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3-3


 鼓動が早まる。ドキドキが止まらない。


 トイレに駆け込んだ私は、声を押し殺して泣いた。


「なんで、風紀が……」


 いるのだろう。


 今まで抱え込んでいた気持ちが、私の中で爆発したのが分かった。


 風紀の顔、風紀の声……すべてが久しぶりだった。


 急にいなくなった風紀。理由さえも分からず、私は混乱に陥っていた。


 あの頃は、泣く日々が続いた。次第に、落ち着いて行き、そこへ社長と、優華さんからある事実を聞かされた。


 風紀が離れていったのは、私のためだって。


 ほしいものを手に入れるためには、何かを捨てなければいけない。


 私は、女優という職業になるために、風紀を捨てた。ううん。風紀が、私のために離れていった。


 でも、私は言った。風紀に、しっかりと口に出して言った。


 心で抱えるだけじゃなく、しっかりと形に出して伝えた。


 離れないでって、風紀と一緒がいいいって。


 あの時、もっと言っておけば。……でも、もう遅い。


 真実を聞かされて、落ち込んでいた私に、優華さんが声をかけてくれた。


「明日香ちゃんが頑張れば、風紀君は明日香ちゃんのことを見れるんだよ。だから、頑張らなくちゃ。風紀君のために」


 もう一度、会えることを願って私は頑張った。この三年間。


 でも、時間がたつにつれ、風紀は私に会いたくないんじゃないかって思うようになってきた。


 よく分からなくなってきた、この頃。


 今、風紀に会うなんて。


「明日香、大丈夫ぅ?」


 外から、心配そうに声をかけにきてくれた成美の声が聞こえてきた。


「う、ん。大丈夫だよ」


「どうしたの? 声、変だよ?」


「えっと、うん。大丈夫だから……」


「……そっか」


 成美の寂しそうな声がトイレに響いた。


「ごめんね」


「ううん。控室で待ってるから」


 成美がトイレから出ていく音がする。


 私は、風紀に会いたかった。それは確かだったのに。


「何も……言えなかった」

 

 風紀の顔を見て、何もしゃべれなくなった。声が心に詰まって。


「ふうきぃ……」


 目をつむると、風紀の顔が頭に浮かんできた。





「今日のゲスト、女優の秋本 明日香さん、金森 優華さんと、土城 成美さんです!」


 打ち合わせ通り、実行委員の人が紹介してくれるのと同時に、私たちは壇上へと上がった。


 今日のイベントは、大学祭で軽い話をするだけらしい。


 トイレから戻った私は、控室にいる優華さんと目が合った。


 優華さんは、どうやら風紀がこの大学にいたことを知っていたみたいで、私の顔をみて察すると「風紀君に……会ったの?」と話しかけてきた。もちろん、成美もその場にいて、何も知らない成美は話に参加してくる形に。


「え、優華さんも風紀と知り合いなの?」


「そういう成美ちゃんこそ、風紀君のこと知っているの?」


 優華さんは風紀と同じ高校出身だということ、成美は路上で助けてもらったことを話した。


「そっか。確か、明日香と優華さんも後輩で……って、え!? もしかして、風紀って明日香の同級生なの? さっきも、知り合いみたいな感じだったし」


「う、うん。同じ部活で……」


「本当に!? じゃあ、風紀のこと、いろいろ知っているんだ?」


「それなりには……」


 私が返答に困っていると、優華さんが助け船を出してくれた。そのまま、少しずつ話はずれていき、本番となった。リハーサルは、軽い打ち合わせのみ。正直、今日はあまり気分が乗っていなかった。


「本日、イベント前、大学の正門前には質問BOXというものを用意させていただきました。御三方にその中から選ばれた質問させていただきます」


「破廉恥なのはNGなんだからね!」


 隣にいる成美が、笑顔でそう答える。私も優華さんも、一緒に軽く笑った。


 このイベントを見に来てくれた人は、大勢いる。こうやって見るだけでも、何百人単位だろう。もしかすると、この中に風紀がいるかもしれない、なんて考えると、ちっとも落ち着けなかった。


「ペンネーム、パパイヤさんから頂きました。明日香さんの、理想の男性を教えてください。だそうです。どうでしょうか?」


 理想の……男性。


 ぱっと思いつくのは、やっぱり彼だった。


「そうです……ね、とても頼りがいがある人です」


「具体的に言いますと?」


「何からでも守ってくれる人がいいですね」


「おっと、それは喧嘩が強いとかでしょうか?」


「殴り合いが強いとかは置いておいて、どんな状況でも私を守ってくれるような男性がいいです」


 ……風紀がそうだったから。


「なんて頼もしい男の人なんでしょうかね。では、次の質問にいきたいと思います……」


そう言って、イベントの時間は過ぎていく。


 ふっと、目をお客さんのほうに向けた時だった。一瞬、何かが映った。


 むしろ、その映像が、私の中に入り込んできた。


 そこには、風紀がいた。よく見てみると、その隣に亮平君もいる。


「では、本日のイベントはこれにて終了となります。金森優華さん、秋本明日香さん、土城成美さん、本当にありがとうございました」


 そう聞こえてくると、私はすかさずにっこりと笑みを作った。こうやってするのも、もう慣れてしまった。


 風紀が気になりつつ、私はステージを後にする。


「なんか、楽しかったねぇ」


 成美が私の背後で楽しそうに話しかけてきた。心情を知っている優華さんは、苦笑い。


「そ、そうだね」


「どうしたの? 気分でも悪いの?」


「え? いや、全然! 大丈夫だよ!」


「そっか! じゃあ、これから一緒に大学祭回らない?」


 確か、このあとは何も用事がなかったはず。明日も久しぶりの休みで、ゆっくりしようと思っていただけだし。


「いいよ。いこっか」


 何も考えずに返答したことを、私は後悔した。






















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