3-2
気持ちが落ち着いたとかじゃない。
別に、忘れたとかじゃない。
でも、時間っていうのは残酷だ。
時が経てば経つほど、慣れていく。この環境にも、この感情にも。
風紀と別れてから、三年の月日が流れた。
風紀への気持ちは変わっていないし、この業界に居ればカッコイイと思える人も出てくる。
でも、何も気持ちは動かなかった。
何度か、食事に誘われて、ついて行ったりしたけど、それはただの社交辞令。
私の中の寂しさは、忙しさと時間という慣れで埋まっていった。
「明日香さん、出番でーす」
控室にいた私は、スタッフさんの声で我に戻った。
そういえば、最近、成美がとてもテンション高いメールを送ってきたり、電話がかかってくる。
内容はいつも同じ。
『白馬の王子さまがやってきたの!』
今回は、カッコイイとかそういう次元じゃないようだ。私には、よく分からないけど。
聞くところによると、路上で絡まれているところを、男の人が成美を助け出してくれたらしい。なんとも、勇気のある青年だ。
でも、私もそういうことがあったっけ……。
風紀が、私を助け出してくれた時。男の人たちに絡まれていて、怖かったのに、風紀は一蹴してくれた。
「明日香、大丈夫か?」
渡利さんが、私を控室に迎えにきてくれたらしい。
「うん、大丈夫です」
私は立ち上がって、スタジオへと向かった。
「そういえば……」
渡利さんが急に喋りだす。
「どうしたんです?」
「今度、事務所の子達何人かで大学祭行くからね。優華さんも、成美ちゃんも一緒だ」
「なんか、珍しいですね。大学祭に呼ばれるなんて」
「どうも、そこの理事長さんが、明日香のファンみたいで……」
そう言われると、なんだか照れくさくなって笑っちゃった。
「社長も、そこの理事長さんには良くしてもらっているらしいから、断るに断り切れなかったみたいなんだよね」
「そうなんですかぁ」
「これは、大学では当日発表ってことになっているから内緒だよ」
「分かりました」
「でね、ここからが本番なんだけど……」
急に、少し小さめに喋りだした渡利さん。私も立ち止まって、渡利さんの声に耳を傾けた。
「どうやら、亮平君の大学らしいんだ」
これは、噂だけどね。と渡利さんは言葉を付け加えた。
「もしかしたら、会えるかもしれませんね」
「あぁ。別に、イベント時間以外は自由に行動していいからね」
「たぶん、成美も行くなら、一緒に回ろうって誘われますよ。あの子の性格なら……ね」
「そっか。まぁ、日ごろの疲れを取る感じに楽しんでくれ」
渡利さんはそういって、私のそばから離れた。
スタジオまであと少し。亮平君の名前を聞いただけで、少し鼓動が速くなった。
私の中の『もしかしたら――』という気持ちが芽生えてしまったから。
案の定、その日の夜に、成美からメールが来て、一緒に遊ぼうっていう話になった。
亮平君も、モデル活動で一躍有名になっているし、大学ではそう自由に動けないだろう。回っていれば、その辺で会えるかもしれないし。
その日はずっと、鼓動が早まったままだった。
私の寿命、ちょっと縮んだんじゃないかなってぐらいに。
そして、時間が過ぎるのは早かった。
あっという間に、大学祭の日を迎えた。
どうやら、成美は先に大学へと向かっているらしい。何も言わないんだから、あの子は。
大学の裏門につき、大学祭の実行委員らしき人に控室に案内をされる。
控室前では、私と同じ年ぐらいの男の人が、サインを求めてきた。これも、芸能界活動の一環だし、断るわけにもいかず、笑顔でサインをする。
控室は、大学の空き室っぽいところだった。
でも、お菓子とか、飲み物はしっかりと完備されている。
「なんか、いつもより緊張する……」
あまり、同世代の人たちの前で仕事をすることが今までなかった。仕事のほとんどがドラマや映画の撮影だったし、テレビにでも、年上の人達ばかりだったから。
「明日香なら大丈夫だよ」
そう言って、渡利さんはいつものように、私の頭を撫でてくれた。
この仕草は、結構好きだったりする。でも、許せるのは渡利さんだからってだけで、他の男の人にされても嬉しくないだろう。
風紀に限っては、私に触ることすらできないし。
「はぁ、何考えているんだろ……」
ため息が出てきた。こんなに時間が経っても、風紀のことを考えてしまうなんて。
「私、ちょっとお手洗い行ってくるね」
渡利さんに一言かけて、私は部屋を出た。
確か、トイレは右側に行ったところにあるって言ってたっけ。
私は、実行委員会の人が言っていたのを思い出しながら、少し広めの構内を歩く。
すると、前から楽しげな話をした声が聞こえてきた。
ここって、関係者以外立ち入り禁止じゃ?
私は不思議に思いながらも歩き続けると、前から見知れた顔が現れた。
「あれ、成美! 今から控室に?」
「うん。明日香はどこ行くの?」
「ちょっとお手洗いにね。お茶飲みすぎちゃった」
成美とそう会話していると、隣にいる私服の男の人に目がいく。あれ、この感じどこかで……?
「あれ、いつものマネージャーと違うね」
不思議に思った私は、勝手に言葉が出ていた。
「そうそう、聞いて、明日香。この前言ったね、路上で助けてくれた人って、この人なの!」
まさか、この大学の人だったとは。だから、成美はイベントの時間よりも、先に来ていたのかな。
うつむいている男の人。恥ずかしいのか、何か分からないけど、私は友人を助けてもらった人に挨拶をしなくちゃいけないよね。
「本当に!? こんにちは。秋本 明日香です。この前は、成美が……」
でも、途中で気づいた。この雰囲気、この感じ。
昔、感じたことある空気。
もしかして、この人……
そう思っていると、すっと男の人の顔が上がる。
目が合った。自然なほどまでに。
まさか、私の『もしかして――』が現実になるなんて。
ねぇ、どうして……居なくなったの?
どうして、私を置いていったの?
今、あなたはどう思ってるの? 教えてよ……
「……ふ、うき?」