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 日曜日。なんてことはない、いつもの朝を迎えた。確か、今日は亮平が撮影の日だった気がする。大体の大学生は、休日にはアルバイトに出かけることが多いらしい。亮平も遊ぶお金や、欲しいものを買いたいという理由も含め、今の仕事をしているんだとさ。しかし、俺は休日は暇を持て余している。何度かアルバイトをしようかと考えたけど、使いもしないお金を無駄な労力を使って貯めるというのは気がひける。


 一人暮らしでは、そう簡単に貯金は出来ないらしい。家賃が安いということもあるが、毎月の仕送りのお金が高校時代に比べて格段に上がった。この数年間で何があったんだ、あの親たちは。……なので、十分に生活していける費用は持っている。


 いつも休日は、亮平と遊ぶか、家でゴロゴロするかのどっちかなんだけど、亮平はいないし、家でじっとしている気分でもなかった。


「買い物するか」


 ふと思い立って、財布の中身を見てみる。うん、十分なお金はある。まだ昼前だし、ついでにご飯も食べてこよう。


 身なりを整え、靴を履いてドアを開いた。心地よい風が俺の頬を撫でる。年月が経つのは早い。いつの間にかこの環境にも慣れ、彼女の笑顔を思い出すのもあまり心苦しくなくなった。完全とは言わない。言えない。だけど、確かに時間と共に気持ちは慣れてくる。大きな岩の塊が、年月と共に風化で削れて行くような感触だった。


 しばらく歩くと、ショッピングモールが見えてきた。俺と亮平はここによく買い物に来ている。結構マイナーも物も置いてあるし、品揃えもいい店もたくさんある。二人で引越しに来たときはよくここを利用したものだ。


「あれ、風紀先輩?」


 中へと入ろうとすると、後ろから声が聞こえてきた。


「あれ、神子じゃん。どうしたんだよ、こんなところで」


「風紀先輩こそ、どうしたんですか! 私は、ちょっと買い物に来ただけですけど……」


 後ろを振り向くと、ポニーテールの神子がいた。大学に行くときはちょっと大人しい目の格好をしているけど、今日はちょっと大胆というか、露出が激しい気がする。太ももがほとんど出ている短パンに、襟がだらっとしているTシャツ。確かに、今日はいつもよりは暑いがそこまでするほどじゃないだろうに。


「いきなり黙らないでください!」


 いつもと違う神子を見ていたら、うっかり喋るのを忘れていたみたいだ。


「ごめん、ごめん。今日、亮平が撮影で暇だから、ぶらぶらしにきたんだ。この辺だったらウィンドウショッピングも出来るからな。もうすぐ昼だからご飯も食べられるし」


 そう言うと、今度は神子が黙ってしまった。うん、確かに、いきなり黙られると不安を覚えるな。


「なら、私と行動しましょう! ね、決まりです」


 神子はそう言うと、俺の腕を掴もうとしてきた。いや、待て。


「ちょ、神子!」


 俺は神子の手から、避けると一瞬固まった。


「ち、違うんだ。その、な」


 神子の表情は固まっていたが、すぐに笑顔を取り戻して「冗談ですよ、調子に乗っちゃってごめんなさい」と可愛く謝ってきた。


 見ての通り、俺の女性恐怖症が治ることはなかった。慣れ、があるとしても、最近の俺は慣れには程遠い環境にいる。確かに、亮平と一緒にいると女が寄ってくるが、俺には近寄ってこない。女ごとになると、存在ごと消された感じだ。


 ちなみに、高校時代の後輩である神子にはいまだこの事を言っていない。彼女自身、俺が女と関わるのが好ましくない、程度にしか思っていないと思う。


 俺より半歩前を歩く神子を横目で見ながら、休日を満喫することにした。こうやって、隣で女の子と買い物する機会なんてものは、高校卒業以来なかったし、明日香が家を出て行ってからは一度も経験したことはなかった。


「先輩、どうしたんですか?」


「あ~、なんか懐かしいなって思って」


「懐かしい?」


「なんかお前と歩いていると、高校時代に戻った気分になるよ」


 そう言うと、神子はいきなり足を止めた。


「なんかあったか?」


「なんでもないです。行きましょう!」


 神子は何事もなかったかのように、元気よく再び歩き出した。


 歩き出して数分。目的地があるのか、神子についていく形で俺は歩いている。別に、何かを買いに来てここに来たわけではないのだが、行き着く先を知らずにただ歩くのはちょっとばかり怖い気がする。


「なぁ、どこにいくんだ?」


「ん~、下着売り場?」


「却下しよう。というか、そういう冗談を言うキャラじゃないだろ?」


「そうですかね? 風紀野郎先輩をいじるのは楽しいんで」


 神子は無邪気な笑顔を見せた。大学に入ってから、少しずつだが大人になるはずの神子が、どんどんと子供っぽくなっていっているような気がする。とはいっても、高校時代の神子を部活動以外であまり見かけたことは無いのだが。


