこのことを知っているのだろう?


「別に、幸弘の仕事状況をいちいちチェックしてるわけじゃないのよ? ただ、亮平君がわざわざ教えてくれるのよ」


 亮平か。確か、一度優華さんと一緒に仕事したとか言ってた気がするな。


「まぁ、はい。会いましたね」


「どうだった?」


「えっと、元気そうでした。とても、仕事熱心で……尊敬します」


「そう。なら、よかった」


 パフェの最後の一口を運んで、満足そうに頬を緩ませた。


 それから、俺がパフェを食べている間は沈黙だった。


 きっと、優華さんはシマさんのことを考えているのだろう。実際、俺も明日香のことを考えていた。


 立場は違えど、あった環境は同じ。二人とも、あの社長に半強制的に別れを要求させられた。


「そろそろ、出よっか」


 さすがに、こうも長時間いると、優華さんのことに気付き始める人が出てきたようだ。それを察知してか、優華さんは席を立った。それに続いて、俺の店を出る。


「奢るよ?」


「大丈夫です。女の人に奢られるほど、男としてのプライドを捨ててはいませんから」


 女の人に触れることはできないけど……ね。


「そう、恰好いいわね」


 なんて呟いているけど、本当の所なら女の人の分も払うべきなのだろう。でも、女優でもあり、俺の月に入ってくるお金の何十倍と持っていそうな人の分を奢るのも変だろう。


「んじゃ、どこに行こっか?」


「え?」


 てっきり、解散だと思っていた俺の度肝を抜くような言葉が飛んできた。


「じゃあ、風紀君の家に行こうよ」


「む、無理ですよ」


「なんでよー」


 と、拗ねるように頬を膨らます。うぅ、可愛いじゃないか。


「じゃあ、家来る? ここから、ちょっと遠いけど」


「遠慮しておきます」


 あの、日本を騒がしている大女優が、一般の、しかも何の取り柄もない男を部屋に呼んでいいのかよ。


「なんか、今日の風紀君は冷たいね。感動の再会だって言うのに」


「行き別れた親子みたいな言い方しないでくださいよ……」


 似たようなものでしょ、とまた笑いながら優華さんは呟いた。


 似ても似つかないでしょ、俺たちの関係。ただの、先輩後輩です。


「あ、そうそう……」


「どうしたんです?」


 急に立ち止まって、優華さんは手のひらを一度、ポンっと叩いた。


「まだ、未発表なんだけど、大学祭に大学お邪魔することになったから。スペシャルゲストの明日香ちゃんと私と、もう一人事務所の子でね」


 大学祭。それは、夏休み前の最大イベント。俺たちの学校は、学園祭らしきものが年に二度ある。夏に入る前の大学祭。そして、十二月に行われる年末祭(別名、クリスマス祭)


 毎年、二つのイベントでは豪華キャストを呼んでいるらしい。去年は、有名な声優さんだったとか。あまり、興味がなくて覚えてないけど。


 それにしても、明日香が来るっていったい……どういうつもりなんだ。


「……どうしたの? 大丈夫?」


「い、いや別に」


「まぁ、詳しい話はまたするわ。じゃあ、また今度会おうね」


 バイバイと手を振りながら、困惑している俺を置いてけぼりにしていった。






「――という、話があったんだ」


 優華さんと別れ、家に着き、亮平の帰りを待って俺は今日あった話をした。


「そうか、それは未情報だったな」


 さすがの亮平でも、まだ入手できていなかったらしい。


「本当だと思うか?」


 俺の質問に、亮平は即答した。


「本当だろ。優華さんが、そんな嘘をついても何の利益もないからな。そもそも、優華さんがショッピングモールにいたことに俺は驚きだ」


「なんで?」


 手をあごにあてて、亮平は考え始めていた。


「確か、今日は東京でイベントがあったはずなんだ。昼だったから、終わってすぐ向かえば、風紀に会う時間に間に合うだろうけど……」


 本当に急げばなんだ、と念を押された。


「どういうことなんだ?」


「さぁ、俺にもサッパリ。もしかすると、その情報を、いち早く教えてあげたかったのかもしれないな。まぁ、俺らが深く考えたところで、この結果は変わらないんだ。今のところは喜ぶとしよう」


「……まぁ、そうだな」


 とりあえず、明日香が今度の大学祭に来るということは確定したらしい。本当のところ、嬉しいのか、悲しいのかは分からないけど。


「一番分からないのが、あの社長がどうして風紀のいる学校に、キャストとして明日香を送り込むことを許したか……だ」


「だよな」


 俺の今通っている学校は、もちろん明日香の事務所の社長も知っている。なにせ、この部屋を用意してくれたのは社長なのだから。


「まぁ、今考えても何もできないよ。むしろ、風紀も俺も喜ぶべきだろ? だって、高校の同級生が来てくれるんだから」


 な? と、笑みを作って亮平は念を押してきた。確かに、喜ぶべきだろう。ここで考えても、亮平の言うとおり何かが変わるわけではない。今は、明日香が喜んでくれるような学園祭にするべきだよな。


「んじゃ、俺は明日も朝早いから寝てくるな」


 亮平が時計に目を向けるのにつられ、俺も今の時間を見た。


 時刻は、夜の二十三時を回ったところ。


「あぁ、悪い。もうこんな時間か」


「いや、俺的にも嬉しい話だったし」


 亮平は玄関に向かいながらそう呟いた。亮平も、昔は明日香のことが好きだった。今はどうかは知らないけど、友情だけだと願いたい。















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