3-1
『お掛けになった電話番号は現在使われておりません。こちらは……』
「秋本 明日香さん、出番です。準備お願いします」
「わかりました。今行きます」
私が、風紀のもとを離れてから半年。あれ以来、風紀から連絡が途絶えてしまった。
亮平君に電話をしても、同じ結果だった。沙希に電話をしてみたら、風紀が何処に行ったか知らないという。亮平君は横浜の大学に進学したとか。
社長を問い詰めたこともあったが、何も答えてはくれなかった。
私は今、女優を目指して頑張っている。高校に入ってから、映画研究部に所属して、演技をして、その映像を楽しんでくれる人がいる。私は感動を覚え、女優の道に行きたいと思っていた。
しかし、それは風紀の嫌がること。私だって、風紀が私だけのじゃなくなるのは耐えられない。絶対に嫌だ。だからこそ、私はこの道を諦めていた。だけど、風紀は私に女優になれと言ってきた。そう話してきたときの風紀の顔は、笑っていたけれども、とても苦しそうだったのを覚えている。
「大丈夫か?」
マネージャーの渡利さんが、ボーっとしている私に話しかけてきた。どうやら、撮影の出番が回ってきたらしい。私は渡利さんに返事をすると、カメラの向こう側へと歩き出した。
「よう、明日香」
「龍先輩! こんにちは。この度は、役に選んでくださって、ありがとうございます!」
風紀にも事情があるのだろう。そう思って、私はこの仕事を頑張って続けようと思う。
「何だよ、今更。お前は高校時代から、立派な女優だ。ここだけの話だが、日本の女優でまともなのは、そういない。それに、今回の役に合うのはお前しかいないと思ってな。姉貴の力を借りて、お前を無理に呼んでもらったんだ。社長さんに反対されたけど」
仕事の話をする龍先輩はとても楽しそうだ。
龍先輩は私の高校時代の先輩でもあり、今回の映画の監督でもある。昔からその才能を認められていて、龍先輩が撮影した映画は、高校生ながらも賞を手に入れて、全国から注目を浴びるようになった。
高校を卒業してから3年。龍先輩が高校卒業してからの、初作品ということもあり、映画界からとても注目を浴びている。龍先輩のお姉さんでもあり、日本のトップ女優である優華さんいわく、この作品は絶対に売れるとのこと。そんな作品に出るというだけで、私はとても興奮していた。
撮影が始まる。私は、主人公である優華さんの妹役で出演することになっている。昭和時代に繰り広げられる、母と娘の母子愛をテーマにした映画だ。
優華さんの妹役と言っても、とても重要な役であるに違いない。どの役も重要ではあるのだけれど、その中で私の役は喋る回数が多い。私がミスをしてしまうと、周りに迷惑が他の役に比べて多くなってしまうのだ。
ちなみに、今日が初撮影ではない。今は撮影期間に入ってから、2週間がたった。主演する役者さんには会ったんだけど、とても有名な人ばかり。しかし、たった2週間では、1、2回しか顔を合わしたことが無い人もいた。
私の1シーンを取り終え、監督の龍先輩からOKを頂くと、私はカメラから映らない裏に戻り、そこにあるベンチに腰を下ろした。他の人が撮影しているときは、出来るだけ見ることにしている。
「あれ、明日香ぁ! 今日って明日香の出番だっけ? あれ、私間違えたかな……」
私は後ろから聞こえてきた声に反応して、ぱっと振り向いた。そこには、マネージャーに今日のスケジュールを確認している、土城 成美がいた。
成美は私より2年ほど早く芸能界に居た先輩。初めて出演したドラマで悪役を演じきった彼女は、とても世の中から評価されていた。私も、そのドラマを見ていて、初めてこの撮影所で成美と会ったときは感動したものだ。最近では、主にモデル活動をしているらしい。たまに、バラエティー番組に出ていて、結構評判がいいとか。