「だ~か~ら、風紀野郎ってのはやめろっていってんだろ?」


 分かっているのか、分かっていないのか、適当な返事をして神子は少し歩くペースをあげる。なんだかんだ話を逸らされちゃったな。このまま本当に下着売り場に行ってしまったらどうしよう。


「風紀先輩、これが欲しいです」


 行き着いた先は、小物売り場でもなく、服屋でもなく、下着売り場でもなく、ゲームセンターだった。


「え、あ、おう」


 神子が指差してる先にあるのは、透明のボックスに入っている少し大きめのクマの人形。いわゆるUFOキャッチャーだ。


 ちなみに、UFOキャッチャーは得意ではない。今まであまり経験もないし、明日香とたまに遊びに行くぐらいだった。亮平とはこういうところにあまり来ないし。


 とりあえず200円を入れてみる。300円入れると、200円一回のところを三回出来る。一回で取れるとは思っていないが、一度目は様子見ということで。


 アームが俺視点で丁度真上に来ている。隣にいる神子は苦笑いしているが。


 当然のごとく、一度で取れるわけもなかった。というか、触れることすら出来なかった。


「風紀先輩……」


 かわいそうな目で見ないでくれ、お願いだから。


「任せろ、任せろ!」


 心に火がついた。いや、別に神子にかっこいいところを見せたかったわけではなく、俺の負けず嫌いの火がついただけ。


 それから30分。


 使用金額5千円。


 得たものは思い出だけだった。


「もう、いいよ先輩」


「待て、まだやれる。俺は!」


「いいんだって、先輩! もうやめて!」


 そんな無駄な悲劇を見て思ったのか、店員さんがこっそり一度で取れそうな場所に動かしてくれた。


 それでも600円使ったんだけど。


 クマの人形を欲しがっていた神子に渡す。びっくりしているのか、どうしたのか一瞬二人とも黙ってしまった。


「あ、ありがとうございます」


「う、ん」


 なんかごめん。けど、喜んでくれてるみたいで良かった。


 頬が緩んでる神子を見て俺はなんか嬉しくなった。


「先輩、ついでにあれもやりましょうよ!」


「いや、あれって……マジ?」


「マジです、マジマジです!」


 今度は俺らが白いボックスに入る番となった。別にUFOにさらわれたわけでも、アームで取られるわけでもない。写真を撮られるだけだ。


 『背景を選んでね♪』


 可愛い声が機械の中から聞こえてきた。確かに、プリクラ機に入るのは初めてではない。しかしながら、後輩とこういうのをするっていうのは何か違和感がある。


「ほら、先輩笑ってください。変な顔が映像に残っちゃいますよ?」


「変な顔って言うな」


 そんな和やかムードで撮ったプリクラは何か自分でも恥ずかしく思うぐらいに恋人ぽかった。





「今日はありがとうございました! 私の家、ここからすぐなんで」


「そっか。気をつけてな」


 交差点で神子に別れを言うと、俺は自宅へと向かった。





「なにこれ?」


 神子とゲーセンに行ったり、プリクラ撮ったり、色々して遊んだ日の夜。俺の家で晩御飯を食べ終えた亮平が、財布の上に投げ出したままだったプリクラに気付いた。


「ん、神子が撮りたいって言い出したからさ」


「え、デート? お前等いつの間にそんな仲に!」


「は? え、あぁ違うよ。今日、ぶらぶらしていたらたまたま神子に会ってさ。その流れで遊んだだけだよ」


「ブラブラとかタマタマとか……いやらしい!」


「何がだよっ!」


 亮平の手からプリクラを奪い返すと、ひっそりと財布の中にしまった。


「それにしても、神子が風紀とねぇ」


「違うッつーの。そんなじゃないって。お前だって、道端で神子とばったり会って、なおかつ、とてつもなく暇で、なおかつ神子がいつもよりハイテンションで強引に誘われたら断れるか?」


 数秒考える振りをして、亮平は一度おおきく頷いた。


「そんな状況にならない」


「それを言うなよ。俺はお前と違って暇人なんだからな……」


 バイトをしていない俺は、日常がとてつもなく暇だった。別にバイトを始めてもいいんだけれど、毎月親が払うお金で十分に一ヶ月をやっていけるのだ。家賃だって笑えるほど安いし。


 俺とは違って亮平は、親に多少無理を言って出てきたのだからと言って、家賃や食費はほとんど自分でまかなっている。亮平の親が送りつけてきている仕送りは、全部貯金に回しているそうだ。まぁ、モデル料は一ヶ月はやっていける金額が入っているのだろう。


「風紀、暇なお前に相談があるんだが」


 事実暇なんだが、直接言われるといらって来ますね。


「なんだ?」


 財布を机の上において、俺は亮平のほうへと振り返った。


「来週の土曜日は暇か?」


「……おう」


 さっき、暇人だって言ったばかりなのに。


「付き合ってくれないか?」


 本当に暇で、特にすることも無かったから、何も疑うことなく俺は頷いた。



















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