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鼓動が早まる。ドキドキが止まらない。
トイレに駆け込んだ私は、声を押し殺して泣いた。
「なんで、風紀が……」
いるのだろう。
今まで抱え込んでいた気持ちが、私の中で爆発したのが分かった。
風紀の顔、風紀の声……すべてが久しぶりだった。
急にいなくなった風紀。理由さえも分からず、私は混乱に陥っていた。
あの頃は、泣く日々が続いた。次第に、落ち着いて行き、そこへ社長と、優華さんからある事実を聞かされた。
風紀が離れていったのは、私のためだって。
ほしいものを手に入れるためには、何かを捨てなければいけない。
私は、女優という職業になるために、風紀を捨てた。ううん。風紀が、私のために離れていった。
でも、私は言った。風紀に、しっかりと口に出して言った。
心で抱えるだけじゃなく、しっかりと形に出して伝えた。
離れないでって、風紀と一緒がいいいって。
あの時、もっと言っておけば。……でも、もう遅い。
真実を聞かされて、落ち込んでいた私に、優華さんが声をかけてくれた。
「明日香ちゃんが頑張れば、風紀君は明日香ちゃんのことを見れるんだよ。だから、頑張らなくちゃ。風紀君のために」
もう一度、会えることを願って私は頑張った。この三年間。
でも、時間がたつにつれ、風紀は私に会いたくないんじゃないかって思うようになってきた。
よく分からなくなってきた、この頃。
今、風紀に会うなんて。
「明日香、大丈夫ぅ?」
外から、心配そうに声をかけにきてくれた成美の声が聞こえてきた。
「う、ん。大丈夫だよ」
「どうしたの? 声、変だよ?」
「えっと、うん。大丈夫だから……」
「……そっか」
成美の寂しそうな声がトイレに響いた。
「ごめんね」
「ううん。控室で待ってるから」
成美がトイレから出ていく音がする。
私は、風紀に会いたかった。それは確かだったのに。
「何も……言えなかった」
風紀の顔を見て、何もしゃべれなくなった。声が心に詰まって。
「ふうきぃ……」
目をつむると、風紀の顔が頭に浮かんできた。
「今日のゲスト、女優の秋本 明日香さん、金森 優華さんと、土城 成美さんです!」
打ち合わせ通り、実行委員の人が紹介してくれるのと同時に、私たちは壇上へと上がった。
今日のイベントは、大学祭で軽い話をするだけらしい。
トイレから戻った私は、控室にいる優華さんと目が合った。
優華さんは、どうやら風紀がこの大学にいたことを知っていたみたいで、私の顔をみて察すると「風紀君に……会ったの?」と話しかけてきた。もちろん、成美もその場にいて、何も知らない成美は話に参加してくる形に。
「え、優華さんも風紀と知り合いなの?」
「そういう成美ちゃんこそ、風紀君のこと知っているの?」
優華さんは風紀と同じ高校出身だということ、成美は路上で助けてもらったことを話した。
「そっか。確か、明日香と優華さんも後輩で……って、え!? もしかして、風紀って明日香の同級生なの? さっきも、知り合いみたいな感じだったし」
「う、うん。同じ部活で……」
「本当に!? じゃあ、風紀のこと、いろいろ知っているんだ?」
「それなりには……」
私が返答に困っていると、優華さんが助け船を出してくれた。そのまま、少しずつ話はずれていき、本番となった。リハーサルは、軽い打ち合わせのみ。正直、今日はあまり気分が乗っていなかった。
「本日、イベント前、大学の正門前には質問BOXというものを用意させていただきました。御三方にその中から選ばれた質問させていただきます」
「破廉恥なのはNGなんだからね!」
隣にいる成美が、笑顔でそう答える。私も優華さんも、一緒に軽く笑った。
このイベントを見に来てくれた人は、大勢いる。こうやって見るだけでも、何百人単位だろう。もしかすると、この中に風紀がいるかもしれない、なんて考えると、ちっとも落ち着けなかった。
「ペンネーム、パパイヤさんから頂きました。明日香さんの、理想の男性を教えてください。だそうです。どうでしょうか?」
理想の……男性。
ぱっと思いつくのは、やっぱり彼だった。
「そうです……ね、とても頼りがいがある人です」
「具体的に言いますと?」
「何からでも守ってくれる人がいいですね」
「おっと、それは喧嘩が強いとかでしょうか?」
「殴り合いが強いとかは置いておいて、どんな状況でも私を守ってくれるような男性がいいです」
……風紀がそうだったから。
「なんて頼もしい男の人なんでしょうかね。では、次の質問にいきたいと思います……」
そう言って、イベントの時間は過ぎていく。
ふっと、目をお客さんのほうに向けた時だった。一瞬、何かが映った。
むしろ、その映像が、私の中に入り込んできた。
そこには、風紀がいた。よく見てみると、その隣に亮平君もいる。
「では、本日のイベントはこれにて終了となります。金森優華さん、秋本明日香さん、土城成美さん、本当にありがとうございました」
そう聞こえてくると、私はすかさずにっこりと笑みを作った。こうやってするのも、もう慣れてしまった。
風紀が気になりつつ、私はステージを後にする。
「なんか、楽しかったねぇ」
成美が私の背後で楽しそうに話しかけてきた。心情を知っている優華さんは、苦笑い。
「そ、そうだね」
「どうしたの? 気分でも悪いの?」
「え? いや、全然! 大丈夫だよ!」
「そっか! じゃあ、これから一緒に大学祭回らない?」
確か、このあとは何も用事がなかったはず。明日も久しぶりの休みで、ゆっくりしようと思っていただけだし。
「いいよ。いこっか」
何も考えずに返答したことを、私は後悔した。