今は、タメ語で話し合う仲で、よく二人で遊びに行ったりもしている。街中で歩いていると、帽子を被ったりしてカモフラージュしているにも関わらず、話しかけられる成美はすごいと思う。
マネージャーに今日の予定があっていることを伝えられると、成美は安心した様子を見せて、私の隣に来て座った。彼女は、あのドラマの役柄のせいなのか、少し怖いイメージがあるらしい。だけど、オフ状態の彼女は怖いという文字が全くと似合わない、可愛らしい女の子なのだ。
街中で話しかけられたときも、内心ビクビクしながらサインを書いているらしい。そんな様子を外に見せないところが、役者魂なんだよね。
「ねぇねぇ、明日香。龍監督かっこよくない!? あの容姿、あの年齢、あの仕事の出来。あんな人物を日本が……ううん、世界が放っておくわけ無いよね」
そして、最近の成美は龍先輩のことが好きっぽい。確定できないのは、成美の口癖が「〇〇さんかっこいい!」だったりするからだ。むしろ「〇〇さんのことかっこいいから好き!」と、言ってくれたほうが、私としても分かりやすい。
彼女の「かっこいい」という言葉は、私には“憧れ”に似た感情の何かだと思っている。男の人に限らず、女優さんにも「カッコイイ」という言葉を使っているから。
「もう、成美はここに来るたびに、その言葉使ってない? 龍先輩が好きなのは分かったから」
確かに、龍先輩は高校時代に増して格好良くなった気がする。私が高校生の頃は、同じ学年に亮平君が居たから、あまり目立たなかったのかもしれない。しかし、かっこいいと言われている役者さんに囲まれていても、龍先輩は引けを取らないオーラを出している。
亮平君と、龍先輩は、また違ったかっこよさがあるのだろう。
「そういえば、今日のこの雑誌なんだけど、ものすごいカッコイイ人が載ってるの! ほらほら、見て!」
また、いつもの「カッコイイ」かと思った私は、小さくため息をつきながらもその雑誌に目を向けた。
「え?」
勝手に私の口からこぼれた言葉。成美もどうしたの? という顔で私の事を見てきた。
「ちょっとだけ……貸してもらってもいい?」
「いいよ~」
成美は何も聞かず、私に雑誌を手渡してくれた。その雑誌は、最近注目を浴び始めたファッション雑誌。街中の人を撮影したりして、最近の流行をいち早く流してくれることで有名である。しかし、普通のファッション雑誌と同様、モデルさんを撮影して、載せるページもある。私はそのページを見て手が止まった。
「亮平君?」
モデル名のところにも、清水 亮平と書かれている。今期注目、新人ナンバーワンのモデルと大きく書かれながら。
「知っている人?」
「え、うん。一応……」
「へぇ、とてもカッコイイじゃん! 紹介してよ」
「機会があったらね」と私は笑って誤魔化した。
正直なところ、今は亮平君に会うのが怖い。風紀がどうなっているか、直接聞いてみたい気持ちもあるのだけれど、その結果を知るのがとても怖い。
そのことを考えた私は、いつも泣きそうになるのだから。
「あ、明日香?」
心配そうに私を見つめる成美。
「あは、ごめんね。ちょっと思い出に浸ってた」
きっと感情は表に出ていない。風紀の顔が頭に浮かんだとき、いつも感じる気持ちは寂しさ。
風紀、どうしたの? どうして、会いにきてくれないの。
「明日香、一旦休憩室に戻ろう」
何かを察してくれたのか、渡利さんが声をかけて、私を休憩室まで連れて行ってくれた。まだ、出会ってからの期間は短いけれど、とても私の事を理解してくれるお兄さん的な存在だ。
「大丈夫かい?」
渡利さんの言葉に頷く。どうやら、知らぬうちに涙がこぼれ始めていたみたいだ。私は、化粧を直してもらうと、謝りながら撮影現場に戻る。
風紀のことは、また考えよう。
今は、撮影に没頭すると決めたんだ。
「はい、大丈夫です」
私は笑顔を見せて、撮影現場に戻った。